過る言葉
─その日の深夜、僕のお爺ちゃんは多くの親戚に見守られながら息を引き取った。
翌日、納官を済ませた爺ちゃんは親父の兄弟、長男の大和さんの手配してくれた
斎場で仮通夜をする運びになった。
僕も会社を忌引きで休み、妹を車で迎えに行ってから会場に到着した。
妹の千早は県外の進学校の寮に住んでいたから連絡は一番後になってしまったので
爺ちゃんの訃報にかなり驚いていた。
会場に向かう道中、妹は少し涙ぐんでいたので見てない振りをしておいた。
何故だかこういう身内の涙ってちょっと気まずい気がして・・・。
仮通夜では親戚同士、お爺ちゃんの思い出話に花を咲かせていた。
お酒を飲んで笑って語らう叔父さんもいれば、目にハンカチを当てて涙を
流している叔母さんに子供の頃の話で盛り上がる従弟たち。
僕はやっぱりこんな時でも親戚付き合いは苦手だったので、端っこの方で
ちびちびとビールを飲んで話を聞いていた。
そんな親戚たちも夜の0時を回る頃には疲れていたのか皆床に着いてしまった。
割と高齢の人も多いし仕方ないだろう。
自然と夜型人間の僕が線香番をすることになった。
千早は僕に気を使ってくれたのかさっきまで起きてたけど、さすがに
睡魔に負けたのか今は横で寝息を立てている。
一人で線香を切らさないように見ていると、昨日のあのことが思い浮かぶ。
爺ちゃんが最後に僕に言っていたあの言葉・・・。
正直なんで僕にそんなことをって感じだ。最近は疎遠気味だったのに。
『吹雪、爺ちゃんの畑の頼む』
爺ちゃんの畑を・・・?僕が?・・・何故?
あの言葉は爺ちゃんの遺言なんだろうか?
けど僕は小さい頃に農業のお手伝いをしてたくらいで畑のことなんて
全然解らない。そんな僕なんかに畑を頼むことがどうしても結びつかない。
爺ちゃんは米農家だった。
なんてことは無い普通の農家の爺ちゃんだと思ってたけど、
成人してから完全無農薬の有機農法の確立に生涯を費やした先人として業界では中々の
有名人だった事を後で知った。
爺ちゃん自慢の米は安全でとても美味しいと評判で
爺ちゃんの米を求めて県外から足を運ぶ人もいたとか、中にはお偉い政治家の
人までも直接足を運ぶほどだった事を父さんに聞いた。
僕は爺ちゃんの家から送られてくる米を当たり前に食べていたけど
他の米を食べた時にそれなりに違いはわかった。
そんなすごい人が僕のお爺ちゃんなんて誇らしいけど、だからこそますます
よくわからない。
何の取り得も無いしがないサラリーマンの僕に爺ちゃんの大事な畑を
頼んできたのか・・・。頼まれても僕に何か出来るとは思えない。
考えられる可能性として思いつくのは、農家を継ぐ人がいなかったから?
たくさんいる兄弟達の中で誰一人家業を継ぐ人はいなかったみたいだ。
残念ながら農家は今時代あまり儲からないし嫁の貰い手もいないから
全員実家を離れ大きな町で職に就いたのだそうだ。
爺ちゃんは自分が好きで始めた事だから無理に農業を継ぐ必要はないと
言っていたそうだ。それなのになんで僕なんだろう・・・?
──翌日、爺ちゃんの告別式は湿やかにに行われた。
式には僕の想像よりかなり多くの参列者が訪れた。
全然知らない遠い親戚から爺ちゃん家のご近所さんやスーツ姿の偉そげな人まで
こんなに顔の広い人なんだと驚かされた。
家族葬とかが多くなってきている今時代これだけの人が故人を悼みに来るのは
やっぱりすごい人だったんだなと再確認する。
僕も多くの親戚たちに倣って焼香を済ませ、爺ちゃんに最期の別れを告げた。
そしてそれから一か月後と少し
僕は爺ちゃんの四十九日の日、爺ちゃんの家の畑に出ていた。
爺ちゃんが大切にしていた畑は主がいなくなり、今は耕作放棄地となって
雑草が生い茂っていた。
高齢の婆ちゃんでは畑を維持できる訳ないから当然か。
もう季節は秋、来年の夏になればもう畑の体裁を保っていられなくなるだろう。
それは正直ちょっと残念だし、勿体ないという気持ちはある。
少なからず思い出もある。
畑を見ながら歩いていると多少雑草が生い茂っているが、この畑が
いかに大事にされていたことはわかる。
ピカピカに整備されている農機から、整頓されている農機具からも。
「畑を頼む・・・か」
「爺さんにそう言われたのかい?」
「え?」
いつの間にか婆ちゃんが僕の後ろにいて穏やかな顔で立っていた。
どうやらぼそっと呟いた独り言を聞かれていたらしい。
僕がコクリ頷くと婆ちゃんは「やれやれ、あの人にも困ったもんだね」と
言って僕の隣に来て一緒に畑を見た。
「あなたにも生活があるんだから、爺ちゃんのいう事を真に受けなくていいよ」
「・・・・これから畑はどうするの?」
「まあ、もう年寄りには畑仕事は辛いからね。爺さんが亡くなった今放っておく
しかなくなるかねぇ」
「お婆ちゃんにとっても大事な畑なんじゃないの?」
「そりゃあね・・・・でも仕方のない事だよ。吹雪が気にする事じゃあない」
「・・・・・」
─婆ちゃんとそんな会話をしてから、僕はまたいつもの日常に戻っていった。
変らない毎日。忙しい日々。
満員電車に揺られて仕事をして、帰ってビールを飲みながらご飯を食べてゲームして
動画をぼんやり見て寝る。
彼女もいないし、友達もいないけど平和な生活に満足はしていた。
けど僕の頭の片隅には、あの爺ちゃんの言葉がなんでか度々脳裏を過った。
僕は自分の住んでいるアパートのベランダに出ると綺麗な満月を見上げて
改めてその事を考えてみる。
「農家・・・か。考えてみなかったけど・・・そんな生き方」
なんの取り得も無い僕に何か出来るだろうか?




