042,行商人、未来へつなぐ
空間が裂けるような衝撃が走り、レンの魔力刃が《アーカイブ=ゼロ》の装甲を斬り裂いた。
しかし、刃が触れたその瞬間――彼の視界が蒼い閃光に染まる。
「っ……なん、だ?」
視界に差し込むのは、映像。
誰かの記憶だった。
見慣れない都市。澄んだ空。浮遊する建物。人々の笑い声。
――それは、《フィアブル》がまだ“人の都市”だった頃の記憶。
「……っこれって……過去……?」
「記憶……直接見せてきてるのか……?」
ライト、ミナトや双子たちもまた、視界を覆う残像に気づいたようで、息を呑む。
笑顔の住民たち。
子どもたちのはしゃぐ声。
都市を守るために研究を続ける技術者たち。
そして――
《蒼晶核》を抱えた少女が、一人、天を見上げていた。
「彼女が……管理者?」
少女の独白が、心に響く。
『この世界を残すために、私は、記憶と共に消える道を選んだ――それが、私たちにできる“永遠”のかたち』
記憶の奔流が終わると同時に、アーカイブ=ゼロの動きが止まる。
「……戦いの意味は、“破壊”じゃなかった」
レンが低く呟く。
「《フィアブル》は、“忘れられた都市”じゃない。残された記憶を、未来に手渡そうとした“誰かの願い”だった」
沈黙していたアーカイブ=ゼロの身体が、徐々に蒼い光に包まれていく。
そして、最期の通信。
《記録確認。記憶継承条件、達成》
《あなた方の意志を、未来のアクセス権と認定》
システム音とは思えない、どこか安堵したような声だった。
アーカイブ=ゼロの身体が消え、代わりに中央の端末が起動する。
《中枢接続権限 解放完了》
「……やっぱり、“戦って終わり”じゃないんですね」
ミナトが肩を落としつつも、どこか笑っている。
「戦って、傷ついて、でも……こうやって繋がってくんだよ。記憶も、都市も、人の願いもさ」
レンは黙ってうなずいた。
過去を破壊するのではなく、未来へと“橋を架ける”。
この戦いは、ただのシステムとの衝突ではなかった。
《意志の交信》――その意味を、ようやく彼らは理解する。
光の螺旋を抜け、レンたちはついにたどり着いた。
そこは――蒼殻境界の中心核。静寂と浮遊する幾何学構造が、まるで神殿のような威圧を放っている。
「……ここが、《中枢》……」
ライトが息をのむ。情報の奔流と重力のゆがみが混在するこの空間は、明らかに“世界の裏側”だった。
中心に浮かぶのは、一片の《青晶核》。
そしてその奥――《少女》の姿があった。
「君は……あの記憶の……」
「“管理者ユノ=フィア”。記憶体としての、最終意思保存体よ」
少女――ユノが微笑む。
「今、この都市のシステムは、あなたたちに“未来を託す”判断を下そうとしている」
ユノが示す端末には、ふたつの選択肢が浮かんでいた。
選択肢A:都市機能を凍結し、記憶のみ保存する(安全策)
フィアブルの情報は保存されるが、都市そのものは封印。誰もアクセスできなくなる。
選択肢B:都市を解放し、再起動させる(高リスク高リターン)
都市は再び使えるようになるが、未解析のエネルギーや“シェルフィーネ”の再活性化リスクがある。
「……こりゃまた、胃にくる選択っすね……」
ミナトが苦笑いしながらも、目は真剣だ。
「やっぱ危険があっても、使えるなら使うのが正解なんじゃない?」
双子の一人、ユウカがいつもの調子で言い、ミズキも同意する。
「でも、それで“遺された意志”を踏みにじったら……それこそ意味がない」
レンは、静かにユノの視線を受け止める。
そして――口を開いた。
「俺たち《夜灯商会》は、“記憶”をただ残すだけの存在にはならない。過去も現在も未来も、全部抱えて進む。だから――選ぶのは“再起動”だ」
その瞬間、ユノの表情がやわらぎ、青い光が彼女の身体を包む。
「ありがとう……きっと、この選択は、新しい物語になる」
都市中枢が震え、青晶核が脈打つ。
《中枢再起動開始――アクセスコード認証完了》
《全システム、再構築フェーズへ移行》
重力が戻り、空間のゆがみが静かに消えていく。
フィアブルは、再び生きようとしていた。
帰り道、レンはつぶやいた。
「これが、終わりじゃなくて始まりなら……また俺たちの仕事が増えるな」
「ま、師匠の仕事が増える分には構いませんよ?」
ミナトがけらけら笑う。
「やれやれ……休ませてくれよな……」
けれど、その顔は、確かに笑っていた。




