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第一話-2

 

 

 並んだ教員机の向こうには、先ほどの試験担当教使であり、学年主任とハクスイたちのクラスの担任を兼任するシュレエルが険しい顔で待っていた。

 声も眉も潜めて、ハクスイとヴィエが囁き合う。

「やっぱり怒っているよな」

「人に迷惑をかけることしかできないものね、わたしたち……いいの、早めに謝るの」


 つくや否や、挨拶よりも早くヴィエが頭を下げた。

「先ほどの授業は、申し訳ございませんでしたの」

「やりすぎちまいました」

 ハクスイとヴィエが謝罪すると、シュレエルは外面を一変し、「いやいや」と手を振った。

「そういうことではないんだよ。確かにありゃ困るが……別にそんなのは、負けたやつが次頑張りゃいい。じゃなくてな、お前らの話だよ」

「わたしたちの……?」


 ハクスイとヴィエは顔を見合わせた。その枯れた表情もまたたまらないと一部の女子生徒には評されるシュレエル教使は、こめかみをかく。


「念のため確認をしておくけどな、一応お前たちも、この養成学校に入学したってことは、彩光使セラフィを目指しているんだよな」

「ええ」「まあ」

 ふたりは曖昧にうなずいた。


「……本当にか?」

 教使に胡乱な目を向けられる。

「なれるものなら」

「目指すだけなら、誰にも迷惑をかけませんし」

「悪魔を絶滅させてやるのが、俺の遠い夢ですから」

「入学した当時は、わたしも希望を抱いていましたの……」


 シュレエルはため息をつく。

「本当にネガティブだな、お前たち……胸を張って言わないのか? 天使なら、憧れだろ? 彩光使は。先生だって昔はなりたかったんだぞ」

「じゃあ諦めて教使になったんすか?」

「教使こそが俺の生きる道だと気づいたんだ!」


 図星だったのか、ハクスイの言葉にシュレエルは思わず声を荒げた。が、すぐに冷静さを取り戻し、短い髭を撫でた。

「あのなあ……そこでお前たちに言いたいことがあるんだ。期末試験も終わった今、少し早いが、進路の相談だ。来年はもう三年生だろ? ちゃんと真面目に答えろよ」

「彩光使は無理だから、キッパリ諦めて学校辞めろってことすか?」

「それを言われたら、どうしようもないの……明日からなにをして生きていこうかしら……」


「違う! 勝手に話を進めるな!」

 シュレエルは机を叩いて、強引にふたりの妄想を止めさせる。

「お前たちの武術で彩光使にならないのは、勿体無いと言いたいんだ! 天ツエルティパ・フィノーノの損失だぞ! あのな、彩光使に必要な資質は多く存在しているが、先生は第一に自分の身を守る力だと思っている。どんなに仕事ができる彩光使でも、悪魔にやられてしまったらそこでおしまいだろ。だから、武術ほど大切なものはないんだ。どんな彩光使だって、学生時代にクラス全員抜きなんてできなかったのに、お前らってやつは……!」


「はあ」「わたしたち、そんな大したものではないですの」

 謙遜なのかネガティブなのか、ふたりはとりあえず顔の前に掲げた手を横に振る。


「いい加減にしろよお前ら、そんなんだから、機奨光がないんだよ……良いか? 彩光使に必要不可欠な機奨光のボーダーラインは、大体上位20位までだ……んだが、これ、見てみろ」

 シュレエルに渡された紙には、ふたりの機奨光試験の学年順位が、いち早く記載されていた。ハクスイ、161名のうち、161位。ヴィエ、161名のうち、160位。

「ははあ、まあ、そうでしょうね」

「いつも通り、こんなものですの」


「納得しているんじゃないぞ! 機奨光の成績の悪さで中退にさせられることはないが、逆立ちしたって彩光使になれるような点数じゃないからな!」

 もはや何度目か、息を切らせたシュレエルは、はぁ、とため息をつく。

「だからこそ、先生はお前たちに適切な指導を心がけるつもりだ。先生はお前たちをどうしても、彩光使にしてやりたいんだ。それだけはわかってくれるよな?」


「すごいっす先生。熱血っすね」

「立派だと思いますの」


「他人事かお前ら! ……ったく、もういい……先生が勝手に決めてやったからな、一応お前たちに話を通そうかと思った俺がバカだったよ。まず、ヴィエくん」


 シュレエルは机の下から取り出した書籍を、次々と積み上げてゆく。五冊、十冊、十五冊、二十冊……本はヴィエの腰ほどまでに重なった。その塔を眺めたヴィエは顔をしかめる。

「……なんですの?」

「機奨光を高めるための自己啓発書だ。色んなバリエーションをな、中央図書館に行って借りてきてやったんだぞ。もちろん問題集もある。色んな教使に相談してな、全てがオススメの一級品だ」


