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灰冠のアーカイブ  作者: 深町 ネル
第三章『灰街の商人たち』

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第18話 夜の情報戦

三人が宿に集まったのは夜になってからだった。


ロスティがカシムから受け取った情報。俺が残響売買市場で得た情報。ミナが先遣隊の動きから観察した情報。


それを並べた。


カシムの情報:先遣隊の隊長は《白鎧隊》の将校で、ベルノの連合評議会とは表向き交渉の挨拶をしているが、裏では特定の人物を探している様子。


俺の情報:残響売買業者の仕入れ業者が今日から動きを止めた。先遣隊の圧力か、あるいは情報を漏らさないための自衛か。仕入れ業者の名前は《影走りのデン》。


ミナの情報:先遣隊が訪問した場所に、祈炉の密輸業者の倉庫が二棟含まれている。交渉の準備にしては踏み込み過ぎた動き。


「探している人物というのが俺だろうな」と俺は言った。


「そうなると思う」とミナは言った。「ただしカシムの情報だと、先遣隊は名前や顔で探しているのではなく、『特定の能力の持ち主』を探している」


「残響読解者を探している」


「そう。つまり俺たちが目立った行動を取らなければ、今日明日は安全かもしれない」


「でも影走りのデンが動けないなら」とロスティが言った。「あの人、カシムのとこにもよく来る情報屋で——先遣隊の動きを一番知っているって話だけど、今日一日どこにも顔を出していない」


「動けないように押さえられているか、自分で隠れているかだ」と俺は言った。


「どっちにしても、話を聞けるのはすぐには難しい」


「なら明日、エルシアが来る前に動く」と俺は言った。「夜の間にデンを探して話を聞く」


「夜に南港か」とミナは言った。「治安が悪い」


「俺が残響で先読みできる。ロスティがいれば俺の残響認識が遮断される場面もある——それが有利になる状況もある」


「どういう状況?」


「読取士が先遣隊に同行しているとしたら、俺の存在を感知しようとする。でもロスティが隣にいれば、俺の残響が吸収されて感知されにくくなる可能性がある」


「俺、盾になれる?」とロスティが言った。


「盾というより——煙幕だ」


「煙幕か。響きがいい」


「喜ぶところじゃないが」とミナが言った。


「いや、俺がいることで役立てるなら嬉しい。今まで自分の空白は欠点だと思っていたから」


その言葉に、俺は少し引っかかった。


「欠点だと思っていた」と繰り返した。


「残響屋に鑑定してもらったとき、お前は空っぽだって言われた。何も読めない、何もない人間だって」


「残響屋が間違っていた」と俺は言った。「空白は欠点じゃない。それは今日確認した。お前がいるときに俺の残響認識が変化した——つまりお前の空白は俺の能力と相互作用する。珍しい特性だ」


