004,行商人、ブランディングする
乾燥炉の導入により、生産効率が大幅に向上したレンは、毎日安定して風鳴草を出荷できるようになった。
だが、ある日。
乾燥が終わった束を並べていたレンは、ふと手を止めた。
「……ん?」
並べた風鳴草の中に、微妙な違いがあることに気がついたのだ。
色味。葉の巻き具合。茎の太さ。そして――香りの“立ち方”。
同じ乾燥時間、同じ素材のはずなのに、ほんのわずかに仕上がりの質にばらつきがある。見比べて、嗅ぎ比べて、触ってみる。すると、それは偶然でも気のせいでもないことが分かった。
「……乾燥具合、個体差か。いや、むしろこれは“個性”だな」
鼻先に草束をかざして目を細めるレン。香りが濃く、芯まで乾ききったものは明らかに“高品質”。一方で、やや香りが淡く、外見にもムラがあるものは“並品質”――あるいは、それ以下。
普通なら、品質のブレは避けるべき“ロス”扱いだ。しかしレンは、その違いを逆手に取った。
「……なら、最初から“分けて”売ればいい」
頭の中で、アイデアが鮮やかに組み上がっていく。
それは単なる等級分けではない。需要に応じた“価値”の見える化。すなわち――ブランディング、である。
そしてその日の夕方、レンの出品ラインナップは一新された。
【風鳴草・標準品】
香りの安定した乾燥風鳴草。料理や調香の素材に最適。
▶5G/本
【風鳴草・高等級】
厳選された高濃度個体。触媒クラフトや高級香水用途に。
▶9G/本
【風鳴草・訳あり】
香り控えめ、乾燥ムラあり。バルク用・大量購入向け。
▶3G/本(まとめ買い割引あり)
「仕分けしておくことで、用途に応じたプレイヤーに届けられる。これが、ブランディングってやつだな」
レンは満足そうに、出品ウィンドウを閉じた。
買い手の視点を考えることで、同じ素材に新たな価値が宿る。
大量生産だけではたどり着けない、職人としての差別化戦略。その第一歩が、今、始まったのだ。
そして翌日。
“高等級”と銘打たれた風鳴草は、職人工房のプレイヤーや中級錬金術師たちの注目を集め、出品から数時間で完売。
一方、“訳あり”は生活系プレイヤーたちのバルク購入が相次ぎ、在庫はほぼ一掃された。
「――やっぱり、正解だったな」
レンは、新たに届いた評価コメントを眺めながら、静かに頷いた。
そこにはこう書かれていた。
《等級表示がわかりやすくて助かる》
《高等級の香りがすごい! 錬金成功率上がった》
《訳ありでも普通に使える。コスパ最強》
品質を見極め、適材適所に届けることで、プレイヤーにとっての信頼と実績が築かれていく。
数日ぶりの快晴。
風鳴の丘からの帰り道、ひとりの青年が足取り軽くレンの拠点を訪ねてきた。
「おーい、レンさん! ちょっと見てほしいものがある!」
ドアを開けるやいなや、軽快な声とともに飛び込んできたのは、採取チームのひとり、《ミナト》だった。
「ん? どうした、いい顔してるな」
「へへっ、これ見てよ」
そう言ってミナトが見せてきたのは、ステータス画面。
彼の「採取スキル」欄には、見事に**“Lv6”**の表示が輝いていた。
「おお……! マジか、もう6まで上がったのかよ。早すぎない?」
「だって楽しいんだもん、風鳴草集め!」
頬をかきながら照れ笑いするミナト。その顔には、単なる金稼ぎではない、“やりがい”の色がにじんでいた。
レンは少しだけ笑って、手元のメモ帳を取り出した。
「じゃあさ、次から“群生地の根元採り”ってのを試してみてくれ」
「……それって何?」
「風鳴草って、風鳴の丘の北側斜面に群生してる場所があるだろ? そこでは地面ギリギリから根付きのまま採ると、品質と収量がアップする。ただし採取Lv5以上じゃないと成功率が悪いから、今のお前ならちょうどいい」
「マジで!? そんな裏技みたいな方法が……!」
目を輝かせるミナトに、レンは指を立てて笑う。
「ただし、草の根元は傷みやすいから、帰ったら即納品な。乾燥前処理も必要になる」
「了解! オレ、風鳴草職人目指すわ!」
「――いいな、それ。悪くない肩書きだ」
冗談めかした軽口を交わしながらも、レンの胸には静かな感動があった。
最初は単なる外注だった採取者たちが、今や“職人”としての意識を持ち始めている。
その変化は、たった数日で生まれたものではない。
レンの仕組み、姿勢、そして素材への愛着が、彼らにも伝わっている証だ。
かくして《風鳴草採取》という行為は、単なる労働から一段昇華し、専門技術としての地位を確立し始めていた。
草を摘む者ではなく、“風を聴く者”として。
そしてそれを束ねるレンは、確かに――このゲームの世界で、新しい職業の形を作ろうとしていた。