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第二話-2

 

 

 普段なら勘違いも全て放ってしまえばいいものだが、今度の相手は彩光使のルルノノだ。自分と噂されたのでは、どんな不名誉な風評が立ってしまうかわからない。ハクスイが誤解を解く言葉を考えていたところで、ヴィエが先につぶやいた。


「……ハクスイの担当の彩光使さんって、るーちゃんだったんだ」

「あ、ヴィエちゃん、やっほー! なんだ、隣ってヴィエちゃんの家だったんだねー」


「ああ?」


 ハクスイを通り越して、ヴィエとルルノノが挨拶を交わす。ハクスイはヴィエの落とした鍵を拾い、彼女に手渡す。

「えーっと……お前ら、知り合いなのか?」

「親友だよ! ね! えへへ!」

 ルルノノが微笑みかけると、ヴィエも小さくうなずいた。

「う、うん……そう、お友達……最近なかなか会えなかったけれど、仲良しなのよ」

「でも俺、お前たちが並んで喋っているとこ、見たことねえぞ?」

 

 ヴィエは顔を伏せて自らの身体を抱く。

「だって、るーちゃんとわたしが学校で話しているところが、他の誰かに見られたら、るーちゃんの株が下がっちゃうから……だから、ずっと、学校では我慢してたのに……」

「そんなこと思ってたんだヴィエちゃん! 確かに避けられているような気がしたけど!」

「無駄すぎるだろ、その努力……」



 外に出ると、まるでルルノノの笑顔のように突き抜けた蒼い空が広がっていた。太陽光線が眩しいほどに降り注いでいる。学校へと向かいながら、ヴィエとルルノノは互いの近況などを語り合っていた。


「でも、せっかくのるーちゃんの頑張りを否定するのは申し訳ないけれど」

 ヴィエは顔を曇らせる。

「ハクスイの機奨光を上昇させるのなんて、女神さまでも不可能だと思う」

「え、ど、どうしてさ! 無理じゃないよ、きっとできるよ!」


「本当だよ。いきなりなに言ってくるんだよ、この三白眼女は……」

「だって、ないものはないのよ」

「その胸のようにな」

「……」

「……いてえよ、無言で蹴るなよ。先に言ったのはヴィエだろ」

「欝死してしまえばいいの」

「俺に言うとシャレにならねえな、それ……ん?」


 そこでハクスイたちはルルノノが立ち止まっていることに気づく。振り返ると、ルルノノは肩をぷるぷると震わせて、俯いていた。長い前髪の隙間から目は見えない。


「どうした、ルノ……」

 問いかけたその瞬間、金色の目を光らせながらルルノノが腕を交差しながら顔を挙げた。

「ダメだよ! ダメ! エンジェルタブー!」

 ルルノノは指を鳴らし、警告いち、と言ったふうにこちらを指さしてくる。


「あのね、そんなんじゃだめだよ! 悪口言うたびに、機奨光が減っちゃうよ!」

 突然のいちゃもんに、ハクスイとヴィエはどちらも戸惑う。

「悪口、っていうか」

「いつもの……? なにかしら、挨拶みたいなもの?」


 機奨光を燃やし、メラメラという炎じみた光を放ちながら、ルルノノがピシャリと言い放つ。

「でもダメ! 退廃的な発言はよくないんだよ! 機奨光が逃げちゃうんだからね! ダイエットしようとしている子が、夜にラーメンを食べるみたいなものだよ!」

「身近な例えだな、だめだぞルノ」

「うん、精一杯我慢しているんだからね、偉いでしょ! って違うよ! これから、にーさんは悪口禁止! 一生禁止! 死ぬまで禁止! むしろ事あるごとに、人を全力で褒めよう!」

