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龍にも認められた神子ですが、卵を預かるには大家さんの許可が必要です。

作者: 朝山みどり
掲載日:2026/10/14

龍の卵を預かりました


 神子として召喚された僕は、召喚された場所から逃げ出し、今はアリスの家にお邪魔している。


 ある日、龍がいるという話を聞いた。


 龍か。見てみたいな。


 そう思って住処まで転移してみたものの、龍が顔を上げた途端、僕は元の場所へ戻ってしまった。


 牙も爪もあった。何より、こちらを見た目が怖かった。


 けれど、少し落ち着くと、龍のそばにあった丸いものが気になり始めた。


 あれ、卵じゃなかったか?


 二度目は、それを確かめるために行った。


 確かに卵だった。龍の腹のそばに、大きな卵がひとつ置かれていた。

 龍と目が合ったので、また帰った。


 三度目に訪ねたとき、龍は首を持ち上げることもせず、僕を眺めた。


「人間よ。何度も来るとは珍しいのう。それも行ったり来たり。忙しいのかの」


 僕は少し離れたところに立ち、正直に答えた。


「いや、怖いから……」


「何を言っておる。おまえの魔力は秀逸じゃぞ。我と戦えば、相討ちになるやもしれんな」


「戦うつもりはないよ」


「なら、座ればよかろう」


 龍の声には、怒っている様子も、追い払おうとする気配もなかった。


 僕は手頃な岩を見つけて腰を下ろした。ただし、すぐ転移できるようにはしておいた。


 龍が鼻先で卵を示した。


「ところで、もうじき龍が生まれるんじゃが、預かってくれんかのう?」


「……僕が?」


「うむ。この子には我の一部が入っておってな。人間の世界を見てみたいんじゃよ」


 僕は卵と龍を交互に見た。


「その子を通して、人間の暮らしを見学するってこと?」


「そういうことじゃ」


「そうか、僕は他人(ひと)の家に居候しているんだ。勝手に連れて帰れない」


 龍は、なるほどというように目を細めた。


「では、その家の者に聞いてきてくれ」


「ああ。アリスの許可をもらってから、また来るよ」


 僕がそう答えると、龍は気軽に言った。


「よかったら二人で来るがよい」


 僕も片手を上げた。


「うん。また来る」


 休みの日、僕はアリスに龍の話をした。


「龍の子を預かってほしいって頼まれたんだけど」


 アリスは、食事の支度をしていた手を止めた。


「龍って、あの龍?」


「たぶん、その龍」


「卵から生まれるの?」


「うん。まだ卵だった」


 アリスはしばらく僕を見つめ、それから窓の外へ目を向けた。


「庭に入るかしら」


「そこは聞いてこなかった」


「あなた、何を話してきたの?」


 そう言われると、僕には返す言葉がなかった。


 結局、実際に見に行くことになった。


 ちょうど昼食の支度をしていたので、アリスは料理を包み、食器も用意した。


「龍も一緒に食べられるかしら」


「聞いてみよう。食べられなかったら、僕が食べるよ」


「それなら、少し多めに持っていきましょう」


 僕は包みを受け取り、空いた手をアリスに差し出した。


「手をつないでいて」


 アリスがその手を取ったところで、僕は転移した。


 家の中から龍の住処へ景色が変わり、アリスの手に力が入った。


「えっ……もう着いたの?」


「うん。あそこにいる」


 アリスは僕の示した先を見た。


 龍が顔を上げた。


 アリスは息をのみ、僕の手を握ったまま動かなくなった。


 僕はその横顔を見て、少し笑った。


 びっくりしてる。可愛いな。


 龍も、訪問者を気に入ったらしかった。


「これほど美しいお客人は初めてですぞ」


 先ほどまで眠そうだった龍が、首を起こして言った。


 アリスは戸惑いながらも、頭を下げた。


「初めまして。アリスと申します。今日は、お昼を持ってきたんですけれど……」


「それはありがたい。さあ、こちらへおいでなされ」


 僕は龍を見た。


 僕のときと、ずいぶん違うな。


 アリスは少しずつ落ち着きを取り戻すと、龍のそばに置かれた卵に目を向けた。


「こちらが、その卵ですか?」


「さようです。預かっていただきたいのは、この子ですぞ」


 アリスは卵の前にしゃがんだ。


 両手を広げて大きさを確かめ、それから龍を見上げた。


「生まれたばかりの子は、どのくらいの大きさなんでしょう」


「その卵に入るくらいですな」


「それは、そうですけれど……すぐに大きくなりますか?」


「すぐにはなりませんぞ。家の中で暮らすなら、それに合った大きさでおれますでな」


 アリスは部屋の様子を思い浮かべているようだった。卵の周囲を見て、もう一度両手の幅を確かめた。


 やがて、僕のほうを振り返った。


「うん。来てもらいましょう」


「いいの?」


「リビングなら、一緒に過ごせるでしょう」


 アリスは龍に尋ねた。


「ご飯は、どうすればいいですか?」


