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第三話-3

 

 

「……えっと、じゃあ、読むの。『これらは男女一組で演じるシリーズです。心の底から人物の気持ちになりきって、本気で演じてください。そうでなければ効果はありません』」


「さすが機奨光の本だ。いきなり無茶な精神論での前置きだな……」


「『演習問題一』……えーっと、『女性――別れ話を切り出す側』……これは、わたしね」

「別れ話ってことは、俺たちは付き合ってんのか」

「………………つ、付き合ってないの!」

「いや、演習問題一の話だぞ」

「……………………あ、あぁ、そ、そうね……そ、そんなことわかっているのよ……じゃ、じゃあ、えっと、次、男性ね、『男性――必死に食い下がり、女性を引き止める側』、だって」

「つまり、ヴィエが別れたがって、俺が別れたくないって言えばいいんだな」

「……………………み、みたいね……」

「? なんか、お前、顔がトマトみたいな色になってねえか?」

「夕焼けの光加減なの! は、早くやるのよ!」


 ヴィエの勢いに、ハクスイは「あ、ああ」とうなずく。しばらく短い範囲を丸く歩き続けて、それから立ち止まったヴィエは、覚悟を決めたかのように咳払いをした。指を突きつけてくる。

「も、もう……あなたとは、これ以上、お付き合い、できないの」

 ハクスイは彼女の目を見て、ゆっくりはっきりと大きな声で答えた。

「嫌だ、ヴィエ。俺はヴィエと別れたくない」

 側頭部に凄まじい衝撃を受けたように、ヴィエは仰け反った。倒れそうなぐらいに傾くと、震える手で横顔を押さえる。


「ど、どうしたんだお前、だ、大丈夫か?」

「へーき、へーき」

「そうは見えないんだが、そうか……? 具合悪いなら、今すぐ帰ったほうがいいと思うぞ」

 内心はともかく、とりあえずプラチナブロンドを撫でて、外見だけは取り繕ったヴィエが、「えと、」とつぶやいてから、視線を斜め下に落とす。

「だめなの、えと、わたし、その……そう、その、他に、好きな人が、できたの」


 今度はヴィエの二の腕を掴んで顔を近づけながら、乱暴な言葉遣いで問いつめる。

「ふざけんなよ、ヴィエが俺以上に好きになるようなやつなんて、いるわけねえだろ」

「ごめんちょっとハクスイお願いだから名前はやめて名前はやめて名前はやめて」

「あ? ああ? わかった」

 すがりつくような早口で懇願してくるヴィエに、ハクスイはうなずき、言い直した。

「お前が、俺より好きになるような男は、いねえだろ」

「……………………」


「今度はどうした、ヴィエ」

「えっ、あ、えっ、あっ? えっ、ああ、あの、そ、そうにゃの、わらしの台詞ねっ」

「お前今度はなんか、足が見たこともないくらいの勢いで震えているぞ。マジで大丈夫か?」

「…………え、えっと……だ、だって、だってハクスイは、わらしなんて、いっつも、ないがしろにしていりゅしっ」

「そんなことはない。俺はいつでもお前を想っている」

「……く、口ばっかりでは、なんとでも言えりゅの、ら、らって、ハクスイ、いっつも、他の女の子と、一緒に、遊んでるしっ」

「ンなの、俺がお前を好きな気持ちとは、関係ねえだろ……バカだな、お前、ほら知ってんだぞ、お前の弱点さ」

「えっ、あっ…………」


 ハクスイはゆっくりとヴィエの背中に手を回し、自分の方に引き寄せた。抱きしめられたヴィエは驚きに目を見張り、ハクスイの顔を間近に見上げて、首を振った。


「や、やだ……やだ、やらぁ……こんな、ハクスイ、らめ、突然、そんな……」

「良いから、おとなしくしてろよ。すぐに悪い考えはなくなっちまうだろ」

「ハクスイ……ハクスイ、こんな、やらぁ……ハクスイ、わらしのこと、好き、なの……?」

「あ、ああ」

 胸元で濡れた瞳を輝かせるヴィエに、(なんかすげえな……ちょっと可愛いんじゃねえかな、ヴィエ……)などと思いながら、ハクスイはうなずく。

「……わらし、だって、その、ハクスイのこと、いっつも、ばかにしたり、素直じゃないし、可愛くないし……意地っ張りだし…………」

「いや、そんなところも含めて、お前は可愛いよ。綺麗だし、なにより」


 ヴィエがハクスイの心まで覗き込むような瞳をしていた。少しだけ緊張しながらも、堂々とハクスイは続けた。

「お前は俺のものだしな」


 ぎゅっ……と、ヴィエがハクスイを抱きしめ返してくる。まるで本当の恋人にそうするように、胸板に頬をすり寄せてきた。

「ハクスイ……わらし、そうなの……ハクスイの、ハクスイの、なの……ハクスイのものなの……っ」

 それを見て、誰が演技と思うだろうか。それほどに真に迫ったヴィエの態度であった。ヴィエを抱きしめたまま、ハクスイは目をつむり、そうして、しばらく経ってヴィエの柔らかい身体がぐったりとしてきたのに気づいて、目を開いた。


「……ん? ヴィエ?」

 彼女はまるで茹で上がったパスタのような顔で、目を回していた。

「きゅ~……」

「……お、おい! どうしたんだよ、大丈夫か、ヴィエ!」


 ハクスイはヴィエの頬を揉むが、彼女は結局しばらく意識を取り戻すことはなかった。卒倒したヴィエとその問題集を届けるために、ハクスイは公園と自宅を二往復することとなった。

 

 

 

 ~~




「病院行って、買い物して、ヴィエを送って……まあ、すっかり、遅くなっちまったな……」


 ハクスイはリビングを抜けて自分の部屋に向かう。ハクスイのシャツの胸元には、ヴィエのつけた涙のシミが残っていた。

 自宅で目を覚ましたヴィエの、その後がすごかった。なにがあったのか、まるで発狂したように、ガンガンと壁に頭を打ち据えて喚きだしたのだ。あれは怖かった。確かに恥ずかしい思いをしたが、あそこまで猛省するほどに、相手役が自分なのは嫌だったのだろうか。

 ヴィエをなだめすかせてから自宅に帰った頃には、ハクスイはすっかり疲れていた。


「つか、やっぱ、アレだな」

 自室のドアを開いて、ハクスイは茶色の紙袋を机の上に置き、嘆息する。

「最近どうやってドMを作るかばっかり考えているから、あんな風になっちまうんだろうな」

 演技中の自分を思い出すと、無味乾燥したハクスイですら、頬が赤くなるような気がした。ハクスイはつぶやきながら、押し入れのふすまを開く。

「なあ、ルノ、悪いな、遅くなっちまった」


 そこには、手足をがんじがらめにガムテープで縛られて、なにも喋れないようにさるぐつわをかまされた芋虫状態の女子高生――ルルノノが、押し込められていた。

 

 

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