遺言
─夏の終わり。蜩が鳴く頃に爺ちゃんは亡くなった。享年80歳、大往生だった。
「ちょっと吹雪~。いい加減起きなさいよ!日曜日だからっていつまでも寝てたら
そのうち納豆になっちゃうわよ!」
「うーーーん!わかってる・・・もう少しだけ・・」
昨日の夜遅くまでゲームをしていたからまだ全然眠い。
そんな事を知る由もない早起きな両親は2階にいる僕にしきりに声をかけてくる。
いい加減そろそろ起きないと短気な親父が切れるかも知れないな・・。
仕方なく無理やり体を起こしてベッドから這い出る。
1階に降りると二人とも忙しそうに部屋を掃除している所だった。
日曜日の朝はいつも朝から掃除と洗濯をして出かけるのが両親の慣習で
今日もそうなのだろう。
僕は眠い目を擦りながら「おはよう」とだけ声を掛けると母親が
「早く顔洗ってきなさい」と言われたのでそのまま洗面所へ。
顔をバシャバシャと洗ってから歯を磨いていると両親の会話が聞こえてくる。
「来週、爺さんの傘寿のお祝いをするらしいぞ」
「傘寿?・・・ああ、確か80歳のお祝いだっけ?いくらか包んだ方が
いいのかしらね?」
「ああ、そうだな。来週は吹雪と千早も一緒に連れてくか」
80歳のお祝いか・・・長生きだなー爺ちゃんも。
というか勝手に僕と妹も行かなきゃいけない事になっていて
心の中で溜息が出る。
新作ゲームやりたかったんだけどなぁ。爺ちゃん家は遠いから車で片道2時間は
掛かるから1日潰れるし、親戚付き合いは大の苦手だ。
そんな事を考えていると電話の音が聞こえてくる。
僕のスマホではない、あの着信音は父親のものだ。
「もしもし、おう、母さんか?今ちょうど・・・ええっ何!?・・・
うん、うん。それで大丈夫そうなのか?・・・そうか」
歯を磨き終えてリビングに行くと深刻そうな父親の表情に何かあったのだと
直感的に悟った。
僕はソファに腰掛け母親と一緒に父の話している内容に耳を傾ける。
どうも爺ちゃんが危篤状態らしく、今市立病院に入院しているらしかった。
前に家に遊びに行った時には結構元気に畑に出ていたのに・・・。
「秋、今から父さんと母さん、これから爺ちゃんの入院している病院に
行ってくるから飯はお金置いておくから適当に食べてくれ」
「あ──、うん。わかった。大分悪そうなの?お爺ちゃん」
「今日が峠になるそうだ。お前も来るか?」
「そうだな・・・行くか」
田舎の爺ちゃんと婆ちゃんには小さい頃から世話になっているんだ
危篤の時にお見舞いに行かないのは流石に不義理だろう。
──病院に着くと爺ちゃんを取り囲むように親戚が勢ぞろいしていた。
父方の兄弟、僕にとっては親戚の叔父さん叔母さん、従妹たち
見知った顔が心配そうな顔をして寝ている爺ちゃんの横で
それぞれ思い思いに話をしていた。
元々痩せ気味だった爺ちゃんはさらに細くなり点滴を受けている皮膚が
欝血していて痛々しい。
「兄貴、親父はどうなんだ?」
「倒れてからからずっと寝たまんまだ。お医者さんの話では3年前手術した
すい臓がんが転移して今はステージ4、今日が峠らしい」
「・・・・母さんは?」
「ずっと付きっ切りだったけど今は実家で寝込んでいるよ」
「そうか・・・そうか・・・。。」
もう確実に助からないだろうという空気感にもう泣いている親戚もいる。
僕自身は爺ちゃんとは最近あまり会っていなかったせいもあってか
あまり悲しさは込み上げてこない事にちょっと罪悪感を覚える。
これが自分の親だったらと思うと少し胸が痛むくらいだ。
それからも1時間くらいお爺ちゃんの傍に皆いたのだが
一旦交代で食事を取る事になった。
ということで僕の家族以外みんな病室から出ていき病室は静かになった。
相変らず爺ちゃんは起きそうもない。
「お父さん、ちょっと私飲み物買いに行かない?皆の分まで買っておいた方が
いいでしょう?長くなるかもだし」
「そうだな、売店は1階だったか。吹雪、ちょっと父さんたち行ってくるから
爺ちゃんの様子を見といてくれるか?」
「ああ、りょうかーい」
両親が飲み物を買いに売店に行ったのを確認した僕はチラリと爺ちゃんを
見て寝てるのを確認してからイスに座ってスマホを取しゲームを起動する。
正直そんなに熱心にやってる訳では無いが暇つぶしには丁度いい。
爺ちゃんと思い出が無い訳では無い。
子供の頃、爺ちゃんの畑を妹と手伝ったり、釣りに連れて行ってもらったりした。
全部楽しかった大切な思い出だ。
でも寿命って奴はどうしようもない。人間は誰だっていつしか死ぬ。
それが早いか遅いかだけ。僕だって5分後には死んでいるかもしれない。
人生何が起こるかわからないから。そんな考えはドライすぎるだろうか?
ぼーとそんな事を考えて何気なく爺ちゃんの様子を見てみたら
爺ちゃんはいつの間にか起きていて・・・僕の方を何か言いたそうに見ていた。
ちょっと気になって爺ちゃんの顔に覗き込むと、口をモゴモゴと
動かしている。声は小さいけど何か喋っている?
僕は聞き取ってみようと爺ちゃんの口に耳を近付けてみた。
「フブ・・・キ・・ジイチャンノ・・・ケヲ・・・ム」
「・・・・え?」
それだけ言うと爺ちゃんはまた目を閉じて眠りについた。




