第18話 夜の情報戦
三人が宿に集まったのは夜になってからだった。
ロスティがカシムから受け取った情報。俺が残響売買市場で得た情報。ミナが先遣隊の動きから観察した情報。
それを並べた。
カシムの情報:先遣隊の隊長は《白鎧隊》の将校で、ベルノの連合評議会とは表向き交渉の挨拶をしているが、裏では特定の人物を探している様子。
俺の情報:残響売買業者の仕入れ業者が今日から動きを止めた。先遣隊の圧力か、あるいは情報を漏らさないための自衛か。仕入れ業者の名前は《影走りのデン》。
ミナの情報:先遣隊が訪問した場所に、祈炉の密輸業者の倉庫が二棟含まれている。交渉の準備にしては踏み込み過ぎた動き。
「探している人物というのが俺だろうな」と俺は言った。
「そうなると思う」とミナは言った。「ただしカシムの情報だと、先遣隊は名前や顔で探しているのではなく、『特定の能力の持ち主』を探している」
「残響読解者を探している」
「そう。つまり俺たちが目立った行動を取らなければ、今日明日は安全かもしれない」
「でも影走りのデンが動けないなら」とロスティが言った。「あの人、カシムのとこにもよく来る情報屋で——先遣隊の動きを一番知っているって話だけど、今日一日どこにも顔を出していない」
「動けないように押さえられているか、自分で隠れているかだ」と俺は言った。
「どっちにしても、話を聞けるのはすぐには難しい」
「なら明日、エルシアが来る前に動く」と俺は言った。「夜の間にデンを探して話を聞く」
「夜に南港か」とミナは言った。「治安が悪い」
「俺が残響で先読みできる。ロスティがいれば俺の残響認識が遮断される場面もある——それが有利になる状況もある」
「どういう状況?」
「読取士が先遣隊に同行しているとしたら、俺の存在を感知しようとする。でもロスティが隣にいれば、俺の残響が吸収されて感知されにくくなる可能性がある」
「俺、盾になれる?」とロスティが言った。
「盾というより——煙幕だ」
「煙幕か。響きがいい」
「喜ぶところじゃないが」とミナが言った。
「いや、俺がいることで役立てるなら嬉しい。今まで自分の空白は欠点だと思っていたから」
その言葉に、俺は少し引っかかった。
「欠点だと思っていた」と繰り返した。
「残響屋に鑑定してもらったとき、お前は空っぽだって言われた。何も読めない、何もない人間だって」
「残響屋が間違っていた」と俺は言った。「空白は欠点じゃない。それは今日確認した。お前がいるときに俺の残響認識が変化した——つまりお前の空白は俺の能力と相互作用する。珍しい特性だ」
「珍しくても役に立つか分からないでしょ」
「今日、役に立った」と俺は言った。「先遣隊の読取士が感知しようとしたとき、お前がいれば煙幕になる。それが分かっただけで、今日の動きの判断が変わった」
ロスティが少し、目を細めた。
「……そういう考え方するんだ」
「何が?」
「欠点を役立てようとするんじゃなくて、特性として見直す考え方」
「欠点と特性の違いは使い方だ。使い道を変えれば、たいていのものは特性になる」
ロスティが口を開きかけて、閉じた。
また開いた。
「……それ、俺に言ってる?それとも自分に言ってる?」
俺は少し考えた。
「両方だ」と俺は答えた。
「残響が混じって自分が分からなくなる問題も、使い道が変われば特性になる、ということ?」
「そうなれば、いいと思っている」
「なれるかどうかは分からないけど」
「分からないが——目指す価値はある」と俺は言った。「さあ、南港に行くぞ。話が終わったら動く」
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夜のベルノは、昼より生きていた。
表通りの喧騒が路地に染み込んで、重なって、複雑な音の層になっている。俺の残響認識は夜の方が活発になる。人が動いているから死者の記憶も揺れる。
南港は船着き場の反対側にある、小型船の係留場だ。
密輸に使われることが多い場所で、昼間は比較的静かだが夜になると人が増える。
俺、ミナ、ロスティの三人で動いた。
ロスティが先に立って路地を案内した。
「デンさんがいつもいる場所は、南港の一番奥の小屋だよ。三番小屋。でも今日はいないかもしれない」
「いないとしたらどこに隠れる?」
「あの人はいくつか隠れ家を持っている。一番近いのは——」とロスティが考えた。「南港から西に五分、古い蒸留所跡の地下室。何度か使っているのを見た」
「なぜ見た?」
「カシムの手伝いをしていたとき、荷物を届ける先がそこだったことがある」
「それは先に言ってくれ」と俺は言った。
「大事な情報だと思ってなかった」
「今後は迷ったら言え。全部が大事な情報になるかどうかは俺たちが判断する」
「了解」
南港の三番小屋は、予想通り無人だった。
痕跡はある。最近まで人がいた。
残響を読んだ。
三日前まで誰かが定期的に来ていた。今日は来ていない。
「蒸留所跡へ行く」と俺は言った。
「待って」とミナが言った。
「何だ」
「後ろ」と彼女は小声で言った。「来ている」
俺は振り向かなかった。
意識を後ろへ向けた。
生者の感情の輪郭——来た。
「二人」と俺は言った。「先遣隊の人間だ。感情が統制されている。訓練された人間の感情パターン」
「読取士か?」
「どちらかが読取士の可能性がある。俺を感知しようとしている気配がある」
「ロスティ」と俺は言った。
「分かった」と少年は俺の隣に来た。
感触が変わった。
俺の周囲の残響が、スッと薄くなった。
