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灰冠のアーカイブ  作者: 深町 ネル
第一章『墓底のオルゴール』

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第7話 赤い星と黒い霧

夜。


ミナは眠っていた。


俺は眠れなかった。


廃都市の残響がうるさい——というのもあるが、それより思考が止まらなかった。


俺は何者なのか。


名前がある。能力がある。身体がある。でも記憶がない。


普通に考えれば、記憶を失った人間だ。事故か、魔法による記憶操作か。


でも何かが引っかかっている。


俺が墓地の中で最初に吸収した記憶——一番最初に流れ込んできたもの。


あれは「旧い言語で書かれた記録」だった。


エルグレイア語とは違う。でも俺は理解できた。


「読めたんだよな」と俺は独り言を言った。「あの言語が」


なぜ読めた?


エルグレイア語は誰かの記憶から学んだ。旧い言語も誰かの記憶からなら——俺はいつ、誰から旧い言語を学んだ?


記憶がないのに、言語だけある。


それは記憶を「失った」のではなく、「最初からなかった」可能性を示唆する。


だとしたら俺は——


「考えすぎだ」と俺は自分に言った。


情報が足りない段階で結論を出しても意味がない。


廃建物の壁に背を預けて、俺は空を見た。


亀裂から星が見える。


エルグレイアの星は、少し赤みがかっている。誰かの記憶がそう言っていた。でも実際に見るのは——たぶん初めてだ。


「綺麗だな」


今度は打ち消さなかった。


綺麗だと思っていい。


状況が最悪でも、星は綺麗でいいだろう。


そのとき、霧底の方向から何かが——


音?


違う。音じゃない。


「感触」だ。


遠くにいる何かの残響が、微かに触れてきた。


生きているものの残響——死者ではなく、生きているものの。


そんなことが起きるはずはない。


残響は死者のものだ。生者から読めるはずがない。


それなのに、霧底の何かが——まるで俺に「気づいた」かのように——


残響が、揺れた。


「……誰だ」


霧底に向かって、俺は言った。


答えは返ってこなかった。


当然だ。


ただ霧だけが、暗い下の方でゆっくりと渦を巻いていた。


まるで、何かが通った後みたいに。


---


【第一章 終】


---


> 次話予告:「灰街ベルノ、か。聞いたことある。違法なものは全部そこで売っているって」「違法なものの中に、あなたの記憶もあるかもね」——ミナ・ヴァルカ

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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