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第三話-2

 

 

 病院からの帰り道に、中央街に出たついでということで、ハクスイは少し買い物に寄ってきた。紙袋を手に、夕焼け空の下、ハクスイは肩を落としながら伸びた影を追うように帰路を辿る。ハクスイは、アマドの言葉を何度か反芻していた。



(ルルノノに、特別な感情、ねえ……)



 ある意味で、自分がフィノーノで最も強い彩光使、ルルノノの命運を握っているのだと思うと、慎重にならざるをえないのは確かだ。そういった意味では、人生で今がもっとも他人のことを気にしていると言っても過言ではないだろう。


(まあ、わからねえんだったら、色々試してみるしか、ねえよな)

 ハクスイは自分が前向きだとは思っていない。その代わり、できることがあるなら何でも挑戦してみるつもりがあった。そういう意味では物怖じしないというルルノノの言葉は正しい。



 そんな中、ハクスイは自宅近くの公園で、見慣れた長い銀髪の女性の姿を見つける。

「……ん? なにやってんだ、あいつ……?」


 フリルのついた紺色のキャミソールに、スパッツを履いた清潔感のあるラフな格好をした彼女は、ベンチに荷物を置いて、本を片手になにやら身振り手振りをしていた。人気の少ない寂れた公園だ。ハクスイはのんびりと近づいて、声をかけてみる。


「よう、ヴィエ」

「あっ……は、ハクスイ……な、なんで? ど、どうしてここに?」

 驚いて振り返ってくるヴィエは、本を後ろ手に隠しながら、戸惑っているようだった。

「いんや、ただの帰り道だよ」

「……そ、そっか……それはそうよね、わたしの家の近くってことは、ハクスイの家の近くだもんね……やだ、なんで当たり前のこと言っているの、わたし……」


 なぜだか気まずそうに細い身体を揺らすヴィエは、またなにか悪いことを考えていたのか、少しの間を置いてから、なぜだか遠慮がちに尋ねてくる。

「……また、るーちゃんと?」

「うんにゃ。ひとりで買い物だよ」

 紙袋を掲げてみせると、ヴィエは「そう……」とつぶやいて、再び俯く。

 その隙にハクスイは軽い足取りでステップを踏み、ヴィエの後ろ手から本を奪い取った。

「ん、やっぱ機奨光の宿題か」

「あっ、ハクスイっ、ちょっと、勝手に、読まないのっ」

 ハクスイはヴィエの手をすり抜ける。


「『広いお外で斉唱しましょう。わたしはできる! できる!』と……なんだこれ……」

「ハクスイっ、バカぁ! 格好悪いじゃないのっ、だから見られたくなかったのにっ」

「いや、別に、こういうの、恥ずかしいとは思わねえけどさ」

 そう言って向き直ると、むくれたヴィエは口を尖らせながら睨んできていた。

「前は、苦手だったが……でも、頑張ってこういうのも、解消していかねえとって、思うよ」


 ヴィエはプラチナブロンドの髪を耳にかけて、ハクスイから受け取った本を胸に抱きながら、彼らしからぬ言葉を真摯に受け止める。

「ハクスイの口から、『頑張って』なんて言葉が出るなんて……天ツ雲が落下する前兆なの」

「でも、すげーのは、むしろヴィエだよ」

「え?」

 顔を上げたヴィエの青い瞳に、ハクスイの不器用な表情が映る。


「俺は好きなことがない代わりに、苦手なもんもほとんどないから、お前の気持ちはよくわからないんだがさ。悪魔を憎んでいるのだって、あいつらがミズカを傷つけたからに他ならないわけだしな。でも、ヴィエは自分の怖いものを克服しようとしているわけだろ?」

「う、うん……」


「それって、俺よりよっぽどすげえことだと思うよ。八年前の事件で、クラスメイトもミズカとかも怪我して、そんで震えるほど悪魔を嫌がってんのに、なのに立ち向かうための高校にまで入るってんだから、すごすぎだよ。だから、機奨光は他のやつより少ないかもしれないけど、俺から見たら、ヴィエは立派な天使だよ」


