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第四話-4

 

 

「ねえ、ユメちゃん」

 下界に降りてすぐだ。空を見上げていたルルノノが、唐突に話しかけてきた。


「ちょっと、聞いてもいいかな」

「あらあら、どうかしました? なんでも聞いちゃってくださいよ」

「うん、ありがとう……えと、ね、友達の話、なんだけどさ」


(まあルルノノさんの表情を見る限り、その時点で120%自分の話だと思いますが)


 ユメは苦笑する。大きな市民公園に夕焼けが差し込み、地上がオレンジ色に染まってゆく。悪魔に備えて待機を命じられたルルノノ小隊の面々は、公園脇の道路を通る通行人に片っ端からラッパを吹いていた。応援歌の乱れ打ちだ。

 その輪から外れたところに、ユメとルルノノは座っていた。


「あるところに、エンジェルお似合いのふたりがいるんだ。男の子は天使A、女の子は天使Bとするね。しかもふたりはおうちも隣同士で、とっても仲の良い幼なじみなんだ」

「素敵ですねえ」


「うん、そうなんだよ。それでね、ええと、天使Bさんの友達にね、天使Cさんって子もいるの……その子は、その、ふたりのやりとりをしょっちゅうそばで見ているんだけど」

「なるほど、(天使Cさんはルルノノさんですね)、わかります」


「なんだか、その、天使Aくんと天使Bさんの素敵な関係を邪魔しちゃいけないと思ってさ、天使Cさんはふたりから距離を置くんだけど……でも、なんだか、胸が痛いみたいなんだ」

「あらあらまあまあ」


「しょっちゅう、天使Aくんの顔を思い浮かべたりして、そのたびになんだか、心がふわふわした感じになるみたいで。でもふたりが一緒にいるところを想像すると、悪魔に攻撃されたときみたいに、苦しくなって……ねえ、ユメちゃん、これって一体なんなんだろう」

「えーと……」


 どことなく大人びたような横顔のルルノノを見つめて、ユメは言葉を選ぶ。

 だが、しばらく考えたところで、その一点を差し置いては話を進められなかった。さすがのユメですら、不安を覚えてしまう。


「あの、ですね、ルルノノさん」

「うん」

「その、天使Cさんのことなんですけど……」

「うん」


 ユメは若干躊躇しながらも、言った。


「……彼女は、天使Aさんに、恋をしているんじゃないかと思います」

「うん………………え?」


 そこでようやくルルノノが大きな瞳をぱちくりと瞬きさせながら、ユメを見た。

 ユメはルルノノにしっかりとうなずく。


「天使Cさんは、天使Aくんに恋をしています。だからふたりが仲良くしていると胸が苦しくて、天使Aくんのことを思うと、少しだけ幸せな気持ちになるんです」

「……恋?」

 それがまるで初めて聞いた言葉であるかのように、ルルノノはつぶやいた。


「恋です」

 ルルノノはそのまま、しばらく固まっていた。

(まさかルルノノさん、自分が恋をするはずがないとでも思い込んでいたわけじゃないですよね……天使だって、恋くらいしますって)


「そんな、恋って……」

 ルルノノが俯いて、心ここにあらずといった感じに繰り返す。


 遠くでは、人間への応援で一汗流して休憩していた彩光使たちの元に、にゃーんと鳴く獣が近づいていて、彼らが色めきだっていた。

「おや、可愛いな」「野良猫かしら」「おお、ふかふかだ」「もふもふの三毛猫だな」

 天ツ雲には生き物がいないため、地上の動物はもの珍しかった。小さな獣は、たちまち可愛がりの対象となっていた。


「あ、ほらほら、ルルノノさん、下界の生き物ですよ、人間じゃない動物ですよ、可愛いらしいですよ」

 いつもなら満面の笑みとともに飛んでゆくルルノノだが、このときばかりは違っていた。


「恋だなんて……そんなの、困る」

「え?」

(困る?)

 ルルノノはまるで青ざめているようだった。


(普通、自分の恋に気づいた女の子なんて、頬を赤らめながら、でもちょっとだけ嬉しそうにはにかんだりするものじゃないんですか?)

 ユメはルルノノを問い詰めたくなった衝動を抑えながら、彼女に尋ねる。


「ど、どうしてそんな顔をしているんですか、ルルノノさん」

「だって、ユメちゃん……あたし、そんなことになったら、機奨光がなくなっちゃうかもしれないよ……」

 もはや友達の話だとごまかす気力も失ったのか、ルルノノは搾り出すようにつぶやいた。

「どうしよう、ユメちゃん……」

 ルルノノは潤んだ瞳をこちらに向けてくる。


「ど、どうって聞かれましても」

 ここで自分が、「ならユメちゃんがルルノノさんのことを幸せにしてあげますから!」と叫んで彼女の細い体を抱きしめたらどうなるだろう、などと考えてしまって、すぐに首を振る。

(そ、それはすごい素敵な考えですけど、失敗してしまったらとってもサムいことになってしまいますね……!)

 思わず頬が赤らんでしまう。


 そんな自分の髪のようなピンク色の悩みを抱いていると、遠くで彩光使たちに可愛がられていた猫と目が合った。

(どう思います?)

