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第二話-4

 

 

 彩光使養成学校であるフィノーノ高校が、他の高校と違っているところは、大きく分けてふたつある。


 まず第一に、彩光使としての技能を習得するべく、武術、機奨光による光輝武装、あるいは上位学年にもなると、機方舟の操縦方法や、光導輪による専門技術を学ぶことができる点。

 さらにもうひとつは、天使の社会としては珍しい競争制度を採用しているところにあり、これには未熟な生徒を彩光使にすることによって、悪魔による犠牲が増加することを防ぐ役割があった。そのため、彩光使になれるのは学校を卒業しても直、狭き門である。


 とはいえ、生徒たちの意識はさほど変わらない。昼休みは嬉しいものだし、お昼ごはんを学食で食べる時間は幸せなのだった。



 混雑するプールのような人のひしめく食堂にて、なぜかその周囲だけはやけに風通しの良い状況になっているハクスイの前に座るヴィエが、納得いかないとばかりに首を傾げていた。


「わたしはともかく……まさか、ハクスイにまで、本当に効果があるなんて……」

「俺も未だに信じられない」

 カレーのライスとルーをひたすらにかき混ぜる動作を繰り返しながら、ハクスイはどこか心ここにあらずといった感じだ。これが夢かも知れないと疑っているのだろう。

「なんつっても、ずっと諦めてたことだしな……それを叶えてくれたのは、正直、どれだけ感謝しても、足りねーっつーか……」


「……るーちゃん、ね……」

 きつねうどんの麺を箸で持ち上げたまま、ヴィエは視線を俯かせる。そうこうしていると、混雑の波間をするりするりと抜けながら、話題の主が戦果を手に帰ってくる。

「おまたせー!」


 ルルノノはサラダ冷麺を乗せた盆を手に、颯爽とヴィエの隣の席につく。

「いやあ、あたしの列は混んでてさー、やっぱり夏はこれだよねー!」

「そういや、下界はもう夏だっけか? うちは一年中制服変わらねえから、たまに忘れるよな」

「上にいると季節感ないものねえ……たまに積乱雲の中に入っちゃって、大雨が降るときに遭遇するくらいかしら……」

「太陽が普段よりご機嫌にペカペカーってして見えたりしない?」

「しねえなあ」


 ハクスイが否定すると、ルルノノは「そっかなー」とつぶやきながら割り箸をペキンと割った。ハクスイはヴィエが制服のポケットから小さな単語帳を取り出して、めくっていることに気づく。

「それ、シュレエル先生の宿題か? こんなときにまでかよ、大変だな」

「そう、質より量の、ね。普通にやったんじゃ終わらないから、休みナシよ、もう。あれってあながち冗談じゃなかったと思うの」


「何の話?」

 ハクスイが代わりに事情を説明すると、ルルノノは大層な勢いでうなずいていた。

「すっごいね、ヴィエちゃんも、頑張っているんだね!」

「うん、まあ、ね……実っていない努力だけどね……」

「一言付け加えないと気が済まないのかお前は」

「まあ、どうせ家にいても暇だし……わたしって趣味もなんにもないから……」

「暗い、暗いよヴィエちゃん!」

 

「何が書いてあるんだ?」

「見る? 女神さまの語録なの」

 ハクスイが受け取ってめくると、見出しには女神ヴィルシアの項目、と書いてあった。

「ヴィルシアさまって、ああ、お前の母さんか」

「ええ、雪と美の女神なのよ」


「力ある言葉を読み上げて、自信を高めよう、か……なになに……『美意識を意識』、『キレイが勝ち』、『センスを磨いて、自分力を高めよう』、『女子力アップは機奨光アップ』、『スイーツは頑張った自分へのご褒美』……ルノ、これ分かるか?」

「うーん……未熟なあたしには、まだ難しいと言わざるをえないかな……!」

「なんか、すげえな。一種独特っつーか、その一族じゃねえと理解できない領域っつーか」

「……人のママを、バカにしないでくれる?」

 ヴィエはハクスイから単語帳を奪い返すと、頬を膨らませた。



「あ、そうだ、なあルノ」

 斜め前の席のルルノノに、ハクスイはルーのついたスプーンの先を向ける。

「きょうみたいな朝起こしに来るのとか、ちと勘弁してもらいたいんだけどよ、無理か?」

「え、全然無理じゃないよ、にーさんが嫌なら、一生やらないよっ」

 朝起こしに、の辺りでヴィエの手が一瞬ぴくりと反応をしていたが、誰も気づかない。ハクスイは言葉を選ぶように虚空を眺めてから、ルルノノに視線を戻す。

「嫌っつーか……ほら、俺って家族と一緒に住んでっからさ。いきなり入ってきたら、さすがに驚くだろうしよ。いや、前もって言ってくれたら、全然構わないし、ありがたいんだが」


