006,行商人、称号を得る
その日、ログイン直後のレンの視界に、突如としてシステムメッセージが現れた。
《【期間限定イベント報酬】》
あなたの活動がワールド経済に顕著な影響を与えました。
素材供給・知識普及の功績により、以下の特別報酬を授与します。
▼【称号】:風の媒介者
効果:風属性素材の品質判定+5%/NPCからの好感度上昇(交易カテゴリ)
▼【専用装備】:風香の作業着(クラフター専用)
種類:クラフト用アウター(装備品)
性能:加工速度+15%、乾燥処理の成功率上昇/連続作業時に疲労軽減
備考:風鳴草の香り付き、着用中はクラフト時BGMが変化
「……うそだろ、マジで称号きた」
レンは思わず椅子の背にもたれかかり、ログに映し出された青緑色の新装備をじっと見つめる。
すぐさま《クラフターズベース》へと移動し、更衣室のミラーの前に立つ。
「おぉ……袖に刺繍入りだし、なんだこの高級感」
細かな布目に風紋を模した刺繍。襟元にはさりげなく“風鳴草”の意匠。
素材は軽く、しかし肌触りが良く、何より……着ているだけで風の香りがふんわり漂ってくる。
称号の効果も大きい。特に、「品質判定+5%」はクラフターにとって破格だった。
風属性に限られるとはいえ、すでに仕分け済みの素材に“格上昇チャンス”が生まれる。
ログイン通知が鳴り、ミナトからメッセージが届く。
《なにあの服! イベ装備!?》
《マジで風鳴草専門店の看板みたいじゃん!》
《今度写真撮らせて! 称号付きで!》
「……フツーに照れるな」
だが、レンはわかっていた。
これはただの報酬ではない。
**『やってきたことが、ちゃんと世界に届いていた』**という、確かな証だった。
その日から、彼の店舗ページには小さな新バナーが追加される。
《風属性素材認定クラフター》
──称号持ちが運営する、信頼の香料専門店──
レンの歩みは、さらに先へと進み出す。
今度は、「素材屋の看板」から、「素材文化の提唱者」へ。
森の奥、朝靄の立ちこめる採取地。斜面に咲いた小さな青い花が、朝露に濡れてきらめいていた。
「……これが、風鳴草の“特等”?」
ミナトが見下ろす花は、どこにでもありそうな風鳴草だった。けれど、葉の色の濃さも、花びらの端の丸みも、ほんのわずかに違う。
「正解。しかもこの個体は、明け方の湿度と気温が一番いい状態で開花してる。香気も最高潮、乾燥後に“清風”のランクが出る確率が高い」
そう言ってミナトの横にしゃがみ込んだのは、もちろん彼の師匠――レンだった。
レンの目は、どこまでも冷静で鋭い。だが、その視線の先には、きちんと温かい期待があった。
「素材ってのは“時間”“気候”“土地”で価値が変わる。それを読めなきゃ、いつまでも“ただの採取屋”だ」
「……!」
その言葉が、ミナトの胸に突き刺さった。
彼はこれまで“指定された場所に行って拾うだけ”だった。ただ、誰かの注文通りに働くことでしか価値を見出せなかった。
でも今は違う。
「俺もあんな風に……」
小さな風鳴草をそっと摘み取ると、彼はその根本に付いた土を払い、慎重にアイテム袋にしまった。
今日から、自分の判断で、価値を見極めていくのだ。
日が昇ると、レンの店のアトリエに戻る。そこにはすでにレンが用意していた道具一式が並んでいた。
「乾燥処理、今日からは一人でやってみな」
「……やります!」
熱風石を調節し、通気布を張り、湿度を測る。素材の状態に合わせて数分ごとに向きを変える作業は、地味で面倒で、でも絶対にごまかせない。
それを黙々とこなすミナトに、レンは満足そうに腕を組む。
「“本物”は、目立たなくてもわかる人にはわかる。……お前の風鳴草は、今日あたり、そういう一枚になるはずだ」
そして夜。ギルドの店舗に届いた風鳴草を見た加工師が、思わず声を上げた。
「おいこれ、ミナトが採ったのか!? 香りが段違いだぞ……乾燥も、バランスが神がかってる!」
「へへっ、ホントですか?」
照れながら笑うミナト。その頬は、日焼けだけじゃない赤みを帯びていた。
レンはそんな彼の肩をポンと叩く。
「“価値を見つけて作る”ってのは、誰でもできることじゃない。……でも、お前にはその目がある」
「……ありがとうございます、師匠!」
こうして、ミナトは“弟子”から“真の目利き”へと一歩踏み出した。
それは戦わない者たちが紡ぐ、もう一つの英雄譚の始まりでもあった。