第5話 廃区三番の市場
船の中で、ミナから概況を聞かされた。
世界の名前はエルグレイア。
現在人類が暮らすのは「浮遊大陸」で、大陸は複数存在する。大陸間は渡橋船で行き来する。
下の霧は「霧底」と呼ばれ、立ち入り禁止区域だ。霧は精神に作用する。長時間いると幻覚や記憶の混濁が起きる。
「知っているか?」とミナが聞いた。
「断片的に。でも実体験として知っているわけじゃない」
「記憶がないって言ってたけど、生まれたてのくせに言葉は喋れるんだね」
「生まれたてではないと思うが、確かに変だな」
俺は自分の手を見た。
「たぶん誰かの記憶を吸収して、それで言語や知識を得ているんだと思う。自分の経験じゃなく、死者の記憶が俺の中に入ってくる」
「死者の記憶を読む能力——それが《残響読解》と呼ばれる能力よ」
「知っているのか」
「お前が持っているって聞いた。能力そのものは伝説の話だけど」
「伝説?」
「エルグレイア建国時の伝説に、《読者》と呼ばれる存在が出てくる。死者の記憶を読んで時代を記録したという。でも実在した証拠はない——それが今まで」
つまり俺が実在を証明している、ということか。
「お前はなんでその能力が必要なんだ」
「行きたい場所がある」とミナは言った。「でも入るには、そこの扉の前で死んだ人間の記憶が必要。白環教が殺して鍵を隠した。だからその鍵を読み取れる人間が要る」
「それが俺」
「そういうこと」
「もし読めなかったら?」
「次を探す」
「冷たいな」
「現実的と言って」
俺は苦笑いした。
苦笑いは、たぶん俺のオリジナルの反応だ。誰かの記憶から来たわけじゃない。
それが少し——救いになった。
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