『余韻』(上)
『うーん……』
胸に締め付けられるような痛みが押し寄せ、目は虚ろで、体は疲れ切っていた。
自分は一体どうなっているのか、目の前の小さな少女は誰なのか?ティルミナなのか?頭が痛くて思い出せない。名前だけはなんとなく覚えている気がする。
長椅子に座り、ティルミナの白い小さな足を見下ろす。目の前には、ティルミナが私の顔の傷を手当てしてくれているだけだ。ティルミナの頬は陽光に照らされてほのかに赤く、微かな光を放っている。その小さな口元は魅力的で、ついキスしたくなってしまう。
しかし私は首を振り、まずは大事なことを片付けることにした。目が覚めるたび、胸の痛みと恐怖が不意に襲う。改めて、この異世界で起きたことを思い返す。
私は地面に座り、両足を揃えて手を合わせ、背筋を伸ばして目を閉じ、召喚されてからの異世界での出来事を瞑想で整理し始めた。
普段、家で気分が落ち込んだり物事がうまくいかないとき、瞑想で心の安定を保つ。瞑想は時に効果的だが、長期間頼りすぎると逆効果になる。瞑想をしなければ運が下がり、災難が増えることもある。
とはいえ、私は子供の頃から運が良く、外出するとお金を拾うことがよくあった。小学四年生の夏の交通事故以降、運は徐々に下がり続けた。
スーパーマーケットで買い物をしている最中に異世界へ召喚され、掲示板で「ソフィア・テラノ」の賞金を目にし、胸を刺されて死んだ。その後、機械のウサギと三人の強盗に遭遇し、レオ・クレストに助けられた。瀕死の状況に陥るたび、時間を巻き戻す能力が発現するが、まだ体内に眠るだけで自分で制御はできない。致命的な危険に直面して初めて、その能力は顕現するのだ。
ティルミナが私の背中を優しくたたき、耳元で囁いた。
『劉昊お兄さん、どうしたの?どこか具合が悪いの?』
私はゆっくり目を開け、ティルミナを見る。背中をたたかれる感覚が心地よく、女の子に背中をたたかれるのは初めてで、顔が赤くなる。どう答えればいいかわからず、緊張を押し隠して平静を装った。
『大丈夫、心配しないで』
今こそ、ソフィアとあの奇妙な機械ウサギを探す時だ。異世界でソフィアを捕まえ、奇妙な機械ウサギを見つけられれば、大きな功績となる。賞金も得られ、王国から縁談を持ちかけられるかもしれない。現実世界に戻らなくても、異世界で平穏に生活できればそれで良い。異世界の生態や住民の生活習慣を理解し、結婚して子を成す生活を送るのも悪くない。ただし現実世界の両親は心配だろう。
現実世界では、賞金などありえない。高額の賞金付き逃亡者が現れても、多くは逃げ去るだけだ。通報しても、もらえる報酬はせいぜい100~500円程度で、高額賞金は自分には関係ない。警察に通報すれば、逃亡者の報復を受けることもある。こうした事は複雑で面倒である。
初めてソフィアと会ったのは掲示板の前だった。ソフィアは黒い霧を操り、最初はティルミナに憑依していた。黒色の曲刀を使い、攻撃速度が速い。機械ウサギは長椅子付近の白い小路で遭遇した。どちらも危険で手強い。まずはレオ・クレストに相談し、刺客への対策を練るのが賢明だ。二人の危険人物を片付けた後に、ティルミナを無事に家に帰すことができる。
私一人の力では足りないので、計画をティルミナに話す。彼女は十代だが、理解してくれるはずだ。
ティルミナは私の右手を取り、冷たい地面から引き上げようとした。
『劉昊お兄さん、早く立って。地面は冷たくて汚れてるよ』
私はティルミナの言う通りに立ち上がった。彼女は本当に可愛らしい。
『ティルミナ、解決すべきことがあるんだ。終わったら家に帰ろうね?』
ティルミナは私の提案を拒まず、むしろ同意した。
『いいよ、劉昊お兄さん。あなたのことが済んだら家に帰ろうね、約束だよ』
私は約束した。
『男は言ったことを守る。用事が済んだら安全に君を家まで送る』
異世界の守衛所へ向かい、ユノールレイ王国の街を歩く。街は人で溢れ、雑多な音が耳に届き、なぜか胸がざわつく。
ティルミナは私が学校で出会ったある少女を思い起こさせるが、学校での負の経験から、彼女の前での評判は低下している。
ティルミナは私の袖を引き、澄んだ瞳で私を見上げた。
『劉昊お兄さん、どうしたの?どうして立ち止まってるの?』
私は我に返り、微笑んだ。
『大丈夫、前に守衛所がある』
その時、黒い影が私の横を通り過ぎた。ソフィアかもしれない、事態は良くない。ティルミナの手を握り、前へ走った。
息を切らしながら守衛所に到着。守衛の騎士は警戒し、厳しい声で尋ねた。
『誰だ、なぜここに来た?』
