007,行商人、ポーション屋になる
――それは、ふと思いついたチャレンジだった。
「ある程度、この辺じゃ名前も売れたし……行ってみるか、最前線」
口にした自分の言葉に、少しだけ背中が熱くなる。
心のどこかで“次の一歩”を求めていたのだろう。
当然、リスクはある。失敗すれば、労力も素材も時間もパーだ。
だが、うまくいけば――俺の名前は、“ただの素材屋”から“最前線で通じる職人”になる。
そんな期待とともに、店番をミナトに任せ、俺は街を離れた。
そして、数日後――
目の前に広がるのは、石造りの砦と巨大なゲートが構える、防衛都市。
最前線都市・ブラント
――ここは、世界の“向こう側”へ挑む冒険者たちが拠点とする、攻略プレイヤーの牙城。
その街に立った俺の第一声は、テンションMAXだった。
「さあやってきました、最前線!!」
己の鼓動が高鳴る。
この地には、戦いにすべてを捧げる者たちの“本気”がある。
そんな場所で、俺はポーション屋を開くのだ。
準備はしていた。
採取班にはあらかじめ素材の選定と送付を依頼済み。
調合も手間を惜しまず、回復量を限界まで引き出し、さらに味や飲み心地にも細かくチューニングを施した。
ポーションの中には、風属性を持たせて“移動速度小アップ”の効果を持つものや、熱中状態でも飲みやすい清涼感重視のタイプもある。
――そう。
これは“ただの回復薬”ではない。
“戦場で必要とされる”一滴の価値を込めた、俺の勝負品だ。
そして俺は、露店の布をめくる。
「――開店! ポーション屋レン!」
通りを行くプレイヤーたちに向かって、声を張り上げた。
「いらっしゃい、安くするよ! ダンジョン帰りの皆さん、ポーション補充どうですかー!」
活気のある声、テーブルに並ぶ色とりどりの瓶。
どこか香草の香りが漂うラインナップに、何人かのプレイヤーが足を止める。
「これ、回復ポーション? でも、ラベルが……なんだこれ、“蒼風印”? 聞いたことねーな」
「いや、ちょっと見ろよ。効能……“回復+小加速、副作用なし”……は?」
「しかも値段、安っ! ちょっと買って試すわ」
街の喧騒に溶け込む俺の声。
一本また一本と、ポーションが売れていくたび、指先に熱が宿る。
「よし、見てろよミナト。これが“前線”ってやつだ!」
ダンジョンに挑む者がいる限り、ポーションは絶対に必要だ。
そして、彼らが“よりよく戦うための一滴”を求めるなら――
「俺が、その一滴を作ってやる!」
炎のような夕焼けがブラントの街を染める中、
ポーション屋レンの挑戦が、今始まった。
ポーション屋を開いて三日目。
最初の一日は物珍しさ、二日目はリピーター、そして三日目には――異変が起きた。
「……なあ、あんたのとこのポーション、どこ製だ?」
朝一番、声をかけてきたのは見覚えのない重装備の戦士だった。
分厚い胸板に傷だらけの装備。間違いなく歴戦の攻略組だ。
「“蒼風印”? どっかのギルドブランドか? 効果、バグってんのかってくらい効いたんだけど」
「いや、完全自作だけど? バグじゃなくて努力と調整の結晶ね」
冗談まじりに返すと、男はふっと口元を緩めた。
「……そうかよ。だったら一つ頼む。俺のギルド全員分、二十本納品できるか?」
「は?」
どうやら噂はもう広がっていたらしい。
攻略ダンジョン帰りの休憩所、プレイヤー専用フォーラム、果ては市場の調合士たちの間でも――
『蒼風印のポーション、ガチで効くらしいぞ』
『“移動速度+回復”の効果がボス戦で刺さる』
『味がまともってだけで買う価値ある』
『最前線の地味神アイテム爆誕』
『回復タイムが短縮できて火力増したって話、マジか』
その中で浮かび上がるブランド名――蒼風印。
名乗った覚えはないが、瓶に刻んでいた青い風紋のマークがいつのまにか通称になっていたらしい。
四日目には、すでに店の前に行列ができていた。
「おい、俺の分残ってるだろうな!?」
「昨日買ったら嫁が感動して、今朝から同行してるんだ、頼む!」
「新作の“気絶耐性ポーション”ってこれ? 試してみていい!?」
「これが“蒼風の一滴”か……俺たちの命を繋ぐ、奇跡の水だな」
……おい待て、それは言い過ぎだろ。
だが、胸の奥が熱くなる。
“素材屋の端くれ”だった俺のポーションが、今――最前線で、誰かの生死を分ける“一滴”になっている。
「……っし、今日は追加で三バッチ分作るか」
嬉しい悲鳴だが、俺はまだ満足しちゃいない。
これは通過点だ。
本当の勝負は、“最前線のプロたち”に選ばれ続けること――
「来いよ、ガチ勢共。ポーション屋レン、受けて立つぜ」
その日、街の情報掲示板にはこう書き込まれていた。
【ポーション屋レン】
露店区画・第7区画西側。
“蒼風印”のポーションは、本当に効く。
一回使えば、戻れなくなる。マジで。