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第四話-5

 

 

 シュレエルが言った、“噂は学校中に広まっている”というのは、あながち冗談でもないようだった。職員室を出たハクスイとヴィエが並んで歩いていると、あちこちから指を差された。これまでもずっと恐れられてはいたのだが、しかしそれは違う感覚で、どちらかというと羨ましいものを見るような視線であった。

 

 

「……なんなの、このミーハーさ……」

 廊下を歩いているだけで、羨望の眼差しを浴びている。ヴィエは不機嫌を装ってはいるが、耳まで赤くなっていた。


「ルノから聞いたんだけどよ」

 ハクスイの声に耳を寄せると、あちこちから「きゃー」という叫びが上がる。ヴィエは辺りを睨んで視線を散らす。

「天使にとっての恋ってのは、一生に一度って感じのものなんだってよ」

 彼らしからぬロマンチックな語り口に、思わずドキドキとしてしまった。


「そ、それで?」

「失恋すると機奨光が全損するくらいの衝撃を受けるから、天使はまさに命がけで恋をしているとかでさ。だからこそ憧れで、天使は他人の恋愛に首を突っ込みたがるんだって」

「へ、へえ……で、でも、わたしたちのこれなんて、ただの勘違いなのにね。それなのに食いつくなんて、とっても飢えているのね」

「ああ、そうだな。巻き込んで悪いな。放っておいたら、いつか消えるだろ、噂なんて」

「べ、別に……嫌、ってわけじゃ、ない、けど……」

 ヴィエが首を縮こまらせていると、突如として声をかけられた。


「やっ、少年」

 前につんのめるようにして、ハクスイは足踏みする。彼の背から誰かが抱きついてきたのだ。

「――!」

 ヴィエが声にならない叫びを上げる一方、ハクスイはいつも通り冷静だった。後ろから抱きすくめられた姿勢でハクスイは肩越しに振り返る。


「……先生?」

 わずかに驚きが混じっていたが、それは抱きつかれたことではなく、彼女を学校で見るのが意外だったからだ。クリアファイルを脇に挟んだスーツ姿の美女が、嬉しそうに腕を絡めてきていた。黒髪の女性から視線を移して、ヴィエが尋ねてくる。

「だ、誰なの?」

「この人がアマド先生だよ、かかりつけの」

 そう言うと、「あ、なるほど……お医者さんの……」とヴィエは納得したようだった。


「またまた、そんなビジネス上の関係みたいに、他人行儀さね、少年」

「俺をどういうノリにしたいんですか」

 頬をすり寄せられて、ハクスイは嫌そうな顔をする。ヴィエもまた、「ハクスイの主治医さんが、こんなに若くて綺麗な人だとは思わなかったの……」と複雑そうな表情をした。アマドを無理矢理に引き剥がしてから、ハクスイは問い正す。


「んで、なんでまた、きょうは学校に」

「この学校の生徒さんに、用があったのさ」

 くねくねとなにやらポーズを取りながら、アマド。彼女にルルノノほどの機奨光があったら、さぞかし機奨光効果が鬱陶しいことになっているだろう。


「八年前の大襲来で大怪我をした子の、その後の経過を観察しに、さね」

「ちゃんとした仕事っぽいですね」

「じゃあ、それと少年にも会いたくて会いたくて、二週間に一度の逢瀬が待ちきれなかったから、つい来ちゃったのさっ」

「なんで笑いを付け加えようとするんすか……」

 ハクスイは脱力する。


「いやあしかし、あれだけの機奨光を持っている学生がいるなんて、今の時代は進んでいるさねえ」

「それって……もしかして、ルノのこと、ですか?」

「すごいよね、300万ポジって」

 アマドはあっけらかんと笑う。

「別にそれは、あいつが努力して勝ち取った数字でしょう。俺も頑張らねえと」

「へえ」

 ハクスイがはっきり言うと、アマドはなぜか嬉しそうに目を細めた。


「少年は、なんだか前と感じが変わったね」

「そうっすか?」

「なんだかあんまり悲観的にならなくなったように思えるよ。これも、機奨光のおかげかな」

「……まだたった3ですけどね」

 ハクスイは恥じるようにそっぽを向いた。その顔がどことなく嬉しそうに見たのは、ヴィエの錯覚ではないだろう。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



  

 彼の姿を初めて見たのは、高校に入学してすぐのことだった。

 学校の武道場にて、少年はただひとりで木剣を振るっていた。まだ朝も早く、他の生徒も登校してきていないような時間帯で、早朝練習に励んでいる姿を見たのだ。


(誰かな、あたしと同じ一年生みたいだけど……)

 黒髪を振り乱している少年は、自分の目から見ても見事な太刀筋だった。何よりも体のキレが違う。あれほどの武芸を持つ天使は、学校の教師にもそういないだろう。


(すごいや、なんて人だろう。あの人はすぐに彩光使になっちゃいそうだな……あたしも負けてられないや!)


