ささやかなる祝福を
「ねぇ、いま暇かしら」
階段に座り込んでいると花びらが風に舞うような優しい声が聞こえて、うなだれた視線の先にはエナメルの小さな赤い靴が見えた。
ゆっくりと頭を上げると息を吹きかけただけで消えてしまいそうな儚げな美貌の少女が上から自分を見下ろしていた。飢えや病気で死んでいったヒトが無造作に捨てられているこの場所に全く相応しくないその少女は、面白そうにこちらを見ながら微笑んでいる。
「おいで」
自分のささくれてあかぎれだらけの汚れた手とは正反対の、透き通っている真っ白な手を差し出され、顔いっぱいに疑問詞を浮かべていると少女が強引に自分の手を取った。
「時間は有限なの。 わたしが瞬きする間にあなたたちは死んでしまうから早くして」
少女はふんっと顔を背けて、汚れで澱んで濁った
道を歩いていく。手を引かれながらふと16年間過ごしてきたこの場所をぐるりと見渡してみた。
道端にはヒトの死体が点々と無造作に放置されている。昨日片付けたはずの場所にはまたヒトの死体が積み重なっていた。まるでミルクレープのような見た目に笑いが込み上げてきた。けどいま笑ったらおかしな人だと思われてしまうからぎゅっと唇をきつく結んだ。
自分は放置されたヒトを処分することで生計を立てていた。ヒトの死体を焼却炉まで運んで、ヒト1人運ぶごとに価値なんてないに等しい古い銅貨を渡されて、けれどその銅貨で弟妹を養っていけるのであれば死体を運んで焼いて運んで焼いてと繰り返すことも苦ではなかった。家に帰れば弟妹が笑顔で迎えてくれる、それだけで幸せだった。
だけどその幸せも泡のように消えていった。
今年の冬はいつもより酷い寒波がこの街を襲って、その寒波で感染症が広がり死体はいつもより増えていった。その感染症は次々に弟妹も蝕んでいき、ひとりまたひとりと死んでいった。
もう自分一人だ。
死体をいつも以上に焼却炉に運んでいるし銅貨もいつもよりたくさん支払われている。なのに家に帰っても誰もいない。悲しいのか寂しいのか苦しいのか、そのうちなにも感じなくなってただ動くだけの人形のように毎日を過ごしていた。
そして、少女があらわれた。
天使がお迎えに来たのだとほっとしたのだけどそういうことでもなさそうだ。
目の前をとことこ歩く少女は迷いなく出口に向かっている。
「あ、あの、ここ出る時簡単に出られなくて、その」
久しぶりに出した声は変なところで裏返り、抑揚もおかしかった。
自分の声ってどんな声だったっけ。そもそも声ってどうやって出すんだっけ。
「あなたかわいい声をしてるのね」
少女はふわりと振り返ると自分に笑いかけて「もっとお話して」と言った。
「か、かわいくないです。こ、こ、こんな汚れた自分なんて」
「汚れているのはお洋服とかでしょう? そんなの着替えたらなんとかなるわよ。 家に帰ったらいっぱい着替えましょうねぇ」
「いえ、あの、声もなにもかもかわいくなんかなくて、顔なんか垢だらけで汚いから……」
「顔もかわいい声もかわいい。 あなたはぜんぶかわいい」
少女は一旦手を離すと、垢まみれの自分の頬を陶磁器のような手で包み込んだ。草木の澄んだ匂いが顔の周りに漂ってきて、身体の緊張がほぐれていく気がした。
「わたしがかわいいっていったらかわいいの。 認めなさいよ」
少女はぷくーっとほっぺを膨らませている。なにやら怒らせたみたいだ。
「……ふぁい」
「わかればよろしい」
にんまりと笑うとまた手を取って歩き出した。
なんとなく自分からも手を握り返すと振り返って満足そうに少女は微笑んだ。




