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第三話-6


 

 しかしなんと、ハクスイによるドM化作戦は、意外にも即効性があったようだ。


 単純なルルノノは、飲み込みも早かったのかもしれない。それはハクスイとルルノノの秘密の関係が結ばれてから、数日後のこと。ある日の地上、真昼間の戦いである。



 住宅地の屋根から屋根へと飛び移りながら、ルルノノは光の戦斧を振るう。この日のルルノノは、悪魔の大群から罵声を受けながらも、まったくそれを気にしなかったのだ。

カラスたちはすぐに追い払われ、獅子奮迅の活躍を見せたルルノノに、ユメは笑顔で駆け寄る。


「すごいですね、ルルノノさん! どんな修行をしたんですか!」

「ふふっ、ちょっとした知り合いとね! エンジェルぱーふぇくとっ!」

 ガッツポーズを見せたルルノノの頬が若干火照っていたのは、それは戦いの余韻だろうとユメは思っていた。


 

 その帰りの機方舟の中。

 ルルノノは他の隊員たちに隠れるようにして、ユメに顔を寄せる。

「あ、あのさ、ユメちゃん」

「はいはい? なんですか?」

 ルルノノは俯き、指をくるくると絡めながらつぶやく。

「じ、実はさ、あたしをトレーニングしてくれた知り合いに、その、お礼をしたいんだけど……ど、どうしたらいいと思う?」

「おー、良いですね」

 ユメの目が一瞬きらりと光ったことに、ルルノノは気づかない。


「とりあえず、基本的にはお礼の意思を示すのが大事だと思いますね! 男性でも女性でも、お食事に誘って、ご馳走するのなどはいかがですか? 私、いい店何件か知っていますよ」

「な、なるほど……わかった、さすがユメちゃん! あたし、頑張るよ!」

「……お食事に誘うのに頑張らなければいけないような相手……つまり、お相手は、男の方ですね! コイバナ! コイバナの匂いがいたしますね!」

 内緒話のつもりが、一斉に注目を集めてしまう。ルルノノは慌ててユメの口を塞ぐ。


「え、あ、や、ち、違うよ! 相手が男の人ってのはそうだけど、コイバナじゃないよ!」

「……ぷ、ぷふぁ……ほ、本当ですかぁ?」

 ユメの疑わしそうな眼差しに、ルルノノは全力で否定する。

「ほ、ホントだよ! 第一、コイバナってのは、聞いて楽しむものであって、自分がするものじゃないよ! そういうのはお話の中だけだってば!」

 自ら大声で暴露するルルノノは、周りで始まりだしたヒソヒソ声に気づいていない。ユメは苦笑する。

 

「んー……じゃあ今はそういうことにしておいてあげましょうか。これからに期待、ですね」

「これからもないってば! ホントだってば!」

 ルルノノはまるで自分に言い聞かせるようにそう叫ぶ。

 そう、自分が誰かに恋をするなんて、あるはずがないのだ、と。

「そ、そうですか?」

 その勢いに押されたユメはわずかに身を引く。あの温厚なルルノノが声を荒げることなんて、本当に珍しかったからだ。


「だって、もしその恋が破れちゃったら……機奨光が、なくなっちゃうかもしれないもん。せっかくあたしだって夢が叶って、みんなを幸せにできるようになったのに……」

 誰にも聞こえないように、ルルノノは小さくつぶやいた。

 天使にとっての恋とは、一生に一度、そういうものなのだから。


(あたしが、そんな……にーさんに、恋なんて、するわけ……だってにーさんとヴィエちゃん、あんなにお似合いだし……)

 そのとき、左の胸がちくりと痛んだような、そんな気がした。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 

 フィノーノはいくつかのエリアに分かれている。


 五つの島雲を連結して繋ぎ、大きなひとつの天ツ雲としているのだ。そのうちのひとつ、中央庁のある天ツ雲フィノーノの中心雲、中央街エリアである。ハクスイの通院する総合病院があるのもこのエリアだった。そういう意味では通い慣れている場所だ。

 だが、休日の買い物客で賑わうアーケードにやってくるのは久しぶりだった。ハクスイはいつものTシャツにジーパン姿で、突っ立っていた。


(お礼に食事なんて、あいつホントに、几帳面なやつだな……)

 自分も助けてもらっているのだから、どっちもどっちだと、ハクスイは遠慮したのだが、それではルルノノの気が済まないようであった。



 というわけで、待ち合わせは中央街の女神アマテラ像の下だ。フィノーノ出身の女神アマテラはもっとも新しく女神化した天使ということで、男女問わずファンが多かった。だからというわけではないが、待ち合わせ場所は天使たちで盛況である。


 あちこちをキョロキョロと見回しながら、ルルノノがやってくる。休日の格好は白いシャツにローライズのジーンズ、黒のパンプスと、一見ノンセクシャルな格好であった。だがそのあまりの童顔の美少女っぷりが、アンバランスな魅力を醸し出している。

 人混みに流されてしまいそうな背の低い彼女に、ハクスイは声をかけた。


「よう、ルノー」

「あっ、あ、に、にーさんっ」


 ルルノノが慌ててこちらにやってくる。その頭に手を当てて、ハクスイはネジをはめ込むようにルルノノをぐるぐると回す。


「街の中でなんて、大胆になったもんだな、ルノ」

「えっ、あっ、な、なにが?」

「なにがって、なんでトボけてんだ。せっかく、こんなに人通りの多いとこに来たんだから、きょうも調教やりながらあちこち回るんだろ。なんだ、お前きょうは首輪つけてねえのか?」

「く、首輪って、なんの話ししているのかな! あたしは犬猫じゃないんだから!」

「でもペットだろよ。ったく、仕方ねえな、放し飼いは禁止だしな……つけてやっからほら、人気のないところに行くぞ」

「あっ、ちょ、ちょっ、待ってっ、待ってにーさんっ」


 手を引っ張って連れていこうとしたところで、ルルノノを振り返る。顔を真っ赤にした涙目のルルノノと、その向こうに、先ほどまでは気づかなかったが、どこかで見たような小さな美少女がいた。


「……なんだか色々と、色々な、色々な言葉が、耳に入ってきたような気がしますが」

「お前……」


 ルルノノの妹、ニニノノだった。彼女はクリーム色のワンピースを着て、ぺこりと頭を下げてきた。後ろで結んだ大きな金色のお下げが揺れる。


「……平素ねえねえがお世話になっておりますので、きょうはそのお礼が言いたくって、やってきたんですが……」

 姉よりもまだ幼く柔らかそうなほっぺたが、微妙に赤く染まっていたりする。

「ふたりがそんな関係だとは到底思わず……その、わたし、帰りますので……ねえねえ、今夜はおうちの鍵を閉めておきますね……すみません、ごゆっくり……」


「ご、誤解だよニニちゃん! 違うの! だからほら帰らないで、ダメ、いっちゃだめぇー!」

 妹を呼び止めるルルノノの叫び声が広場に響いて、ハクスイは少しばかり、(悪いことをしちまったかな……)と反省したのであった。

 


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