「ハクスイ……あっ、えっ、と、」

 ヴィエはじっと上目遣いで、少しの間ハクスイの顔を凝視していた。だがそれからすぐに気づいたように、すらりと伸びた長い脚でハクスイの向こう脛を軽く蹴った。

「べ、別に、ハクスイにそんなこと言われにゃくても、わらしはちゃんとした天使なの。機奨光ゼロの人に、励まされても、仕方にゃいのらよっ」

「いてえな、つか、なんで唐突にテンパってんだ?」


 ぷい、とそっぽを向くヴィエに、ハクスイはよくわからないといった風に眉をひそめた。それからハクスイはすぐには立ち去ろうとせず、ベンチに近づいて、積み重ねられている本の一冊に手を伸ばす。今度はヴィエも止めてこようとはしなかった。


「機奨光の勉強か、こういうのもやらなきゃいけねえんだろうなあ。効果あったのか?」

「え、えっとね……嫌な気持ちになったときでもね、わたしはだけど、言葉に出すとちょっと変わる気がするっていうか、無理矢理だけど、切り替えられるような気がするのよ」

「へえ……やっぱ、自主トレとかもしなきゃいけないんかな。こういう系は、学校だと人の目があるっていうのが、ちょっと尻込みしちまう原因のひとつかもしれねえな」



「あ、それなら」

 ヴィエは丁度良いとばかりに手を叩く。ベンチに置いてあった本の一冊を引き抜いて、ハクスイの前に掲げてみせた。

「これね、シュレエル先生が用意してくれたものなんだけど、ふたり一組で行うタイプの実践本みたいなの。まだ中は見ていないんだけど、暇だったら、一緒にやっていく?」

「お、悪いな。ならちょっと、邪魔させてもらうかね」

「邪魔だなんて。大丈夫なの、世界中のみんながハクスイを邪見にして、石を投げてきて、ミズカちゃんもとても一緒の空気は吸えないって家から飛び出していっても、わたしだけは今まで通り距離を置いた友人として、相手をしてあげるから」

「お前ミズカの名前を出すのは止めろよ。マジで心に刺さっからな」

 普段の調子に戻って、からからと朗らかに笑うヴィエに、ハクスイは半眼を向ける。


「それじゃあ、ちゃんと一番最初から、やっていくのよ」

 と、大体50ページくらいの薄い問題集をパラパラめくるヴィエの動きが止まった。

「あ? どした?」

 ヴィエは武術の授業で槍を振るうような凄まじい速さで問題集を閉じ、表紙を凝視する。その肩越しにハクスイも問題集を眺めると、そこにはこう書いてあった。

「『本気の恋で機奨光を高めよう! 男女一組ですぐにできるシチュエーション集! 大人気、恋愛ごっこシリーズ2011年度版』……?」


「な、な、な、なんなの、これ……なんで、なんで? え、っていうか、なんで?」

「あー、なんか、機奨光の半分はコイバナでできているって、ルノも言ってたな……」

「え、そうなの? 大人気って書いてあるけど、これ、本当なの?」

 わなわなと震えながら振り向いて尋ねてくるヴィエに、ハクスイは「らしいぞ」とうなずく。


「そ、そう……じゃあ、や、やる?」

「なんで俺に聞いてくるんだ? つか、宿題だろ? やらねえとダメだろ」

「そうよね……それは、そうよね……だから、仕方ないのよね……相手がハクスイなのも、ただの偶然なのよね……す、すっごい、抵抗あるけど……し、仕方ないのよね……」

 ヴィエは手を小刻みに痙攣させながら、こちらが心配になるような真っ赤な顔色で問題集をめくった。ヴィエの言葉を額面通りに受け取るしかないハクスイは、「そこまで嫌なのか……」とさすがに複雑な表情をしていた。

  

  

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