私は緊張し、頭が真っ白になる。間違えた答えをすれば怪しまれる。
その時、ティルミナが赤い顔で言った。
『お兄さん…探してるの…レオ…』
どもりながらも言い切った。
『レオ?レオ・クレスト隊長のことか?』
徐々に恐怖が薄れ、自信を取り戻す。
『はい、レオ・クレスト隊長です。用事があって』
騎士は仕方なさそうに答えた。
『レオ隊長は街を巡回中で、ここにはいません。でも、あの少女…見覚えがある気がする』
ティルミナは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
『間違え…た…かな…会ったこと…ないです』
『多分、勘違いだ』
街で奇妙な黒い影を見かけた。ソフィアかもしれない。幸い逃げ切ったが、次にどこへ行くか分からない。
ティルミナが私の袖を引き、
『劉昊お兄さん、街で遊びたい、付き合ってくれる?』
顔を赤らめたティルミナを見て、ソフィアに遭遇するのは避けたい。お金もない。だが断ればティルミナが悲しむし、男として面目が立たない。渋々頷くと、ティルミナは可愛い笑顔を見せた。
焼肉店に到着。石畳の通り沿いに建ち、牛の頭の木札が掲げられている。ティルミナは香りに誘われ店内へ駆け込む。
私は入り口で焦り、お金がないことに悩む。しかし、ここで思いついた。時間巻き戻し能力があるのだから、心配する必要はない。
足元に硬いものがあり、見ると「7枚の輝く金貨」。運が良すぎる。現実世界で200元を拾い、異世界でまた金貨を拾うとは。瞑想の神の加護かもしれない。
人目を避けて蹲み、7枚の金貨を靴から取り出し、ポケットに入れて立ち上がり、平然と店内に入った。
焼肉の香りが漂う中、私は腹を鳴らす。異世界の通貨があるので安心だ。
店内は粗くもしっかりしたオーク材の椅子と机が並び、壁には獣類の剥製が飾られている。
焼肉店の主人はがっしりした体格で、大きな鉄格子の上で肉を焼く。ジューという音と香ばしい匂いが広がり、ティルミナの鼻を刺激する。
店主は笑顔で対応した。
『いらっしゃいませ。何になさいますか?』
私は自信満々に答えた。
『名物は何ですか?』
店主は微笑む。
『オークの戦斧ステーキが看板です。20銀貨だけ』
『2つお願いします。名前だけでも美味しそう』
『少々お待ちください。烈火フルーツミード1杯サービスです』
炭火の香ばしさが漂い、ティルミナは肉を楽しみに小さな手で握る。小さな口で慎重にかじり、目を大きく開けて喜ぶ。
私は笑いながら一口。肉汁が溢れ、炭火の香りが口いっぱいに広がる。オークの戦斧は人肉ではなく、牛肉の味わいだった。
サービスの烈火フルーツミードはティルミナに渡した。赤い液体で、果実の香りがあり、飲むと喉に温かさが広がる。
店内は賑やかで、客は豪快に肉を食べ、果実酒を飲む。偶にグラスがぶつかる音もする。
『今日楽しい?』と私は尋ねる。ティルミナは真剣に肉をかじり、頬を赤らめながらうなずく。
『うん、うん!』
私は彼女の柔らかい髪を撫で、最後の果実酒を飲み干す。
満腹になり椅子にもたれ、残りの食べ物の跡を見ると、二人で焼肉をきれいに食べたことが分かる。ティルミナは小さな手で丸いお腹を押さえ、満足そうに目を細める。
ポケットの金貨を取り出し、会計しようとした時、酔った客が店主に言った。
『店主…いつも通り…つけておいて…俺は…冒険者団長』
そう言うと去って行った。店主は仕方なく帳簿に記録する。
私の手元にはまだ7枚の金貨がある。節約せねばならない。焼肉店主は素朴で、ここは異世界だ。
私は立ち上がり、服を整え、背筋を伸ばし、冷たく無表情で店主に告げる。
『私はユノールレイ王国の王子です。金を忘れたので、まずはつけておいてください』
店主は疑いの目で見る。
『身長は王子らしいが、服は見たことがない。本当に王子か?王子がこんな店に来るとは…』
『目の前の少女は私の妹で、ユノールレイ王国の姫でもある。服装まで説明する必要があるか?庶民の生活を体験したいだけだ。20銀貨のことで文句を言うな』
店主はティルミナを見渡す。
『王子様、この食事は無料です。どうぞ召し上がれ。宣伝していただければ幸いです』
私は満足げに微笑む。
『焼肉はとても美味しい』
ティルミナに声をかける。
『会計は済んだ、行こう』
ティルミナは手を引き、楽しそうに店を出る。
その時、目の前にソフィアが入ってくるのを見つけ、胸が締め付けられる。痛みが走る。彼女は人形店に入った。
私はティルミナを引っ張って急いで逃げようとしたが、彼女は店内の可愛い人形に夢中になり、興味津々で中を覗きたがっている……




