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第二話-5



「う、うん……あ、そうだ!」

 ルルノノは良いことを思いついたとばかりの笑顔で、振り返ってくる。


「ねえ、にーさん、また一緒に来ない?」

「お?」

「こないだはにーさんにも格好悪いところ見せちゃったからね! 彩光使が華麗に悪魔を成敗するところ、見てってよ! あ、そだ、もし良かったら、ヴィエちゃんもさ!」

 ふいに声をかけられたヴィエは、もはや自分に関わる話は終わったと安心していたのか、小さく口を開けて、お揚げをかじろうとしたポーズのまま止まる。

「……え? わたし?」


「シュレエル先生から、彩光使を目指して、すごく頑張っているって、聞いているよ!」

「う、うんまあ、どうかしら……結果が出ていないのに、頑張っているっていうのは……」

「それににーさんと同じく、武道で一クラス抜きを果たしたんでしょ! それなら実績は十分だもの、ヴィエちゃんが良ければ、一緒に地上に行ってみない?」

 彩光使に認められた女性として、周囲のギャラリーが油揚げを口にくわえているヴィエに賞賛の視線を向けていた。だが、そんな風に注目を集めながらも、ヴィエの顔色は優れなかった。


「で、でも……あ、悪魔……でしょ?」

 ヴィエが視線を弱々しく泳がせる。それを見たハクスイは、すぐに手を挙げた。

「じゃあ、俺だけ連れていってくれ」

「うん、もちろん! って、え? ヴィエちゃんは?」

 ハクスイは押し黙るヴィエに代わって、口を開く。

「あー……ヴィエは、シュレエル先生の元で、機奨光の補講があっからな。だから、一緒に行けないんだ。だよな?」

「え、あ……う、うん……そ、そう、なの」

 ヴィエは視線を伏せて、俯きながら、さらに頭を下げた。

「だから、ごめんなさい、るーちゃん……あの、また今度、誘ってくださいの」


「んー、そっかー! わかった、残念だけど、次だね! 一日も早く彩光使になれるように、応援しているからさ!」

 親指を突き出してくるルルノノに、ヴィエは、「……ありがと」と小さくつぶやいた。

「……ま、いきなりはキツいよな」

 ヴィエの後頭部に軽く手を当てると、彼女がほんの少しうなずいたような気がした。




 三人はヴィエを残し、学食を出る。すると、廊下を早歩きしながらも、ユメが我慢できないとばかりに好奇心に彩られた視線を向けてくる。

「というか、ルルノノさん、ところでそちらの御仁が、ハクスイさんですね?」

「もちろんそうだよ!」

「なにがもちろんなのかわからないが……あれ? つか、俺の名前を?」

「ええ、ルルノノさんから噂はかねがね。学年にすごく強い人がいるって聞いていますよ」


「つかあの、ユメ、さん? 一応俺の先輩なんだからさ、別に敬語はいらねーっすよ」

「うふふ、ユメちゃんのモットーは礼儀正しく、ですからね。以前、ボランティアでお手伝いにいった保育園でも、最後まで徹頭徹尾、園児に敬語を貫きましたから、それに比べたらハクスイさんに礼を尽くすのは、いともたやすいものです」

「比べる基準がおかしくねえかな?」

 ユメの不遜な物言いに、思わず語尾を荒くしてしまう。


 校舎を出た三人は、職員用ポートの白線を斜めに横切って雑に止められている機方舟に乗り込んだ。ハクスイはなんとなくシュレエルの苦悩の表情を思い出す。社会的な地位も上の彩光使には、生徒であろうがなにも注意できないのではないかと、シートベルトをつけながら思ってしまう。一方で、この機方舟のフォルムには見覚えがあった。


「これ、こないだ妹さんが乗ってきた船か……」

 知り合いらしいことを言っていたから、ニニノノはユメから借りてきたのだろう。中学生相手に咎めないところが、実にユメらしいと思った。ユメは早速操縦席に陣取り、適当な手つきで鼻歌を歌いながらパネルを操作し始める。