「ミズカちゃんね」

「ミズカちゃん?」

「ハクスイの三つ下のコなの」

「へえー、にーさんってやっぱりちゃんとにーさんだったんだね」

「全然ちゃんとしてないの。こっちはクズよ。ただの出がらしね。水に色すらつかないもの。中学二年のミズカちゃんのほうが、断然しっかりものなの」

「クズて」


「おー、そうなんだ! うちにも妹がいるんだよ! こっちも三個下なんだけどさ、もうどっちがお姉ちゃんかわからないって感じで、あははー」

 ハクスイは思い出す。確かに背格好は同じくらいだったが、ニニノノのほうが断然落ち着いていた。

「それにミズカちゃんはすごく可愛いの。ね、ハクスイ」

「お前にはやらねえぞ。貸さねーし見せねーし、ゼッテー触らせねえ」


 目を尖らせるハクスイを指差しながら、ヴィエは気安い態度で友達に意見を求める。

「この人、こんな一点の光沢もないような暗い目をして、凄まじい兄バカなの。るーちゃんはどう思う?」

「家族の仲が良いことは素晴らしいことだよ! 愛だね! ラブアンドピース!」

 きょう午前中を一緒に過ごして、ハクスイは思う。彩光使の衣装に身を包んでいなければ、彼女はごく普通の女子高生に見えた。むしろ、実に魅力的な美少女だった。



 心底幸せそうに冷麺を頬張っていたルルノノは、突然身動きを止めて、右腕を持ち上げた。

「って、あっ、着信!」



 ルルノノが手首に巻いていた小さな輪がカラフルに輝いていた。光導輪である。その通話機能をオンにし、ルルノノは手首を耳元に近づける。

「はい、ルルノノです!」

 ふたりは何となしに彼女を見守る。元気よく返事したルルノノの顔色はすぐに曇った。

「え、呼び出し……? あ、ホント? 悪魔が、うん、わかった! すぐ行くよ! え? 迎えに?」



 言うや否やである。学食の入り口のほうから大きく手を振ってくる娘の姿があった。

「ルルノノさんー!」



 その素性は一発で明らかとなる。彼女のまとう真っ白なローブはあまりにも目立った。ハクスイが先日見たのと同様、彩光使の証だ。彼女は踊るような足取りでこちらに向かってくる。

「ユメちゃん!」


 通話を切ったルルノノが、立ち上がりながら名を呼ぶと、件の彼女は両手を広げて声を招き入れるようなポーズとともに、笑顔を振りまいた。

「ユメちゃんでーす!」

 ピンクの髪をポニーテールに結んだ少女は、学食を優雅にデコレーションするように、ピカピカの機奨光を散布した。光子はカラフルに弾け、彼女の周囲で花火のような輝きを放った。


「フィノーノ高校の三年生! 生徒たちの人気者! かつて最年少彩光使として名を馳せたけど、二ヶ月であっさりルルノノさんに抜かれた大新星! “いつも誰かのヒロイン”がキャッチコピーの、ユメちゃんでーす!」

 底抜けに明るいその笑顔が、彼女自身の機奨光によってさらに可愛らしく彩られる。ある意味で素晴らしいその機奨光の使いこなしっぷりは、まさに彩光使の実力と言ったところか。

「自虐なのか、明るいのか、わからないの……」

「開き直ってんじゃねえのか?」

「三年生の余裕と言ってもらいたいですね」

 素直な感想を述べた下級生のヴィエとハクスイに、ふふん、とユメは自信ありげな笑みを浮かべる。


 彼女には華やかさがあった。それは外套の上からでもボリュームを感じられる大きな胸など、抜群のプロポーションによるところかもしれない。マスコット的な魅力を併せ持つルルノノに比べれば、ユメはとても彩光使らしいスタイリッシュな美少女であった。彼女の大きな垂れ目が、ウィンクを繰り返す。そのたびにデフォルメされた星光が食堂を飛び回る。


「あ、でもユメちゃん、迎えってさ、きょう機方舟持ってきたの?」

 ルルノノの言葉に、ユメは「チッチッチッ」と芝居がかった仕草で、指を振った。

「遅刻しそうな日は、迷わずですよ!」

「だめだよユメちゃん! 彩光使が支給されたものを私物扱いするのは! 黙ってたらいいけど、公衆で叫んじゃバレちゃうからだめなんだよ!」

「うふふ、しかしそれが役に立つときもあるのですルルノノさん! きょうだってそれで、下界に直行できるんですからね! 人生は綺麗事だけじゃ渡っていけませんよ!」

「た、確かに……ユメちゃんの言う事は、大抵正しいけれど……」

「言いくるめられているぞ」


 

 ユメはルルノノの手を掴んで、まるでミュージカルのような動作で、天井に向かって掲げる。

「というわけで、向かいましょう! 悪魔のうごめく下界へ!」

 

 

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