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003,行商人、インフラを整える

 「売れると分かったら、次は“切らさないこと”が肝心だよな……」


 レンは、自宅の作業部屋で頬杖をついていた。

 乾燥処理した風鳴草はすでに20セット以上売れ、利益も出ている。しかし、手作業の採取と加工では限界がある。


 素材屋として一歩踏み出したレンは、次の課題に頭を悩ませていた。


 ――安定供給。


 風鳴草は確かに売れる。しかし、現状はレンが自ら丘へ採りに行って、乾燥して、出品している。これでは手間も時間も足りず、成長の天井がすぐに見えてしまう。


 「自分一人でやれることには限界がある。だったら……仕組みを作ればいい」


 レンは《初心者支援ギルド》の掲示板へと足を運んだ。画面の奥には、まだ装備もままならない初心者たちが、経験値を求めて右往左往している。戦闘に向かない生活系プレイヤーたちが、資金不足に悩んでいるのもレンは知っていた。


 「俺が彼らに安定収入を提供する。彼らが俺に安定供給を提供する。Win-Winってやつだな」


 レンは掲示板の依頼入力パネルを開き、慎重に文字を打ち込んでいく。


【採取依頼:風鳴草】

発注者:レン(素材屋・個人)

条件:風鳴りの丘での草素材採取経験者歓迎

内容:風鳴草(未乾燥)を1日あたり30本納品

報酬:1本あたり1.5G+継続ボーナスあり

備考:採取専用バッグと採取エリア指定、簡単な研修あり

コメント:丁寧にやってくれる人を歓迎します! 成果に応じて昇給も!


 掲示板に掲載された依頼は、その日のうちにじわじわと注目を集めた。風鳴草自体はさほど珍しい素材ではない。しかし、**「採取するだけで報酬がもらえる」「戦闘しなくていい」「継続ボーナス付き」**という条件は、まさに初心者にとっては理想的だったのだ。


 数時間後――レンの元に、3件の申請が届いた。


「おお……来たか!」


 レンが確認すると、申請者たちはいずれも生活スキルにポイントを振っているプレイヤーだった。


 一人目は《ミナト》、15歳の男子プレイヤーで採取スキルLv3。マップ知識も豊富。

 二人目は《リリィ》、裁縫職志望の女性プレイヤーで、植物知識スキル持ち。

 三人目は《ポチ丸》、語尾に「っす!」をつける元気系で、すでに採取ギルドに籍を置いていた。


 「いいメンツじゃないか……!」


 レンはすぐに彼らと個別にコンタクトを取り、専用の採取キットとマップを送付した。風鳴りの丘の中でも特に“群生地”として知られるエリアを指定し、採取ルートや時間効率のいい動線を共有。さらには“風鳴草の選び方”まで細かく指導する念の入れようだった。


 そして、翌日。


 「お疲れさまでした! 初回納品ありがとうございます!」


 レンの前には、30本・28本・36本と、合計94本の風鳴草が並んでいた。まだ湿り気のある状態だが、質は悪くない。


 「ふふ……これなら、乾燥して商品にできる数は十分。数日もすれば、100本以上のルートが安定するはず」


 レンは思わず口元を緩めた。


 これはもう、“素材採取の人手不足”というゲーム内で慢性的に発生している問題に、解決策をひとつ提示したに等しい。

 そしてなにより、こうして協力してくれるプレイヤーたちがいれば、彼自身が次の段階――**「加工と販売の最適化」**に専念できる。


「助かる。これで、毎日100本は確保できそうだ」


 風鳴草の採取ルートが整い、毎日コンスタントに素材が集まるようになったレン。だが、それは同時に新たな課題を意味していた。


 ――乾燥処理が追いつかない。


 風鳴草はそのままでは品質にムラが出る。乾燥処理を適切に施さなければ、価値は半減し、顧客の信頼も失われる。


 「だったら、設備を使えばいい」


 そう判断したレンは、クラフトギルドの施設棟に足を運んだ。そこにいるのは、設備管理を担当するNPC、《テラ》である。


 豊かな銀髪を後ろで束ねた女性型NPCで、職人気質な口調と鋭い眼差しを持つ彼女は、職人プレイヤーたちにとっても頼れる存在だった。


 「乾燥処理の設備を借りたいんだけど、個人でも契約できるか?」


 レンがストレートに切り出すと、テラは少し顎に指を添えてから頷いた。


 「できなくはないが……ギルド内の設備は利用制限があるし、予約も多いわ。商用目的なら――いっそ、自分で作る方が効率的よ」


 「作る?」


 「そう。小型の“乾燥炉”なら、個人でも十分組めるわ。木材と火力石、それに乾燥触媒。三つ揃えば、設計図も提供できる」


 レンの目が輝いた。


 「それ、作る。今すぐに」


 その足で素材集めに走るレンの姿は、すでに何人かの職人プレイヤーに“妙に動きの軽い素材屋”として認識され始めていた。


 《上質な薪》は木工ギルドから譲ってもらい、火力石は採掘ギルドで。乾燥触媒は高ランク錬金術師からレシピを買い、効果を自作で再現した。


 そして――


「できた……っ!」


 泊まっている宿屋の裏手に、レンは**簡易乾燥炉(Lv.1)**を設置した。見た目は小ぶりな石窯のようで、内部に設置された棚に風鳴草を吊るす構造になっている。


 木のふたを開けると、内側からほんのりと香ばしい熱気が立ち上った。


【簡易乾燥炉(Lv.1)】

・同時処理数:5本

・時間:1セット5分

・使用素材:風鳴草/薪/乾燥触媒

・耐久度:300(使用ごとに-1)


 「……これなら、1時間で60本。悪くない」


 草を一束手に取りながら、レンは炉に一本一本丁寧に差し込んでいく。


 「2基体制にすれば120本。ギリギリだけど……今の供給量には追いつける。よし、もう一基組むか」


 薪を割る音。触媒の調合。火を灯す儀式のような所作。


 それらすべてが、“素材屋レン”という職人プレイヤーの世界を形作っていく。


「作業効率、手作業の約3倍。品質も安定。文句なしだな」


 レンは思わず笑みをこぼすと、もう一束の風鳴草を手に取った。

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