008,行商人、遠征へ行く
まさかの週間ランキング100位以内達成しました!自分の中ではマジで快挙です!読者の皆さんありがとうございます!
ここからちょっと戦闘方面に行きますが最終的には商人らしい取引とか駆け引きに行きつく予定です。どうぞお付き合いください。
商人らしい取引とか駆け引きが見たい人は20話くらいまで耐えてください
最前線に立って一週間。
ポーション屋レン――その名は、もう“珍しい露店”ではなく、“信頼の補給点”として定着しつつあった。
だが、次に現れたのは、完全に空気が違った。
「……あんたが、例のポーション職人か」
低く通る、研ぎ澄まされた声。
振り返ると、立っていたのはローブ姿の中年男性。ギルドタグ《RoD》――最前線でも知らぬ者はいない、トップ攻略ギルド《Ring of Dawn》の戦術士だった。
「これ、見てもらえる?」
男は無言で、レンのポーション瓶を掲げる。
“蒼風印”のロゴが入った、青みがかった液体。
「三層のボス戦で使わせてもらった。正直、驚いたよ。通常の回復ポーションに比べて、効果発動までが約0.2秒早い。しかも味の刺激が少ないから、戦闘中に“飲むための構え”を取らなくていい。あれは、戦術支援レベルの差になる」
「0.2秒……戦闘中にそこまで気づくとか、あんた化けもんかよ……」
「当然だ。我々は、その0.2秒に生死を懸けてる」
レンは、無意識に息を呑んだ。
これが“本物の最前線”。エンタメや浪漫の皮を剥いだ、その向こうにある、職人と兵士のリアル。
「提案がある。我々の遠征に、物資供給として同行しないか? 補給係だ。現地調整ができる調合師がいれば、攻略スピードは段違いになる」
「俺が……遠征、に?」
「君はただの露店主じゃない。“最前線の職人”だろう?」
その言葉が、レンの中の何かを撃ち抜いた。
同日夜。レンは焚き火の前で、ミナトからのメッセージを見つめていた。
《すげーな……あのRoDから声かかったってことすか!?》
《もはや素材屋っていうより、“軍需産業”ですよ、それ!》
火の粉が風に舞い、レンはゆっくりと立ち上がる。
「行ってみるか……遠征ってやつに」
そして数日後。
――《魔導砂漠 第六層:渦動の谷》。
乾きと魔力嵐が交錯する未踏領域。その地にて。
「補給班、蒼風、配置完了!」
「水分+熱対策ポーション、ラウンド2分前に配布終えた!」
「異常耐性バージョン、3セット予備持ってる。中毒持ちは手を上げて!」
戦士たちの背後で、青い風紋のマントが翻る。
そこには、迷いもためらいもない職人の姿。
「OK。あとは……“お前らの勝ち”を祈ってるぜ」
それが、“ただの素材屋”だった少年が――
本物の戦場で必要とされる存在へと進化した瞬間だった。
遠征を終えた夜、プレイヤーたちのSNSにはこう書かれていた。
【体験談】蒼風印の補給があるだけで、全然違った。
【RoDの後方支援に“ポーション屋レン”参加】←マジ!?
【地味職革命】職人系が最前線に同行する時代へ
【“青い風”が通れば、死なずに済む】←名言出た
レンの目標は、もはや店を構えることじゃない。
「次は……“前線供給拠点”、作るか」
それは、“素材屋”の進化形。
彼の旅は、戦場を支え、世界の裏方を照らす“影の職人王”へと向かっていた――。
――それは、四日目の夕刻だった。
《魔導砂漠 第六層》の探索は順調だった。
RoDの攻略部隊は、連携も戦術もまさに鉄壁。レンの供給班も完璧に機能し、“蒼風印”の評価はうなぎ登りだった。
……だが、事件は唐突に起きた。
「っ……! 待て、これ、砂嵐の魔力濃度が上がってる!」
「ダメだ、機械式フィルターが暴走してる! 魔素濾過が間に合わない!」
「ポーションが……蒸発してる!?」
報告が飛び交う。
ポーション瓶を開けた瞬間、中身が泡立ち、ぶしゅっと音を立てて蒸発していた。
「ちょっと待て、どういうことだ!? 保存状態は万全だったはず――」
レンの声に、前線隊の一人が叫ぶ。
「このエリア、“魔気干渉帯”だ! 通常のポーションは、魔素に反応して劣化する! 瓶の封印じゃ防げねぇ!」
――想定外の環境変化。
この地帯では、普通のポーションでは補給にならない。しかも、すでに回復リソースは枯渇しかけている。
「……っ、補給が切れたら、前衛が崩れる!」
指揮官がそう叫んだ瞬間、レンの脳裏に電撃のような思考が走った。
(待て……確か、“風鳴草”の高等級に含まれる天然成分――“揮発性魔素安定因子”があれば……)
咄嗟にポーチを漁り、仕分け済みの素材袋を引き抜く。
「ミナト……あの時、ちゃんと群生地の根元採りしててくれよ……!」
祈るように、高等級風鳴草を取り出し、携帯クラフトキットを広げた。
「ポーション調整に入る! 蒸発を防ぐ“魔気遮断層”を作るため、風鳴草から安定因子だけ抽出! 他の材料は――水銀苔、清涼石粉末、それに――熱結晶!」
「間に合うか!?」
「知らん! でも、間に合わせる!!」
魔力嵐が吹きすさぶなか、即興調合の工程が始まった。
風が吹くたび、瓶が転がりそうになる。素材が舞い、指先が震える。だが、レンの手は止まらなかった。
「“魔気耐性型ポーション:Type-A”……できた!」
その液体は、わずかに光を放っていた。
レンは一本を自ら飲み干す。
――異常なし。
口当たり、温度、反応すべて想定通り。
「よし……これなら……!」
即席で20本を完成させ、前線へ走る。
「これ飲め! 通常のポーションじゃない、特別仕様だ!」
前衛の盾役がそれを一気に流し込んだ瞬間――
「……っ!? 回復した、蒸発してない! 動ける!」
「俺もだ! 魔気障壁の中でも使えるぞ、これ!」
湧き上がる歓声。崩れかけたラインが再び整い、敵の波が押し返されていく。
「助かったぞ、ポーション屋!」
「お前の“蒼風”、まさに奇跡の風だ!」
その夜、攻略部隊の野営地。
焚き火の灯りに照らされながら、レンは泥のように倒れ込み、空を見上げた。
「……補給係って……思ったより、死線を歩く職だな……」
けれど、内心は熱く燃えていた。
これが本当の“現場”。
想定外を乗り越え、即応で命を支える。それが、戦場の職人――“供給屋”の誇り。
「……悪くない。次は、こういう魔気干渉でも安定量産できるレシピ、組むか……」
その横で、RoDの戦術士が静かに呟いた。
「……職人の中にも、“英雄”はいるんだな」