「フンフーン……小隊のみんなは、各自それぞれの悪魔の発生場所に向かっているみたいですからねー、ユメちゃんたちも、急ぎましょう。ん、まあ大体こんな感じですかね」

「ユメちゃんは、本当に細かいことは気にしない性格なんだな」

「え、惚れちゃいました? うふふ、だめですよ、ユメちゃんはみんなのヒロインなんですから、誰かひとりのものにはなれませんからね、うふふ」

「ユメちゃんは、本当に毎日幸せそうだな」

 それが彩光使になるための資質のひとりであることは、もはや疑う余地もなかった。


 誰よりも楽しそうな美少女が、隣からハクスイに微笑みかけてくる。

「そうそう、にーさん! 彩光使はいくつかの分隊に分けられていてね」

「ああ、うん、習ったよ。愛徳、勇徳、知徳の、三位一隊トリニティノだろ?」

「さ、さすがにーさん、知識が溢れて泉になりそうだね……す、すてき……」

「いや、だから、授業で習うだろ……」


「はっ、にーさんの格好良さに目を奪われていた……そ、それでね、あたしとユメちゃんは、悪魔との戦いに重点を置いて、下界での活動を主に引き受ける勇徳分隊パワーズなんだよ。だからね、にーさんと一緒に地上に行くときは、他の隊より荒事が多いかもしれないけれど、それは覚悟していてね!」

「ああ、それは俺の目標とも合っているからさ、むしろ助かるってもんだ」


 ハクスイたちの後ろの座席に寝転んで、ファッション雑誌をめくっていたユメが、一応話は聞いていたらしく補足してくる。

「ルルノノさんは、小隊の隊長さんですからねー。すごいんですよ、あっという間にやってきて、ユメちゃんの上司ですからね」

「へえ……お前、偉かったんだな……」

 てっきり誉められて有頂天になるかと思いきや、ルルノノの反応は謙虚なものだった。

「いやあ、なんでだろうね。評価してもらって、ありがたい限りだよねえ」

「うふふ……ルルノノさんが彩光使に抜擢されなければ、今頃ユメちゃんが小隊長に着任していたんですけれどね……うふふ……」

「もしかしてお前、ホントはルノのこと嫌いなんじゃないか?」


 ついにはユメをもお前呼ばわりのハクスイである。足を揺らしながらくつろぎまくっているユメが、窓の外を一瞥して、その風景の流れる早さに感嘆を漏らした。

「はやーい、さっすがルルノノさんの機奨光ですね。一小隊で頑張るより早いですよねー」

 ユメの白銀の機方舟は雲を突き抜けて、地上へと降りてゆく。




 ~~

 


 

「あ、あの……瞬、くん……?」

「え、あ、な、なにかな!」

 地上では休日のとある日中だ。どこかで見たことのあるような初々しいカップルは、公園のベンチに並んで腰を下ろしていた。だが、ふたりその間には微妙な隙間がある。


 座る少女は手を膝の上に置いたり握ったり、忙しない。少年のほうも、顔はまっすぐ前を向いたまま闇雲に目を泳がせて、少女を見ようとしなかった。ふたりに共通しているのはその思いであり、手を繋ぎたいのだが繋げない、というもどかしさであった。

 そんな幸せな光景を黒く塗り潰すかのように、気づけば、カラスの大群が正面の電線に止まっていた。そしてその全てが向きを揃えて、じーーーーっとこっちを見つめているのだ。


「うわ、なんだあれ、気持ち悪っ!」

 少年の言葉に反論するように、カラスたちは、カァー、カァー、と一斉に鳴き出していた。

「ほんとだ、いつのまに……なんだか出て行けって睨まれているような気が……あっ」

「えっ、ど、どうしたの、美月ちゃん」

「ううん……わたし、なんだか、自意識過剰で……思い上がっちゃったなって……こんなわたしを、誰も見るわけないのに……うう、わたしって嫌な女の子だわ……ああ、もうわたしはだめ……だめ、だめだめなの……だめなの……」


「あ、あれ、なんかこの前も、こんな美月ちゃん見たような!」

 少年は頭を抱えた。それとともに、気分が急降下で落ち込んでゆく。まるで深い闇に引きずり込まれるような気分だった。


「ああ、だめだ、僕と一緒にいたって、美月ちゃんが楽しいわけないんだ……美月ちゃんと付き合うなんて、世界で一番幸せなことをしていたから、僕にバチが当たったんだ……これから僕は人生で一度も良いことなんて起こらずに死ぬんだ……ああっ、枯れて死ぬんだ……!」

「うう、ごめんね瞬くん……わたしごときが瞬くんと付き合うなんて、大それた夢を見るから、こんなことに……ごめんね、瞬くん……ごめんね……しくしく……」



 少年と少女はそれぞれ別の方向を向いて、何度も謝る。その体から真っ黒な霧が吹き出しているのを、カラスたちは嬉しそうに鳴きながら眺めていた。



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