第二話-6
「ワハハハ、見ろ、くだらん人間たちがわめいておるぞ」「愉快痛快!」「やつら、希望を持って行動しておるから、このようなくだらん結果となるのだ」「カァー!(それ見たことか) カァー!(それ見たことか)」「我らより落ち込んでいる人間を見るのは、気分が良いものだ! ワハハハ!」
悪魔たちは三々五々にわめき合う。そうして、彼らは祝宴をあげるように、人間の吹き出した冥混沌を吸い取るって、楽しむのだ。
「旨い! 人間の不幸は蜜の味だ!」「これで我らの力がますます高まるというものだ! さて、やつらの不幸をしゃぶり尽くした後は、新たな冥混沌の培養者を探そうではないか!」
『ワハハハ!』
そのとき、悪魔の笑い声を切り裂くように、雲間からひとつの閃光が差してくる。悪魔はまるで狂ったように騒ぎ始めた。
「見ろ!」「何やつだ!」「あれは……まさか、天使の船か!」
天敵の存在を嗅ぎ取って叫ぶ悪魔の声が響く中、白銀の機方舟は飛行機雲をたなびいて駆ける。翼の生えた丸いフォルムの上に、輝ける何かが仁王立ちをしていることに、悪魔の一羽が気づく。その直後、少女の笑い声が天から公園に降り注いだ。
「あーっはっはっはっはっは!」
機方舟の上に立つ幼い顔をした少女の背には光の翼。高校の制服に身を包み、その手に持つは黄金のハルバードである。
「人の心が闇に染まるとき、悲しみに沈む呼び声が今聞こえるっ!」
ルルノノが翼を広げて宙に浮かぶと、カラスたちは次々と人型へと変容してゆく。真っ黒な肌を持ち、カラスの羽を生やした、黒髪の男たちだ。カラスの毛皮を羽織っている。それぞれに巨大なフォークのような槍を持っていた。
「赤い血まみれの尖兵が!」「希望がなければ、人は不幸に落ちることもないのだぞ!」「貴様らのしていることは、人に絶望の種を撒くことに過ぎぬのだと、何万年もなぜわからぬ! 失われた幸せは、より深い悲しみを呼ぶのだ!」「それ見たことか! それ見たことか!」
カラスたちの叫びを、ルルノノは一笑に付す。若き天使は悪魔たちからの冥混沌を弾くようにハルバードを振り回し、加速し、そして落下した。
「はっは! それでも人は光に向かわざるをえないのさ!」
~~
ユメが公園に機方舟を着地させたのは、ルルノノは悪魔の大半を蹴散らしたあとであった。その一騎当千の有様をモニターで眺めていたハクスイは、ハッチから降りながら、二度目の地上に足を下ろしたところで、感嘆のため息をついた。
「すっげえなあ」
なまじ武術の鍛錬をしているだけあって、ルルノノの腕が並外れているというのはよくわかる。伸縮自在で一撃必殺の威力を持つハルバードを振り回すルルノノが、有り余る機奨光によって、凄まじい速さで飛翔しているのだ。巨大な戦斧をかいくぐり、運良く彼女と接近戦を繰り広げられた悪魔も、翼から破壊力を伴なう機奨光を一気に放出する光輝武装――『光波爆天』により、一網打尽とさせられた。
ハクスイの後ろから、ユメは伸びをしながらやってきた。横に並んできたユメは、ほくそ笑んで、ハクスイの顔をのぞき込んでくる。
「うふふ、ユメちゃんたちの隊長の実力、驚いたでしょう」
「ああ……あの口上も、かっけえな」
「おやおや、ハクスイさんもひょっとして、ああいうヒーローモノお好きなんですか?」
「……そうだな、俺は意外と熱血が好きだ。自分にはないものだからな」
高跳びの棒よろしくしなるハルバードは、次々と悪魔を切り伏せてゆく。
悪魔はそもそも天使を狩りやすい。天使の機奨光による武器は、悪魔に有効であるが、悪魔の冥混沌は言葉ひとつで容易に天使を行動不能に陥れるからだ。一匹の悪魔を倒すためには、三人の天使が必要だと、一般には教えられている。だが、ルルノノが相手にしていたのは、二十を越える悪魔の群れである。
「……まったく、すげえな、彩光使ってのは」
クラス抜きを果たして喜んでなどはいられない。
「うふふ、そうでしょうそうでしょう」
なぜユメが満面の笑みなのかはわからなかったが、とにかく彼女は自分の隊長を誇らしく思っているようだった。だがその後、状況が変わった。ルルノノはその凄まじすぎる実力により、悪魔たちから非難を浴びせられていたのだ。
「なんてやつだ!」「見せ場も作らせないまま悪魔を撃破していきやがる!」「こんなぞんざいな扱われ方をするなんて、あんまりだ!」
「えっ、えっ、えっ」
効果はてきめんで、彼女の足は驚くほど鈍った。悪魔に責められ、ルルノノは空に浮かびながらあたふたと辺りを見回す。
「そ、そんなこと言われても、これがあたしの仕事だし!」
ハルバードを振り回すと、悪魔たちは大げさな叫び声をあげて吹き飛んでゆく。
「うあああ酷いいいいい」「ぎゃああ死ぬううううう」「痛いよう、痛いよう!」
「そ、そんな! そんなに強く叩いてないしっ!」
ルルノノは胸元に戦斧を抱きながら、慌てて悪魔に釈明をする。
「おい、ユメちゃん、あれ……」
「うーん……雲行きが怪しくなってきましたね……」
「……あいつ、いつもあんなんなのかよ」
「人が良いというか、生真面目というかなんというか……うーん、このままじゃ、危ないですね。ユメちゃんも、ちょっと行ってきますね!」
「あ、ああ、気ぃつけてな」
ユメもまた、羽ばたいてゆく。ふたりだけで平気なのかと見守っていると、ユメも伊達に学生彩光使をやっているわけではないようだ。『光の弓』で、ルルノノを糾弾する悪魔から率先して次から次へと撃ち落としてゆく。そうしている間に、応援の機方舟が到着し出した。公園に着地した機方舟からたくさんの彩光使たちがやってくる。悪魔もまた、援軍の数では負けてはいなかった。町中のカラスが集まっているかのようだった。
天使と悪魔の戦いはますます激化してゆく。だがそれでも、個々の実力差は如何ともし難かったらしい。ルルノノを筆頭にした天使軍が悪魔を制圧したのは、二時間後のこと。
フィノーノ中の彩光使が集まった激戦は、天使軍の大勝利で幕を閉じた。
~~
帰りの機方舟で、ハクスイはユメに耳元で囁かれる。
「知っていますか、フィノーノで一番強い彩光使なんですよ、ルルノノさんは」
「すげえな……300万ポジだもんな」
天ツ雲を浮かべるだけの機奨光を全て攻撃力に回せるのだ。歩く戦略兵器のような女だ。自分はとんでもない天使に目をかけてもらったのだと、ハクスイは実感した。だが、それだけに、ハクスイはニニノノが言った言葉が気になっていた。力を使い果たして疲れたのか、座席にもたれかかって桜色の唇から細い寝息を立てているルルノノの、無防備な横顔を眺めて、思う。
(たまに落ち込んで、機奨光がカラになるときがある、か……)
あの憂鬱そうなルルノノの姿をなかったことにするために、彼女をドMにしなければならないのだ。ハクスイは誰にも気づかれないように、静かにため息をついた。