アリババと四十七人の赤穂浪士
アリババとカシムという二人の大名がいた。
アリババは名の知れた茶人であったが、その出自には謎が多かった。大名になる前は茶の商人だったというが、幕府に莫大な献金を行いその地位を得たと言われている。平民だった男が、一体どこでそれほどの富を築いたのか。長年、江戸の噂好きたちの間で囁かれる謎であったが、その真実を知る者が、今まさに雪深い山中にいた。
男の名は、カシム。雪を踏みしめ、彼は山中にひっそりと佇む蔵に辿り着いた。自分以外、誰も知らないはずの蔵。神よりもたらされし福を閉じ込めたという、常世の蔵である。
若かりし頃、偶然この蔵――衷神蔵を見つけたカシムはその扉を開けることができず、以来長年、解錠の真言を探し求めてきた。そして先日、都からの帰路で耳にした地方の伝説にある呪文こそが、彼が求める答えであった。カシムは固く閉ざされた扉の前に立ち、覚えたての真言を唱える。
「開け、護摩」
あれほど強固だった扉が、音もなく開いていく。逸る気持ちを抑え、カシムは蔵の中へ入り、灯りをかざした。しかし、彼の目に映ったのは、輝く金銀財宝ではなかった。
「な……んだ、これは……」
蔵の中に満ちていたのは、おびただしい数の人骨であった。無惨に転がる骸の山。あまりにも血なまぐさい所業に愕然とするカシムは、足元にきらりと光るものを見つけ、拾い上げた。見覚えのある意匠が彫られた、竹の茶杓であった。
アリババ。かの男は、この地方で茶の商人だったはずだ。そして、かつてこの地を荒らした盗賊団がアリババの台頭と同時期に忽然と消えたという噂。大名になるための莫大な献金。全ての線が繋がり、カシムの中で一つの悍ましい絵図が完成する。
「 ア リ バ バァ !!!!」
彼は駆けた。江戸城へ。勅使饗応の任の最中であることも忘れ、押っ取り刀のままアリババを見つけ出したカシムは、激昂のままに斬りかかった。驚きに目を見開くアリババ。城内は「殿中でござる!」との声で騒然となり、カシムはアリババにとどめを刺す寸前で取り押さえられた。
カシムに下された沙汰は、即日の切腹であった。
カシム切腹の報せは、すぐさま赤穂藩を揺るがした。
殿が、何故アリババを?
喧嘩両成敗が武家の習いであるはずが、殿のみが罪に問われ、アリババはお咎めなし。その上、赤穂藩はお取り潰し。浪士たちの怒りは、燃え盛る炎となった。
中でも、一際暗い憎悪の炎を燃やす男がいた。寺坂モルジ右衛門。彼は他の浪士たちとは違う理由で、アリババを憎んでいた。
かつて彼は、ある盗賊団の一員だった。頭目のアリババに連れられて常世の蔵へ入った瞬間、裏切りの刃が仲間たちを襲った。皆殺しにされる中、辛くも生き延びた彼は、全てを捨てて赤穂へ流れ着き、カシムに拾われ武士となったのだ。主君の仇、そしてかつての仲間の仇。復讐の念は、彼の心を焼き尽くしていた。
「このまま殿の元へは行けぬ。必ずや、不倶戴天の怨敵、アリババの首級を持って参らねば」
浪士たちの心は一つであった。
こうして元禄十五年十二月十四日、雪の降る深夜。四十七人の浪士たちは、主君カシムの弔い合戦として、アリババ邸への討ち入りを開始する。
その頃アリババは、浪士襲来の報せを受けても余裕の笑みを浮かべ、ひとつのランプを磨いていた。かの衷神蔵で見つけたこの神の茶道具は、こすればどんな願いでも三つまで叶える魔神を呼び出す。
一つ目の願いで、大名となった。
二つ目の願いで、殿中での刃傷沙汰の咎を全てカシムに負わせた。
そして今、最後の願いを使った。
しんしんと雪が降り積もる中、アリババは静かにほくそ笑む。
「三つ目の願いは、『赤穂の者が私を傷つけることができぬよう』とな。これで私は安泰だ」
だが。
ランプをこすり終え魔神が消えたその瞬間、背後の襖が静かに開いた。そこに立っていたのはかつての部下、殺したはずの男、寺坂モルジ右衛門であった。
「なっ……なぜ貴様がここに!? 赤穂の者か!」
アリババは脇差しに目をやるが、大名となり茶の道に呆けていたそこにかつての盗賊の長としての動きはなく、柄に手を伸ばした頃には寺坂の刀がアリババの体を袈裟斬りにしていた。
信じられないといった顔で、アリババは血を吐きながら問うた。
「なぜだ……願いは……赤穂の者が、私を…」
「いかにも」と、どこからか魔神の声が響く。「その願い、違えてはおりませぬ」
寺坂は血に濡れた刃を握りしめ、静かに告げた。
「俺は、お前が裏切った盗賊団の生き残りだ。もはや脱盟したこの身。赤穂の武士という立場を捨てた、仲間たちの無念を背負う者だ。この刃は、赤穂の義憤であると共に、俺個人の復讐でもある!」
「そん……な……」
アリババの目から光が消えた。
アリババの首級は、高輪泉岳寺、主君カシムの墓前に供えられた。
後日、幕府より赤穂浪士たちへ切腹の沙汰が下る。しかし、その中に寺坂モルジ右衛門の名はなかった。彼は浪士たちの討ち入りが始まる前に、単身で本懐を遂げていたからである。
墓前に並んだのは、四十六人の忠義の士であった。
<完>