「なんと……」


「無茶なの。ハクスイなんかが、絶対無理なの」

 ヴィエこそが、とてもできないとばかりに手のひらを扇がせる。しかしその一方で、ハクスイは手を顎に当てて考え込んでいた。

「……しかし、彩光使の言うことだもんな……間違ってはいねえんだろうし……よし、わかった。すぐにできるかどうかはわからないが、なんとか、心がける」

「その意気その意気! あたしもバリバリ応援するから!」


「……へえ」

 そのとき、ヴィエの目が光ったような気がした。ハクスイは背筋に悪寒を感じてしまう。

「大変ね、ハクスイ。でも、彩光使になるために、頑張って」

「お、おう」

 つか、お前も目指しているんじゃなかったのかよ、とハクスイは言いたげだ。


「そんなブラックホールみたいな目をした限りなく悪魔に近いハクスイが、どうにかしてもがく姿を、見守っていてあげるから。アリの行列を観察するような気持ちで、ね」

 ヴィエのなにかのスイッチが入ってしまったようだ。

「テメエな……」

 拳を握り固めるハクスイに、ルルノノの視線が矢のような鋭さで刺さる。

「悪口禁止だよ、にーさん」

「……ああ、わかってる」

「あら、わたしは協力してあげているの。ハクスイが穏やかな心を持っていられるように」


 そんなうわべだけの発言を、しかしルルノノは有り余る善良さで前向きに捉えてしまった。

「神様の試練みたいだね! 良かったね、にーさん! これに耐え抜けば、強靭な心が手に入ると言わざるをえないよ! ほら、ヴィエちゃんに感謝の念!」

「……ありがとよ、優しいな、ヴィエは」


 ヴィエは手の甲を自分の口元に寄せて、淑女のような高潔な仕草でうっすら微笑む。

「どういたしまして、ハクスイ。でもあなたに褒められると、全身に怖気が走りまわって、とてもじゃないけれど安らぎとは無縁な気持ちになるの。気持ち悪くて、今すぐ病院に駆け込みたくなるんだけど、そのことについて自分でどう思っているのかお聞かせ願いたいの」

「あんま調子に乗んなよヴィエ――ってうぇぇぇい!」

 ハクスイの眼前を輝く槍が貫いていた。


「リラックス、リラーックス、にーさん。何事にも動じず、寛容な心を持つんだよ」

「お前の光輝武装を突きつけられて、落ち着いていられるか!」

 ルルノノが両手で構えていたのは、電火を発する『光の戦斧ハルバード』だ。悪魔に対抗するための装備だが、天使にとっても無害というわけではない。地面が抉れていたりする。


「そうなのよ、ハクスイ。そんなにカッカしないで」

「なんかお前は今まで見たこともないくらい楽しそうだな……」

 罵られて脱力していたハクスイも、普段はクールなヴィエが童女のように目を細めて笑う姿を見て、「まあいいか……」と若干溜飲を下げた。そんなヴィエの白い肌から、光がこぼれているような気がする。というよりも、事実、機奨光が薄く放出されていた。


「あっ、ホントだ!」

 そこで光輝武装をしまったルルノノがポケットから取り出した機械を見て、歓声を上げた。

「あ、なんだ?」

「ヴィエちゃんの機奨光、上がっているよ! ほらこれ、昨日の夜に借りてきた、新品の携帯型機奨光測定マシーンなんだけどさ」

「えっ」


 ヴィエもまた、その電卓のような装置を覗き込む。数値を見ると、機奨光の反応は確かに上昇傾向を示していた。もともと32だったヴィエの値が34ポジまで伸びて、さらに上がり続けている。

「ホント……」

 ヴィエが胸を抱いて、ハクスイを見つめる。その目がわずかに潤んでいた。

「良かった、わたし……良かった、これからも、ハクスイを罵倒し続ける……っ」

「頑張って、ヴィエちゃん!」

「……」


 手を組む女性陣に、ハクスイが密かにため息をついていると、その肩をルルノノに叩かれた。

「そんな顔をしなくても、大丈夫大丈夫! にーさんも機奨光が溢れてきたら、どんな悪口を言われても気にならないからさ!」


「……そう、なのかね」


 確かに罵詈雑言を武器にする悪魔と戦う以上、彩光使には寛容な心が求められるのかも知れない。しかしハクスイが思い出していたのは、ネガティブ化したルルノノである。フェンスの陰にうずくまって体育座りを続けていたルルノノの暗い顔が、彼の脳裏をよぎっていたのだった。

 

 

 

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