「あなた方と同じもので構いませんぞ」


「それなら困りませんね」


「そうと決まれば、帰りに卵を持っていってくだされ。部屋に転がしておけば結構ですぞ」


 龍にそう言われ、僕は思わず卵を見た。


「転がしておいていいの?」


「うむ。適当に生まれるじゃろう」


「……ずいぶん気楽なんだな」


 龍は喉を鳴らして笑った。


 三人で食事をすることになった。


 アリスが料理を広げると、龍は鼻先を近づけた。僕が取り分けた料理を口に入れ、ゆっくり噛んでいる。


「どう?」


 僕が尋ねると、龍はうなずいた。


「美味しいのう」


「よかったです。おかわりもありますよ」


 アリスは嬉しそうに、次の料理を取り分けた。


 龍が食べる様子を眺めながら、アリスが言った。


「龍は、もっと大きいのかと思っていました」


 龍は口の中のものを飲み込んでから、彼女を見た。


「そうですか。人間の方々はご存じないのですな」


「何をですか?」


「大きさは変えられるのですぞ。帰る前に、大きいところをお見せしましょうかの」


 食事がすむと、龍は卵から離れ、広く開けたところまで歩いていった。


「そのまま、そこでお待ちくだされ」


 龍がふるふると身を震わせた。


 背が伸び、胴が膨らみ、尾が地面を滑った。僕たちの上に影が落ち、見上げなければ顔も見えなくなった。


 アリスが僕の袖をつかんだ。


「……大きい」


「うん」


 僕も、それ以上の言葉が出なかった。


 さっきまで料理を食べていた龍が、今は僕たち二人を足元に見下ろしていた。


 僕は見上げて尋ねた。


「そんなに大きくなったら、強いのか?」


「ああ。誰よりも強いじゃろうな」


 龍の声が頭上から降ってきた。


 僕は牙を見て、爪を見て、うなずいた。


「そうか。でも、普段は強くしておく必要もないんだな」


「ここまで来る者は、まずおらんからの。小さいほうが楽じゃ」


 龍は再び身を震わせ、元の大きさへ戻った。


 アリスが、つかんでいた僕の袖を放した。


「卵の子も、あんなふうになるんですか?」


「いずれはなりますぞ。家の中では小さくしておくよう、教えてやってくだされ」


「わかりました」


 アリスは真面目にうなずいた。


 龍は今度は僕を見た。


「それにしても、転移できるとは、おまえはすごいのう」


「そうかな」


「我はずっとここで暮らしておるが、おまえは行きたいところへ行けるんじゃろう」


 僕は少し考えた。


 逃げ出したときも、アリスの家に帰るときも、その力に助けられていた。


「うん。便利だよ」


「なら、この子にも、いろいろ見せてやってくれ」


 僕は卵へ目を向けた。


「アリスさんがいいって言ったらね」


「まずは、家に慣れてもらいましょう」


 アリスがそう言うと、龍は満足そうに目を細めた。


 家に戻ると、アリスはリビングの隅に毛布を敷いた。


 僕は抱えていた卵を、そこへそっと下ろした。


「これでいいかな」


「ええ。ここなら、私たちからもよく見えるわ」


 二人で並んでしゃがみ、卵を眺めた。


 動く気配はない。


「いつ生まれるんだろう」


「適当に、って言っていたわね」


 アリスは笑い、卵に顔を近づけた。


「リュウちゃん、お元気ですか?」


 僕はアリスを見た。


「リュウちゃん?」


「龍だから。生まれるまで、そう呼ぼうと思って」


 アリスは卵を撫でた。


「聞こえているかしら。あなたのお部屋は、ここですよ」


 僕は毛布の上の卵に目を戻した。


 リュウ。


 子どものころに飼っていた犬も、同じ名前だった。


 呼ぶと走ってきて、勢い余って僕にぶつかった。遊んでほしくておもちゃを持ってくるのに、受け取ろうとすると離さない。


 間抜けで、可愛い、僕の弟だった。


 最後まで、名前を呼ぶと尻尾を振っていた。


「どうしたの?」


 アリスに声をかけられ、僕は顔を上げた。


「昔、犬を飼っていたんだ。名前がリュウだった」


「そうだったの」


「うん。可愛い弟だったよ」


 アリスは僕を見て、それから卵へ視線を戻した。


「この子も、仲良しになるね」


 僕はうなずき、卵に手を添えた。


「リュウ。出てきたら、一緒にご飯を食べような」


 返事はなかった。


 アリスが隣で、楽しみね、と言った。


 僕も卵を見つめたまま、小さく笑った。



いつもお読みいただき、ありがとうございます!


誤字や脱字をご指摘いただけることにも、心より感謝しております。

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― 新着の感想 ―
物語の途中から突然始まって、アリスが何者なのかもわからずなんか終わったのに、泣きそうです。リュウが生まれたら一緒に色んなところに遊びに行けたらいいね。
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