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第四話-8「女神様、いい夢をありがとう」

 

 

 ハクスイはヴィエの活躍っぷりに、目を奪われていた。

「ハクスイ、わたし、ずっと、できるわけがないって思っていたの」

 ヴィエの伸ばした槍が悪魔の腹部を貫き、その身体を冥混沌のカスへと変える。今までヴィエが浮かんでいた位置をスピアが刺すものの、そこにはもうヴィエはいなかった。ヴィエが空を舞うごとに、白い羽が雪のように降る。


「す、すげえな……ヴィエ」

 人並みの機奨光どころか、天ツ雲のエースになれるほどの光だ。襲いかかってくる悪魔たちを樫の棒であたしらっていたハクスイが、感嘆の声を漏らす。


「ねえ、ハクスイ、悪魔って、とっても弱いの! 信じられない、まるでゴミみたい! こんな弱い子たち、わたしが皆殺しにしちゃうんだからっ!」

 ヴィエは素敵な笑顔でそう告げて、さらに悪魔を二匹串刺しにした。悪魔を倒せば倒すほどに、ヴィエの白光は濃く、強くなってゆき、それはまるで、己の心の闇を払う復活の儀式のようであった。零れた光が粉雪となって地上に舞い落ちる。


「ねえハクスイ! 戦うのって、楽しいのねっ!」

 機奨光が溢れたことにより、性格まで変わったかのように、ヴィエは朗らかに笑っていた。

「……何にせよ、助かるってもんだ」


 彩光使の小隊長級の活躍を見せるヴィエのおかげで、他の学生たちも次々と奮起していった。悪魔と光を交えた学生たちは、口々に、「ハクスイくんに比べたらなんでもねえ!」だとか、「ヴィエさんに叩かれたほうがずっと痛かったわ!」だとか叫んでいたのが多少気になったが、ハクスイは縦横無尽に飛び回るヴィエに声を張り上げた。


「ヴィエ! ちょっと奥に行きたいんだが、道を切り開いてくれっかな!」

「えへへっ、お安い御用なの!」


 ヴィエは手を広げる。すると、雪が降り積もるように彼女の周囲に12本の光り輝く槍が生まれた。光輝武装の遠隔操作と、複数召喚の同時展開術だ。学校ではまだ習っていないどころか、彩光使の中にも使い手はそうそういない。だがこれは、かつて彩光使として数多くの悪魔を葬り去った、女神ヴィルシアの得意技だった。


 氷のような蒼煌を放つ槍はヴィエの周囲を旋回し、彼女の言葉とともに疾駆する。

「わたしの想い、風を突き抜けて羽ばたけ! 『雪華美人パトリオノウ』!」


 機奨光の輝きが、ヴィエの背中から雪の華のような模様を描いて広がった。スカートが翻り、水色のショーツがあらわになり、すぐに隠れた。ヴィエの手を離れた槍は、それぞれ12の軌跡を描いて空を舞う悪魔たちを一匹たりとも逃さず撃ち抜いてゆく。撃墜された悪魔は、12匹同時に黒い霧を吐き出して霧散した。

 その足元を駆け抜けながら、あまりの無慈悲な行いを目撃したハクスイは、悪魔にすら同情を禁じえない。


「容赦ねえな……じゃあ、あとは任せたぜ、ヴィエ」

「あっ、待って、わたしも行くのっ」

 慌てて降りてくるヴィエを伴い、ハクスイはさらに奥へと駆けてゆく。



 公園の中央に向かうにつれて、冥混沌の色が濃くなってきた。辺りを漂う冥混沌のせいか、深い霧の中にいるような心細さが胸を締めつけてくる。ハクスイの近くを浮遊するヴィエもまた、身体を抱いていた。


「……なんだか、こっちは、嫌な予感がするの」

「なら正解かもな」

 ヴィエの身体から発散する機奨光と冥混沌が対消滅を起こし、きらきらとあられのような光が舞う。一方、機奨光がないハクスイは、泥のようにまとわりつく冥混沌を手で払っていた。


 これ以上進んでは、せっかく復活したヴィエの機奨光に支障を来たすかもしれないとハクスイが思っていたところだ。やってきた先には、一匹の黒猫が寝そべっていた。猫はにゃおんと鳴く代わりに、しゃがれた笑い声を上げた。


「クスクス……来たのね、学生さん」

 その黒猫を見た途端に、ハクスイのこめかみにうずくものがあった。

「黒猫……? ひょっとして、お前、大悪魔ってやつか……?」

「ベオラと呼んでくれてもイイわよ」

 黒猫が伸びをすると、その姿は小麦色の肌の少女のものへと変わった。彼女の佇む空間だけが月や星の光も届かず、周囲が歪んで見えるほどの、濃い冥混沌が発散されていた。


「……お前が、この騒動の原因だな」

「そうヨ。もう、終わったケドね」

「……終わったってなんだよ、なんの話だよ」

 不吉がハクスイの首筋を撫で上げる。この場から全力で逃げ出してしまいたい衝動が沸き上がってきて、自制をするだけでも精一杯であった。


「それはこっちの話。あなたたちには関係がないデショ? それとも、少し遊んでいく?」

 少女が掲げた右手から黒い炎が立ち上る。大悪魔の使う『常闇武装デヴィルパーツ』だ。単なる悪魔のフォークスピアとは比べ物にならない禍々しさである。並の天使であれば、撫でられただけでも機奨光を根こそぎ奪われてしまうに違いない。だがすぐにベオラは自ら炎を消した。それから、地の底まで届くような深いため息をつく。