「……変化した」と俺は言った。「ロスティがいると俺の残響が消える——つまり読取士から見ると、俺が突然見えなくなった可能性がある」
「動く?」とミナが言った。
「動く。蒸留所跡へ。ロスティは俺の隣にいてくれ」
「はい」
三人で動き始めた。
後ろの二人は追ってきた。
でも距離が縮まらない。
明らかに「読取士が感知できなくて戸惑っている」気配があった。
「効いている」とロスティが言った。
「効いている」と俺は確認した。
蒸留所跡まで、走った。
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古い蒸留所跡は、廃業してから何十年か経っているらしく、建物の大部分が崩れかけていた。
地下への入口は草に覆れた扉だ。ロスティが迷わず向かった。
扉を開けると、階段が下に続いている。
「灯りがある」と俺は言った。薄い光が下から漏れていた。
階段を降りた。
地下室は意外に広かった。
中に人がいた。
三十代半ばの男。体格が良く、顔に疲れがある。床に座って地図を広げていた。
「デンか」と俺は言った。
男が顔を上げた。
驚いた顔をした。次に、「誰だ」と言った。声が鋭い。
「影走りのデン。そう呼ばれているか?」
「……誰から聞いた」
「ヨルクから」
男の表情が少し変わった。ヨルクの名前で判断している。
「ヨルクが教えたなら——お前は白環教の人間じゃないな」
「ああ、違う」
「何者だ」
「残響読解者だ。ヨルクに話を聞いて、お前が今日の先遣隊の動きを一番知っていると聞いた。話が聞きたい」
「情報料は?」
「何が欲しい」
デンが俺をミナをロスティを、順番に見た。
「子供が混じっているな」
「仲間だ」
「……先遣隊の動きを話すリスクは高い。それ相当の何かが要る」
「残響の鑑定が必要なものはあるか」と俺は言った。「封じた残響の品質を正確に評価できる」
「鑑定だけでは割が合わない」
「情報の種類による。先遣隊が今日どこへ行き、誰と話したかを全部教えてくれるなら——俺が今持っている情報を全部開示する」
「どんな情報だ?」
「断片アーカイブの内部記録。白環教が隠している上昇の真実。それと——白の司書がベルノに来る本当の目的の、俺の推測を」
デンが目を細めた。
「お前、アーカイブに入ったのか」
「入った」
「……」男は少しの間、何かを考えた。
「話す」と彼は言った。「その代わり、俺がお前に話したことは——白環教には絶対に漏らすな」
「漏らさない」
「誓えるか?」
「俺の残響の上で誓う」と俺は言った。
「どういう意味だ?」
「もし俺が約束を破ったなら、俺の死後、その残響を誰でも読める状態にして残す。俺が嘘をついた証拠として」
デンがじっと俺を見た。
長い沈黙の後。
「そういう誓い方は初めて聞いた」と彼は言った。「……信じる」
「ありがとう。話してくれ」
「先遣隊は今日、ベルノで三つの場所を訪問した。連合評議会の建物、祈炉密輸業者の倉庫、そして——《残響回収者》の中継点」
俺は止まった。
「残響回収者の中継点がベルノにあるのか?」
「あった。今日、先遣隊が訪問した。中に何人かいたはずが——全員いなくなっていた。逃げたか、連れて行かれたかは分からない」
「残響回収者と白環教は——同じ側か?」
「俺には分からない。ただ先遣隊が訪問したということは、接触があったということだ」
「残響回収者が白環教に協力しているのか、白環教が残響回収者を管理しようとしているのか」とミナが言った。
「あるいは今回、対立が生じた可能性がある」と俺は言った。
「対立?」
「白環教が残響回収者の活動を把握しようとした。残響回収者が逃げた。それは協力関係ではなく、監視と逃避の関係だ」
デンが少し目を細めた。「鋭いな」
「合っているか?」
「分からない。でも筋は通っている」
「最後に一つ聞く」と俺は言った。「白の司書エルシアが明日来る。お前の情報だと、エルシア本人が来る目的は何だ?」
デンが少し間を置いた。
「俺が聞いた話では——エルシアは最近、ある情報を受け取った。残響読解者が目覚めた、という情報だ」
「だから来る」
「それだけじゃない。エルシアが来る本当の目的は——読解者を捕まえることじゃなく、接触することだという話だ」
「接触?捕まえるのではなく?」
「そうだ。なぜかは分からない。ただ彼女は『会いに行く』と言ったという話が漏れている。探して連れてくるではなく——会いに行く」
俺は少し考えた。
「……会いに来る、か」
「エルシアがあなたを知っているとしたら」とミナが言った。「千年前から知っているとしたら——それは懐かしさかもしれない。あるいは」
「確認だ」と俺は言った。「俺が本当に灰冠の再生成体かどうかを確認しに来る」
「どうする?」とロスティが言った。「会う?逃げる?」
俺は少し沈黙した。
「決める前に今夜寝る」と俺は言った。「判断は明日の朝にする」
「判断が早い人が、珍しく保留した」とミナが言った。
「情報が整理しきれていない。焦って決めるより、一晩寝かせた方が精度が上がる」
「珍しく慎重」
「エルシアが相手だから、だ」と俺は正直に言った。
ミナが頷いた。何も言わなかった。
その夜、俺は久しぶりに、少し長く考えて、それから眠った。
残響の声が、少し静かだった。
明日の朝、判断する。
それだけを決めて目を閉じた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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