「ハクスイってば、またひとりで……もう、次はわたしも来るって言ったのに」

「ハクスイ?」

「あら?」

 いつのまにかそばに立っていた女子生徒と、目が合った。


(うわあ、こっちの人はすごい綺麗な人だなあ……!)

 少しの間、見惚れてしまった。長いプラチナブロンドが彗星のように輝いている少女だった。


「あなたも、新入生?」

「う、うん、ルルノノだよ!」

「あら、そうなのね。わたしはヴィエ。ところで、こんな朝からあなたも武道場を使おうとしていたの?」

「えっと、最初はそのつもりだったんだけど、なんだか使っている人がいるみたいだから」

「こんなに広いんだから、一緒にしたらいいのよ。ハクスイはひとりで没頭しているみたいだから」


「いや、でもすっごく集中しているみたいなのに、邪魔しちゃったら悪いからさ……うん、また出直してくるから大丈夫!」

「そう? なんだか悪いの」

「大丈夫大丈夫、大丈夫だから! えと、あのにーさん、ハクスイって言うんだね」

「ええ、無愛想でぶっきらぼうで無表情の男は、そういう名前なの。まったく……いつでも先にいっちゃっているんだから」

 はぁ、とヴィエがため息を漏らす。


 ルルノノは目をきらきらさせながら、黒髪の少年を見つめていた。

(ハクスイにーさん、かあ……)


 ルルノノが実際にハクスイに声をかけるのは、それから一年と数ヶ月後のことである。

 少年の頑張りをずっと見つめていたからこそ、二年生になったハクスイがクラスメイト全員抜きを果たしたときには、つい興奮してしまったのだ。


 ユメに言われるまでもなかった。本当は、自分がハクスイに恋をしていることなんて、とっくに気づいていて――



 ――ルルノノは気づいた。

「え?」


 ハッとして我に返れば、景色は一変していた。機方舟に寄りかかっていたはずの自分は公園の中央に立ち尽くしていた。仲間の何人かが倒れていて、夕焼け空ではいくつかの黒い影と白い風たちが激突を繰り返し、火花を散らし、そうして自分たちの乗る機方舟が燃えていた。


「え、なに、これ、なに」

 丸ごと記憶が抜け落ちていて、そのあまりの不安感から動悸が収まらなかった。その手に『光の戦斧』を作り出すも、状況が飲み込めないため、機奨光の輝きは乏しかった。


 白い風のひとつが悪魔を弾いた後、ルルノノの真横に飛び降りてくる。桃色のポニーテールのユメだ。息を切らしながらも、光の弓を打ち続けて悪魔たちを牽制していた。


「ルルノノさん……」

「ユメちゃん! これってさ、一体」


 その間にもユメは夕陽の空へと光の弓を二射する。彩光使の隊を悪魔たちは数で押し切ろうとしていた。空を飛び回る悪魔の数は五十を越えているだろうか。まるで目が覚めたら、悪魔の世界に連れ去れてきてしまったかのようだった。


「あ、危ない! 今すぐ、助勢しなきゃ」

 空を仰ぎながら機奨翼を広げたルルノノの外套の袖を、ユメが掴む。

「ユメちゃん……?」

「大悪魔です……あれは、大悪魔だったんです……」

 悪魔の鳴き声が響き渡る中、ルルノノの前には、一匹の黒猫がやってきていた。尾を持ち上げながら歩くその様は美しく、不気味な魅力を醸し出していた。


「……大、悪魔……?」

 身の毛がよだつ思いがした。高等な悪魔はカラスではなく、黒猫に化ける。そのほうが人間たちに密接する機会が、より多くなるからだ。不吉の象徴とされる黒猫は、天使にとってもまた、縁起の悪い生き物であったが、まさか、本当に大悪魔なのだとでもいうのだろうか。


「にゃあ」と鳴く黒猫が、笑ったように見えたその瞬間だった。

 黒猫の小さな身体が、人間のそれへと変幻してゆく。黒い毛は絹となり、夜の闇を編んだようなドレスに変わった。四肢は細く伸び、艶やかな黒い肌となった。最終的に黒猫は禍々しい少女の形を取った。容姿だけならば、人形のように華奢で可憐な姿であったのだが、彼女の発散する冥混沌は見ているだけでも陰鬱になってしまうような恐ろしさで、ルルノノの身体は震えてしまった。赤い目をした少女は微笑み、指をこちらに突きつけてくる。


「良イ夢を見せてアゲルわ」

 渦潮のように迫ってくる冥混沌に目を奪われているルルノノに、ユメが叫んだ。

「だめです、ルルノノさん! 大悪魔の眼を覗いたら、心を直接攻撃されてしまいます! 大悪魔は、ただの悪魔とは違うんです!」


 しかし、時はすでに遅かった。

 ルルノノは再び黒猫の見せる夢に、心を奪われたのだ。

 

 

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