「……学校の授業で、行なってますけれども」

「その四十倍の量が宿題だ。ヴィエくんには、とにかく数をこなしてもらうことにする」

「……効果があるとは思えませんけれど、わたしなんかには」

「ちゃんと読んでおくんだぞ。きょうから自由時間はないと思ってくれ。で、だ」


 無茶な命令に固まるヴィエを置いて、シュレエルは椅子の向きを変えてハクスイを見やる。


「ハクスイくんに関しては、もうお手上げと言いたいんだけどな」

「どうも長い間お世話になりました」

「待て待て! 冗談も通じないのかお前! 頭を下げるな立ち去ろうとするな! いいから、先生は考えたんだ。ヴィエくんには量の課題、そして、ハクスイくんには質の課題だ」


 とりあえず本を一冊掴んで開いていたヴィエが「質……?」とつぶやいた。シュレエルは自信を男臭い笑みに変えて、人差し指を立てる。


「ああ、もし効果があれば全国で機奨光不足に悩む生徒たちへの対応策ともなるだろう? そのための、いわばテストケースだな、お前たちは。全国のみんなのために、頑張ってくれよ」

「はあ」


「わたしは、わかりましたけれど……ハクスイは、なんですの? なにをしますの?」

「質の課題はな、特別教使だ。個別に、ハクスイくん担当でな」

「それはこの俺だ! とか言っちゃう感じすか?」

「シュレエル先生は確かに良い先生だけど、堅物だからふたりっきりはちょっと……」

「言わんよ。というよりも、なんだ今のヴィエくんの発言は。正面から陰口か? 斬新だな。まあいい」

 大人の潔さで諦めると、シュレエルは喉を鳴らしてから告げてくる。

「お呼びした先生は、なんと彩光使の方だぞ」


『彩光使……』

 ハクスイとヴィエの声が揃った。


「そうだ、驚いただろ。おっと、俺はそろそろ授業が始まるから行くから、ハクスイくんはここで待ってろよ。頼んだ方は、彩光使の仕事が終わり次第、駆けつけるって言ってたからな」

「彩光使の人が、直々に、か……?」

「ハクスイに……すごいの」

 ヴィエは口元に手を当てて目を見開いている。齢十六にして不惑の境地に至るハクスイですら、黒瞳を大きく揺らしていた。


 そもそもこのフィノーノ高校とは、彩光使を養成するために設立された学校である。この学校に通う全ての生徒が彩光使を目指し、彩光使に憧れ続けているのだ。それはハクスイやヴィエであっても、例外ではなかった。


「ちょっと、見てみたいかも……」

 誕生日プレゼントを待つ幼女のように目を輝かすヴィエに、シュレエルは冷たく言い放つ。

「お前は補習だ」

「えー……」

「いいからいくぞ、ヴィエくんにはとにかく量をこなしてもらうからな。ほら、持てるだけでいいから持って。じゃあな、ハクスイくん、くれぐれも失礼のないようにするんだぞ」

「ま、前が見えませんの……」


 ヴィエに次々と本を抱えさせて、ふたりはチャイムに追い立てられるように部屋を出てゆく。待機を命じられたハクスイは、一気に人口密度の薄まった職員室で手持ち無沙汰に頬をかいた。

「彩光使……本物の、彩光使か……なんか、突然すぎて、夢みてえだな……」



 彩光使は天ツ雲で選りすぐりの戦闘員だ。その素晴らしい機奨光により数々の光輝武装を使いこなし、悪魔という悪魔を殲滅する神の使徒だ。彼らは小学生から高校生までなりたい職業ナンバーワンを独占し、いわば天使たちの象徴的存在として輝き続けている。

 ハクスイのような見習い学生天使とは格が違う上に、中央庁から支給される給金も、教使とは桁が違う。



「一体どんな人が……来るんかな……」

 テレビで目にする彼らは、美青年であったり、知的な女性であったり、仕事ができそうな大人といったイメージが強かった。

 あまりの緊張に手が震えてしまう。失礼がないように、などと真面目に考えすぎると意識が遠ざかってしまいそうだ。


「……み、見放されないように、しねえとな……」

 ヴィエではないが、悪い想像が頭の端に浮かんでしまう。少しの間ひとりで待っていると、静まり返った校舎で、遠くから慌ただしい足音が響いてくるのが聞こえてきた。


(来たか……?)

 身体が石になりそうだ。常に俯きがちの無表情で過ごしているように見えるハクスイであるが、その実はひどく慎重で謹厳である。

 前向きにも後ろ向きにもなれない彼は、幸運を信じることができない。己の行動が全てなのだ。だからこそ、その双肩にかかるプレッシャーは尋常ではない。


 様々な受け答えを想定しつつも待っていると、勢いよく職員室のドアが開け放たれた。



「おまたせ!」



 満面の笑みとともにやってきたのは、思い描いていたとはまったく異なる人物像で……

 彩光使は華奢で小柄な美少女だったため、ハクスイは一瞬、学生が教使に呼び出されたのかと思った。それに、彼女の顔に見覚えもあったのだ。


「……あれ、お前は……?」

 彼女は廊下で叫んで去っていった、ふわふわの金髪の美少女だった。


 少女はこちらを指さしながら、大きく口を開いたまま「あ」を連呼していた。その表情が、コップの水に朱を差したように、少しずつ、少しずつ染まってゆく。


「あっ、あっ、あの、あっ!」

 互いに見つめ合うことしばし、まるで観念したかのように、少女は名乗った。



「は、は、初めまして……! せ、彩光使だよ!」

 

 

 

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