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【短編】若手イケメン政治家がエロ本を山積みでレジに来たので、思わず『ご贈答用ですか?』と聞いてしまった美人女性書店員の話

作者: 越路 秋葉
掲載日:2026/02/26

若手イケメン政治家がエロ本を山積みでレジに来たので、思わず『ご贈答用ですか?』と聞いてしまった美人女性書店員の話


 店長がいない。

 ——それは、事件の予感しかしなかった。

「今日は商店街の寄り合いで戻らないから、よろしくね」

 そう言い残して去っていった店長の背中を、私は不安しかない気持ちで見送った。

 レジ担当、私ひとり。

しかも、あと30分はパートのベテランオバさんもいない。店内で店員はわたしだけ…。

 新人二年目、佐倉。

 苦手分野:臨機応変。

(平日だし……平和……平和……)

 祈りながら文庫の山を整えていた、そのとき。

 自動ドアが開いた。

 店内の空気が、なぜか「サッ」と引き締まる。

 入ってきたのは——背の高い男。

 スーツ姿。姿勢が良すぎて逆に不自然。顔が整いすぎて逆に怖い。

(……テレビによく出てくる議員の人だ…)

 最近やたらニュースに出ている、あの若手イケメン政治家。

 名家の出身。美人女子アナと結婚。この間、第一子誕生の速報が出たばかり。

(え、なんで本屋……? あぁ…育児書かな?)

 男は店内を見回し、迷いなく奥へ。

 ——赤く手を押し出しているイラストが描かれた黒い暖簾の向こう。

(あーーーーーーーーーそこに行っちゃうのか〜)

 数分後。

 戻ってきた。

 手に持っているのは。

 分厚い。

 カラフル。

 刺激的。

 そして、隠そうとしていない。

(ガチなヤツだーーーーーーーーー!!!)

 ドサッ。

 レジに積まれる。

 山。

 完全に山。

 しかも色々なジャンルが揃っていて、むしろテーマパーク。

 私は石像になった。

(落ち着け……普通の接客……普通の……)

 口が開いた。

「……ご贈答用ですね?」

 男が一瞬止まった。

「はい?」

(違う違う違う!!)

「ご、ご進物ではなく?」

「これを?」

「はい」

「誰に?」

 聞くな。

 自分でも分からない。

「……義理の……お母様とか……?」

「こんなモノを義理の息子が渡すって、どんな家庭だよ!」

 即答ツッコミ。

 私はテンパりの最終形態に突入した。

「で、では……職場の方へ……」

「セクハラになるだろが!」

「では……町内会の回覧用に……」

「なんなんだよ!その地獄を自分で作りに行こうとするトンチキは?」

 男は眉を押さえた。

「まぁ…普通に買い物ですが?」

「そ、そうですよね!!」

(なぜ聞いた私!!)

 手が震えてバーコードが斜めに当たる。

 ピッ……ピッ……ピッ……

 全部同じ音なのに、全部違う種類なのが分かる気がする。

 沈黙が耐えられない。

「……あの」

「はい」

「奥様は……ご存じで?」

 男が完全に吹いた。

「何を」

「この……この……文化活動を……」

「文化活動」

「教養の……」

「教養」

 肩が震えている。

 笑いをこらえている。

「知るわけないでしょ…」

「ですよね!!!!」

 大声が出た。

 店内に響いた。

 ビジネス書コーナーのおじさんが振り向いた。

眼の前のイケメンは人差し指を唇に近づけ

「店員さん…とにかく落ち着いてください」

「すみません……すみません……」

 スキャン終了。

 合計金額、なかなかの威圧感。

 私は最後の一撃を放った。

「……包装、いたしますか?」

 男は数秒、完全に固まった。

「何用の?」

「ご贈答用……」

「だから誰に」

「未来の自分に……」

「中学生がタイムカプセルに入れるわけじゃないんですよ」

 私はさらに追撃した。

「リボンもお付けできます」

「いらないよ!」

「のしはどうされますか?」

「なんて書くんですか?」

 私は考えた。

 本気で考えた。

「……祝・御出産?」

「やめてください」

「内祝い?」

「違う意味になるだろ…」

 男はとうとう顔を覆って笑い始めた。

「大丈夫ですか」

「あのね…それはこっちのセリフです」

 そして、顔を上げて言った。

「普通に持って帰ります」

「……本当に?」

「本当に」

「ご家族に見られたら」

「隠します」

「どこに」

「あなたは何を心配してるんですか」

 支払いのカードを差し出す。

 処理中。

 私はどうしても聞きたくなった。

「……あの」

「はい」

「用途を伺っても……?」

「伺わなくていい」

「研修で……」

「そんな研修ないでしょう」

 数秒の沈黙。

 男は観念したようにため息をついた。

「セルフプレジャー用だよ…いま妻は出産直後でそういうことはできないし、他人とそういう事はできないでしょ…倫理的に。」

 私はレジの下に膝から崩れ落ちた。

「ですよねーーーーーーーーー!!!」

 店内に再び響く。

 ビジネス書のおじさんが今度は完全にこちらを見た。

「大声で確認しないでください」

「だって……だって……!」

「普通でいいんですよ、普通で」

「普通が分かりません!!」

 決済完了。

「領収書はいかがしましょうか?」

「こんなもん政治資金で落としたら叩かれるでしょうが!」

「ですよねぇ…」

 私はふらふらしながら袋に詰めた。

 できるだけ見ない。

 でも見える。

 カラフル。

 元気。

 生命力。

 袋を差し出す。

「お買い上げ……ありがとうございました……」

 男は受け取り、少しだけ優しい顔になった。

「大丈夫ですか、本当に」

「多分……一生忘れません……」

「それは困る」

 出口へ向かい、ふと振り返る。

「ちなみに」

「は、はい」

「次来たときも、のし付けてくれます?」

「成長記録みたいに言わないでください!!」

 男は声を出して笑った。

 テレビでは絶対見ない笑い方。

「あなた、面白いですね」

「面白くないです……生存本能です……」

「名前は?」

 名札が裏返っていた。

「……佐倉です」

「佐倉さん」

 にやっとする。

「また来ます」

 自動ドアが開く。

 去っていく背中。

 袋の中身がやけに重そうに見えた。

 店内に静寂が戻る。

 私はゆっくり床に座り込んだ。

「……無理……」

 数分後、奥からベテランパートさんが仕事の支度を終えて出てきた。

「さっきの人、すごいイケメンだったね」

「はい……」

「何買ってったの?」

 私は遠い目をした。

「……未来です」

「は?」

「人類の……可能性です……」

「疲れてるの?」

「はい……」

 私は心に誓った。

 ——次は絶対、店長がいる日に来てほしい。

 いや。

 できれば、もう来ないでほしい。

 でもきっと来る。

 あの人は、そういう顔をしていた。

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