 目と目で問いかけてみる。猫はよくわからないといった風に鳴き、自分の顔を前足で撫でている。そんな牧歌的な一時の最中、ユメはすぐに違和感を覚えた。


(……あれ……?)

 下界の生き物が、自分たちの姿を見えるはずがないのに、なぜ目が合ったのだろう?

 三毛猫の毛皮が黒く変色していったのは、そのときだった。

 



 ~~


 

 

 一方、ハクスイとヴィエはシュレエルの元に呼び出されていた。

「さてとだな、あれから二週間が過ぎたわけだが、お前たちはよく頑張ったよ」

 そう言うシュレエルは、機奨光の再測定結果が書かれた紙を、ふたりに差し出してきた。


「期末テストの結果と照らし合わせると、ハクスイくんがプラス3、ヴィエくんはプラス7」

 それぞれ、わずかな期間では十分過ぎる成果と呼べるだろう。特にヴィエは驚異の成長率だ。


「……二週間で7って、思春期の身長だってそんなに伸びないのに」

 紙を手に突っ立っていたハクスイとヴィエに向かって、シュレエルは己の手腕を誇るような男臭い笑みを浮かべながら、あご髭を撫でる。

「ハクスイくんは確かに0から3に成長ということで、素晴らしい結果なのかもしれない。だけどな、彩光使をひとり拘束してまで価値があるのかというと、疑問なわけだ」

「はあ」


「対して、ヴィエくんは参考書だけで7ポジアップ。これはちょっと異常な数値とも呼べるが……報告書をまとめる参考にしたいんだが、最近なにか良いことでもあったのか?」

「え? べ、別になんでもないですのよ」

「……ん、まあ、いいか。とりあえず、この結果はここまで、ってことだな」


「え、あの、それって、どういうですか?」

「二週間も彩光使に協力してもらったんだから、もう十分って話だな、ハクスイくん。これからはヴィエくんと同様に、量の勉強に勤しんでもらうってことだ」

「えっ」

 そこで驚いたのはヴィエだった。澄ました美女の顔が、童女のそれへと早変わりする。


「じゃあ……ハクスイは、もう、るーちゃ……ルルノノさんと、もう一緒に下界に行ったりできないってことですか?」

「ん? そりゃそうだよ。大体、それが普通の生徒なわけだからな。ハクスイくんだって、より効率的な方法で機奨光を高めていきたいだろうしな」

 先にシュレエルから聞いていたハクスイは、「はい」、とうなずく。


「彩光使が今忙しい中、負担をかけるっていうのも、迷惑な話だしな」

「忙しいって、なんですの?」


「あー……えっとな、下界が今は大不況だったり、色々混乱しているって、こないだ授業でやっただろ? ってことで、悪魔の力が普段より伸びているんだ。経済的不況は悪魔が人間に及ぼす最も大きな災害だからな。毎日地上に出ずっぱりで冥混沌を払い、悪魔を退治して、相当大変みたいだぞ。もしかしたら、そのうちお前たち学生も地上に派遣されちまうかもな」


 その話を聞いて、ヴィエがハクスイの表情を伺う。

「そんなこと、るーちゃん、一言も言ってなかったのに……」

 かたやハクスイは無表情で黙ったままだった。シュレエルは卓上のマグカップに手を伸ばし、コーヒーをすすりながら告げてくる。

「ま、これからは、カップル同士で、精進してくれ。先生は応援しているからな」

 ヴィエが突然むせた。


 顔を赤くしながら、シュレエルに食ってかかる。

「ちょ、ちょ、ちょっと、なにを言っているんですの! カップルって!」

「ん? そうなんだろ?」

「ゼンッゼン、ゼンゼン違いますの! ゼンゼン違いますし、その上ゼンゼン違います!」

「そこまで言うか。いや、しかしヴィエくん、もうネタは上がっているのだ」

 シュレエルは咳払いしてから、にやりと笑う。


「お前たちがどんなに隠そうとしても、休日の公園で情熱的に抱き合っていた姿を、生徒が目撃している。もう学校中に知れ渡っているぞ?」

「こ、公園……えっ、あっ……が、学校中に……? な、なんてことを……!」

 ヴィエはたちくらみを起こしたようにふらつく。


「いやあ、若いというのは、いいな。恋が機奨光の増量に繋がることは、明白だ。これからも幸せな生活を送ってくれよ、ははは」

「だから、違いますの! 大体あれは――」


 天使がコイバナを好むというのは、教使とて例外ではないようだった。ほわわーんと機奨光を撒いているシュレエルは、なかなかに気持ちが悪かった。

 ヴィエとシュレエルの口論をどこか遠くに聞きながら、ハクスイはぼんやりと考えていた。


(ルノが俺に付き合う理由は、もうこれで、本当になくなっちまったのか……)

 何もかも諦めているつもりだった。全てを期待せず、受け入れて生きるのだろうと思っていた。だが、想像した以上にショックを受けている自分に気づいて、ハクスイは胸に手を当てる。


(次に会ったら……やっぱ、まずは、礼を言わなきゃな)

 ルルノノの太陽のような笑顔を思い出しながら、とりあえずハクスイはそう決心していた。

 

 

 

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