038,行商人、調合師として戦う
商業区画・中央広場の奥。
その日、特設ステージに一人の人物が立った。
白銀のコートに身を包み、端整な顔立ちと背筋の通った姿勢。
だがそれ以上に目を引くのは、彼が背負う巨大な“蒸留器”を模した武装と、腰に下げた試薬の束だ。
観客がざわめく。
「え、まさか……あの人……!」
「嘘だろ……ゴルデナの《銀壺》、リアム=ヴェルンが出てきた……!」
──ゴルデナ商会の調薬部門を統括する天才錬金師。
特定状況下では“攻撃職にも対抗できる”と噂される、技術と知略を兼ね備えた者。
そしてその目が、レンを真っすぐに射抜く。
「貴君が、“即効型調合薬”で我が商会を脅かしている男か」
その声は静かで、だが確かな自負を含んでいた。
「……ああ、まあ、そうなるな」
レンは肩を竦める。
いつもどおりの軽口。だが、その目は冷静に敵の装備、動き、癖を分析していた。
「此度の騒動、我々の過失もある。それは認めよう」
「……ふん、珍しく素直じゃないか」
「だからこそ、此処で決着をつける。貴君の“品質”が我々を超えているのか、それともただの泡沫か――」
リアムが試薬を一本、片手で構えた瞬間。
風がうなる。
それはまるで、戦闘職と見紛う動きだった。
そして場内アナウンスが響く。
「──これより、“調薬師対決《名声決戦式》”を開始します!」
ルールは明快。
・テーマとなる症状に対して、制限時間内に薬を調合
・“効能”“安定性”“採算性”の三項目で評価
・判定は、中立の商会と各ギルドによる投票制
つまり、
――勝者は“市場”が決める。
リアムが第一声を上げる。
「テーマは、《即応性と持続性を両立した“高負荷戦用回復剤”》──」
ざわめく観客。かなりハードルが高いテーマだ。
「任せろ。昨日考えてたところだ」
レンは即座に背負い袋から素材を取り出し始めた。
その手つきは迷いなく、だが華美ではない。
熟練と経験と、少しのこだわり。
「──さて、“老舗の意地”とやら、見せてもらおうか」
蒸留器が稼働する音が響く。
二人の調合師の一騎打ちが、今ここに始まった。
投票の鐘が鳴り響く。
審査員たる各ギルド代表、商業都市の監査人、観客の代表者、そして中立組織《取引連盟》。
それぞれの評価が、各項目ごとに票として集まっていく。
──効能部門。
即応力ではレンの薬がリード、持続時間ではリアムの薬がわずかに優勢。だが……
──安定性部門。
レンの新技術“二重封薬式”が高く評価される。
──採算性部門。
市場価格と量産効率で、レンの薬が圧倒。
そして、全票が開示された瞬間──
「勝者、《夜灯商会》代表・レン!」
場内が沸く。
そして、沸きながらも一部の商会関係者が天を仰ぐ。
敗北の結果、ゴルデナ商会の“品質独占神話”が崩れたことを意味するからだ。
ステージ上、リアムが帽子を脱ぎ、軽く頭を下げる。
「見事だ、レン。確かに君の調薬理論は、もはや“革命”と呼ぶに足るものだった」
敬意ある言葉。負けた悔しさを押し込めて、それでも誇りを保っている。
「いや、そっちの持続処方も面白かった。改良すれば十分超えてくるよ」
「それでも、君は一歩早かった」
二人は言葉を交わし、最後に小さく笑う。
それは──競争の中にある、尊敬の微笑み。
そして数日後。
夜灯商会の本店前には、いつも以上に客の列が並んでいた。
ティルフィア戦、祭り勝負、ゴルデナ戦を経た結果──レンの名は今、全サーバーの生産職プレイヤーに知られていた。
当然、模倣と研究の動きも早い。
だが、それを織り込み済みでレンは次の一手を用意していた。
「さてと、そろそろ次の……“改革”でも起こすか」
ミナトが笑顔で頷き、
双子が「また戦わせろ!」と叫びながら暴れ、
ギルド連中が情報を求めて出入りする日々。
夜灯商会は、今日も賑やかに。
そして確かに、ゲーム世界の“中心”に存在していた。