「珍しくても役に立つか分からないでしょ」


「今日、役に立った」と俺は言った。「先遣隊の読取士が感知しようとしたとき、お前がいれば煙幕になる。それが分かっただけで、今日の動きの判断が変わった」


ロスティが少し、目を細めた。


「……そういう考え方するんだ」


「何が?」


「欠点を役立てようとするんじゃなくて、特性として見直す考え方」


「欠点と特性の違いは使い方だ。使い道を変えれば、たいていのものは特性になる」


ロスティが口を開きかけて、閉じた。


また開いた。


「……それ、俺に言ってる?それとも自分に言ってる?」


俺は少し考えた。


「両方だ」と俺は答えた。


「残響が混じって自分が分からなくなる問題も、使い道が変われば特性になる、ということ?」


「そうなれば、いいと思っている」


「なれるかどうかは分からないけど」


「分からないが——目指す価値はある」と俺は言った。「さあ、南港に行くぞ。話が終わったら動く」


---


夜のベルノは、昼より生きていた。


表通りの喧騒が路地に染み込んで、重なって、複雑な音の層になっている。俺の残響認識は夜の方が活発になる。人が動いているから死者の記憶も揺れる。


南港は船着き場の反対側にある、小型船の係留場だ。


密輸に使われることが多い場所で、昼間は比較的静かだが夜になると人が増える。


俺、ミナ、ロスティの三人で動いた。


ロスティが先に立って路地を案内した。


「デンさんがいつもいる場所は、南港の一番奥の小屋だよ。三番小屋。でも今日はいないかもしれない」


「いないとしたらどこに隠れる?」


「あの人はいくつか隠れ家を持っている。一番近いのは——」とロスティが考えた。「南港から西に五分、古い蒸留所跡の地下室。何度か使っているのを見た」


「なぜ見た?」


「カシムの手伝いをしていたとき、荷物を届ける先がそこだったことがある」


「それは先に言ってくれ」と俺は言った。


「大事な情報だと思ってなかった」


「今後は迷ったら言え。全部が大事な情報になるかどうかは俺たちが判断する」


「了解」


南港の三番小屋は、予想通り無人だった。


痕跡はある。最近まで人がいた。


残響を読んだ。


三日前まで誰かが定期的に来ていた。今日は来ていない。


「蒸留所跡へ行く」と俺は言った。


「待って」とミナが言った。


「何だ」


「後ろ」と彼女は小声で言った。「来ている」


俺は振り向かなかった。


意識を後ろへ向けた。


生者の感情の輪郭——来た。


「二人」と俺は言った。「先遣隊の人間だ。感情が統制されている。訓練された人間の感情パターン」


「読取士か?」


「どちらかが読取士の可能性がある。俺を感知しようとしている気配がある」


「ロスティ」と俺は言った。


「分かった」と少年は俺の隣に来た。


感触が変わった。


俺の周囲の残響が、スッと薄くなった。


「……変化した」と俺は言った。「ロスティがいると俺の残響が消える——つまり読取士から見ると、俺が突然見えなくなった可能性がある」


「動く?」とミナが言った。


「動く。蒸留所跡へ。ロスティは俺の隣にいてくれ」


「はい」


三人で動き始めた。


後ろの二人は追ってきた。


でも距離が縮まらない。


明らかに「読取士が感知できなくて戸惑っている」気配があった。


「効いている」とロスティが言った。


「効いている」と俺は確認した。


蒸留所跡まで、走った。


---


古い蒸留所跡は、廃業してから何十年か経っているらしく、建物の大部分が崩れかけていた。


地下への入口は草に覆れた扉だ。ロスティが迷わず向かった。


扉を開けると、階段が下に続いている。


「灯りがある」と俺は言った。薄い光が下から漏れていた。


階段を降りた。


地下室は意外に広かった。


中に人がいた。


三十代半ばの男。体格が良く、顔に疲れがある。床に座って地図を広げていた。


「デンか」と俺は言った。


男が顔を上げた。


驚いた顔をした。次に、「誰だ」と言った。声が鋭い。


「影走りのデン。そう呼ばれているか?」


「……誰から聞いた」


「ヨルクから」


男の表情が少し変わった。ヨルクの名前で判断している。


「ヨルクが教えたなら——お前は白環教の人間じゃないな」


「ああ、違う」


「何者だ」


「残響読解者だ。ヨルクに話を聞いて、お前が今日の先遣隊の動きを一番知っていると聞いた。話が聞きたい」


「情報料は?」


「何が欲しい」


デンが俺をミナをロスティを、順番に見た。


「子供が混じっているな」


「仲間だ」


「……先遣隊の動きを話すリスクは高い。それ相当の何かが要る」


「残響の鑑定が必要なものはあるか」と俺は言った。「封じた残響の品質を正確に評価できる」


「鑑定だけでは割が合わない」


「情報の種類による。先遣隊が今日どこへ行き、誰と話したかを全部教えてくれるなら——俺が今持っている情報を全部開示する」


「どんな情報だ?」


「断片アーカイブの内部記録。白環教が隠している上昇の真実。それと——白の司書がベルノに来る本当の目的の、俺の推測を」


デンが目を細めた。


「お前、アーカイブに入ったのか」


「入った」


「……」男は少しの間、何かを考えた。


「話す」と彼は言った。「その代わり、俺がお前に話したことは——白環教には絶対に漏らすな」


「漏らさない」


「誓えるか?」


「俺の残響の上で誓う」と俺は言った。


「どういう意味だ?」


「もし俺が約束を破ったなら、俺の死後、その残響を誰でも読める状態にして残す。俺が嘘をついた証拠として」


デンがじっと俺を見た。


長い沈黙の後。


「そういう誓い方は初めて聞いた」と彼は言った。「……信じる」


「ありがとう。話してくれ」


「先遣隊は今日、ベルノで三つの場所を訪問した。連合評議会の建物、祈炉密輸業者の倉庫、そして——《残響回収者》の中継点」


俺は止まった。


「残響回収者の中継点がベルノにあるのか?」


「あった。今日、先遣隊が訪問した。中に何人かいたはずが——全員いなくなっていた。逃げたか、連れて行かれたかは分からない」


「残響回収者と白環教は——同じ側か?」


「俺には分からない。ただ先遣隊が訪問したということは、接触があったということだ」


「残響回収者が白環教に協力しているのか、白環教が残響回収者を管理しようとしているのか」とミナが言った。


「あるいは今回、対立が生じた可能性がある」と俺は言った。


「対立?」


「白環教が残響回収者の活動を把握しようとした。残響回収者が逃げた。それは協力関係ではなく、監視と逃避の関係だ」


デンが少し目を細めた。「鋭いな」


「合っているか?」


「分からない。でも筋は通っている」


「最後に一つ聞く」と俺は言った。「白の司書エルシアが明日来る。お前の情報だと、エルシア本人が来る目的は何だ?」


デンが少し間を置いた。


「俺が聞いた話では——エルシアは最近、ある情報を受け取った。残響読解者が目覚めた、という情報だ」


「だから来る」


「それだけじゃない。エルシアが来る本当の目的は——読解者を捕まえることじゃなく、接触することだという話だ」


「接触?捕まえるのではなく?」


「そうだ。なぜかは分からない。ただ彼女は『会いに行く』と言ったという話が漏れている。探して連れてくるではなく——会いに行く」


俺は少し考えた。


「……会いに来る、か」


「エルシアがあなたを知っているとしたら」とミナが言った。「千年前から知っているとしたら——それは懐かしさかもしれない。あるいは」


「確認だ」と俺は言った。「俺が本当に灰冠の再生成体かどうかを確認しに来る」


「どうする?」とロスティが言った。「会う?逃げる?」


俺は少し沈黙した。


「決める前に今夜寝る」と俺は言った。「判断は明日の朝にする」


「判断が早い人が、珍しく保留した」とミナが言った。


「情報が整理しきれていない。焦って決めるより、一晩寝かせた方が精度が上がる」


「珍しく慎重」


「エルシアが相手だから、だ」と俺は正直に言った。


ミナが頷いた。何も言わなかった。


その夜、俺は久しぶりに、少し長く考えて、それから眠った。


残響の声が、少し静かだった。


明日の朝、判断する。


それだけを決めて目を閉じた。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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