第7話 赤い星と黒い霧
夜。
ミナは眠っていた。
俺は眠れなかった。
廃都市の残響がうるさい——というのもあるが、それより思考が止まらなかった。
俺は何者なのか。
名前がある。能力がある。身体がある。でも記憶がない。
普通に考えれば、記憶を失った人間だ。事故か、魔法による記憶操作か。
でも何かが引っかかっている。
俺が墓地の中で最初に吸収した記憶——一番最初に流れ込んできたもの。
あれは「旧い言語で書かれた記録」だった。
エルグレイア語とは違う。でも俺は理解できた。
「読めたんだよな」と俺は独り言を言った。「あの言語が」
なぜ読めた?
エルグレイア語は誰かの記憶から学んだ。旧い言語も誰かの記憶からなら——俺はいつ、誰から旧い言語を学んだ?
記憶がないのに、言語だけある。
それは記憶を「失った」のではなく、「最初からなかった」可能性を示唆する。
だとしたら俺は——
「考えすぎだ」と俺は自分に言った。
情報が足りない段階で結論を出しても意味がない。
廃建物の壁に背を預けて、俺は空を見た。
亀裂から星が見える。
エルグレイアの星は、少し赤みがかっている。誰かの記憶がそう言っていた。でも実際に見るのは——たぶん初めてだ。
「綺麗だな」
今度は打ち消さなかった。
綺麗だと思っていい。
状況が最悪でも、星は綺麗でいいだろう。
そのとき、霧底の方向から何かが——
音?
違う。音じゃない。
「感触」だ。
遠くにいる何かの残響が、微かに触れてきた。
生きているものの残響——死者ではなく、生きているものの。
そんなことが起きるはずはない。
残響は死者のものだ。生者から読めるはずがない。
それなのに、霧底の何かが——まるで俺に「気づいた」かのように——
残響が、揺れた。
「……誰だ」
霧底に向かって、俺は言った。
答えは返ってこなかった。
当然だ。
ただ霧だけが、暗い下の方でゆっくりと渦を巻いていた。
まるで、何かが通った後みたいに。
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【第一章 終】
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> 次話予告:「灰街ベルノ、か。聞いたことある。違法なものは全部そこで売っているって」「違法なものの中に、あなたの記憶もあるかもね」——ミナ・ヴァルカ
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