「ああ、でも、とても面倒だワ……働き出すと、これだから、負けた気分になるのよね……」

「な、なんなの……?」


 ベオラは全ての事柄から興味を失ったような顔をして、ふたりに背を向けた。

「バイバイ、子どもたち……私は帰って寝るから……」

「そんな、逃すわけないの!」


 アグレッシヴになったヴィエは、ベオラの背に槍を突き刺そうと飛ぶ。銀色の輝きが尾を引き、その槍がベオラの背に触れるか触れないかといったところで、振り向いたベオラの目がヴィエを捉えた。その瞬間、電源が切れたかのように、ヴィエの身体は一切の機奨光をオフにして、地面を転がった。ハクスイがヴィエの名を叫ぶが、彼女は微動だにしなくなる。


「学生さん、悪いけれど、あなたたち程度じゃ、ただただ面倒でしかないからね……自分の存在意義を見失ってしまうくらいにネ」

「てめえ……ヴィエになにをした……」

「ちょっと脅かしただけだワ」

 木の棒を握り締めるハクスイに、ベオラは眉根を寄せながら、囁く。

「もうイイでしょ。きょうのところは、こっちから帰ってアゲルっていうんだから、早くおうちに帰って寝るんだから、どいて」


 ベオラの目が、ハクスイの精神を捉えた。その瞬間だ、ハクスイのまぶたの裏に思い出がフラッシュバックした。小学生の幼いミズカがいた。あの当時、ミズカはまだ悪魔に襲われた恐怖から立ち直れずに、たびたびハクスイのベッドに潜り込んでいた。



『どうしたミズカ、怖いのか?』

『うん……おにいちゃん、一緒に寝ても、いい……?』

 ハクスイが上目遣いのミズカを放っておけるはずなどない。その柔らかな髪の毛の香りを思い出す。丸くて紅の差した頬が、ほっそりとした顎が、白い肌が、ハクスイの精神を支配する。ぱっちりと大きな瞳でハクスイの顔をのぞき込んでいたミズカが、桃色の唇を歪めて、囁く。

『おにいちゃん、本当に、気持ち悪い』

 なにかが粉々に砕けてしまいそうな衝撃が、ハクスイの全身に走った。



「うおおおおおおおお」

 頭のてっぺんから爪先まで、黒々とした感情が全身に行き渡る。実際にミズカからそんなことを言われた覚えはないが、今見たそれは、現実に起きた出来事のように鮮明だった。

「なんだ、これ……! これが、大悪魔の技かよ……!」

 ハクスイは機奨光を求めるように喘いで、脂汗を垂れ流す。


「これがあなたには最も効果的な攻撃ナノね。いつまでも、そこでうずくまってなさい――」

 そう言った次の瞬間だ。ベオラは飛び退いた。ハッとして見れば、ハクスイが棒を先ほどまでベオラの立っていた位置に叩きつけていた。

「ざけんな……俺とミズカの絆を、なめんなよ……」

「アラアラ、必死ねえ」

 決死の形相で立っているハクスイに、ベオラは妖艶な笑みを送る。


「でも、天使って、機奨光がなくなったラ消滅しちゃうのヨ? あなた、見たところかなり顔色が悪そうだけど……まだ、立ってイルんだ? すごいねー、って、あら、あらあら?」

 ミズカの幻に襲われ続けるハクスイは、足をひきずるようにして少女の前にやってくる。そうして、樫の棒を振りかぶった。

「わりぃな、その認識は正しいが、俺は特別製でな」

「にゃん?」


 ベオラがぽかんとした。今にも悪魔に堕ちてしまいそうなほどに機奨光がなくなった男が、平然と活動しているその様が理解できなかったのだ。その呆然とした横っ面を、ハクスイは樫の棒で叩き飛ばした。ベオラはフニャァンと叫びながら、吹き飛ぶ。そうして、黒猫になって着地すると、手で頬を押さえながらハクスイを睨んできた。


「め、面倒臭い子ね、だから働きたくナカッタのよ……いいワ、最低限の仕事は果たしたもの……ご主人様がお刺身を用意して待っているんだから、早く帰らなきゃイケナイんだもの」

「溶け込みすぎじゃねえか、人間界によ」


 後から追いついてきた学生にヴィエを任せて、ハクスイは頭を押さえながらさらに奥に進む。不幸の気配も収まってゆく中、少し行ったところでたくさんの彩光使が倒れているのを見つけて、ぎょっとした。その固まりから離れたところに、金髪の少女を見つけて駆け寄る。


「ルノ……」

 眠っているように目を閉じている少女を抱き起こすと、彼女が寝息を立てていることに気づいた。ハクスイは眉の力を抜いて、大きく息を吐いた。

「……生きてたかよ……ったく、心配させやがって……」

 大悪魔の逃走により、大勢は決したようだった。遠くから生徒たちの喜びの声が聞こえてきた。ハクスイはルルノノを肩に担ぐ。その少女じみた軽さに、なぜだか彼女を身近に感じた。


「……本当に、がんばりやだよ、お前は」

 ルルノノを引っ張って、ハクスイは機方舟の方へと足を進める。だが、ハクスイはこの後に待ち受ける運命を、まだ知らない。

 

 

 目覚めたルルノノが、あのときのように笑うことは、ないのだということを。

 

 

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