034,行商人、畑を買う
「……うん、限界」
朝一番、店の棚を見て俺はそう呟いた。
薬のストックは日々減る。
ありがたいことに注文は途切れず、双子のような脳筋勢からは回復ポーションの“高回転納品”を要求される。
だが、最大の問題は――
「素材、安定しねぇ……!」
特に“セラ草”と“ルーフ芽”。どっちも最前線で需要が跳ね上がってる希少素材だ。
業者からの納品数も安定せず、交渉にも疲れた。だから俺は決めた。
――自分で育てる。
というわけで。
「というわけで、畑を買いに来ました」
向かったのは、街外れの農地ギルド《緑の環》の土地仲介部門。
受付で書類を出した瞬間、おばちゃん受付嬢がメガネをずり上げる。
「薬屋さんが畑? 自分で作るの? 素材?」
「ええ、もう業者との交渉は飽きたので」
「あー、それわかるわぁ。うちの旦那も昔それで自前の畑はじめてねぇ」
なぜか始まる農家人生回顧録を聞き流しながら、紹介された候補地の書類に目を通す。
――どれもそれなりに悪くない。水源もあり、気候も安定。特に“第三候補”の南側土地が、薬草栽培には好適だ。
「第三候補、即決で。あと、もし農地ギルドに空きハウスがあれば作業小屋も一緒に借ります」
「やだ、即決とかカッコいい。好き」
「え、はい」
予想外の好感度上昇に軽く戸惑いつつ、手続きは順調に進む。
その後――
「うわー、広っ!」
「おーいレンくんー! こっち石だらけだけど大丈夫ー!?」
どこからともなく現れたユウカとミズキが畑に乱入してくる。
「なぜいる」
「来たら“薬草畑作る”って書いてあったもん」
「イベントかと思って!」
イベントじゃない。現実だ。
そのあと、ミナトもやってきて本格的な開墾作業が始まる。
「……なんで俺、行商人のくせに薬屋やってるのに鍬持ってんだろうな……」
「レンくん、ゲームってのは何でも屋になるものっすよ」
「うわ、今いいこと言った風な顔した……!」
かくして、薬屋の新たな一手――
《自家製薬草畑計画》が、やかましく、しかし着実にスタートを切ったのだった。
その日、空気が少しだけ重かった。
風が止み、畑の薬草たちがざわめくように葉を揺らす。
まるで、何かを警戒しているかのように。
「……そろそろだな」
俺は道具箱を閉じ、畑の中央へと歩を進めた。
一定の収穫量を超えたとき、突然現れるイベント――《害獣駆除》。
公式には何の告知もない、いわゆる初見殺し系サプライズコンテンツだ。
一度でも防衛に失敗すれば、畑の作物は――全部、消える。
「努力を積み重ねたプレイヤーにだけ訪れる過酷な洗礼」。
そんな“運営の悪ノリ”が詰まったこのイベントは、一部のプレイヤーの間で
《畑の死神》とすら呼ばれている。
――でも、もう俺は知ってる。出現条件も、進行パターンも、対策も。
情報さえ揃えば、ただの“割のいい報酬イベント”にすぎない。
だから俺は、ほんの少しだけ口元を吊り上げて、つぶやいた。
「……来たな、害獣」
直後――
畑の東端。作物の根の間を、何かが音もなく這いずる気配。
続いて、ずるり、と地面が割れた。
「っ……出た!」
ミナトが叫ぶのと同時に、土の中から現れたのは――
ぶよぶよとした黒い毛玉、三対の赤い目。サイズは小さいが動きが素早い。
しかも今回は――数が多い。
「数、増えてるな……!」
そう、実はこの害獣イベント。回数を重ねるごとに難度が上がる仕様。
当然、ソロでの対応は極めて困難。
「援護するよー!」
叫びながら、ユウカとミズキがスコップを逆手に握って飛び込んできた。
「畑、守るってことは収穫前に戦えるってことだよね!?」
「収穫はボーナス! 害獣倒すのがメインコンテンツってことでしょ!?」
「お前ら、そういうゲームじゃねえからな!?!?!?」
双子のテンションが爆上がりするなか、
俺たちの《薬草畑 vs 害獣軍団》――静かに、そして熱く火蓋が切られたのだった。
ゴゴゴゴ……。
畑の土が唸り、黒い毛玉――いや、正式名称が次々と地中から這い出してくる。
3体、5体、10体……って、まだ増えるのかよ!
「来すぎだろコレ!? どこが“初級向けお試しイベント”なんだよ!?!?」
俺が叫んだときには、もう双子が前線に突っ込んでいた。
「レン、後方のハーブエリア頼んだー!」
「こっちは全部潰してくるから!」
「潰すな! 作物守れ!」
言ってるそばから、ユウカがハンマーみたいな園芸スコップで《ダスクファー》を吹き飛ばす。
ミズキは逆に巧みに囲い込み、範囲魔法でまとめて焼却。
畑イベントとは思えない、殺伐としたエフェクトが咲き乱れる。
「おいコラ! あの辺の薬草、もう焼け焦げてんじゃねえか!!」
「“損耗許容範囲内”ってことで!」
「出荷用には使えないがなッ!!」
だが、それでも双子の動きはプロ級だ。
連携の精度、判断の速さ、何よりプレイヤースキルの高さがえぐい。
まさに“畑で暴れる最前線ギルド所属の破壊双子”。
──それでも敵は減らない。
「ちょっと、湧き続けてない!? これ、時間制か!?」
「イベントログ確認……くそ、“耐久成功まで5分間防衛”だ!」
つまり、5分守り切れば勝ち。倒しきる必要はない。
だが5分間、畑のどこかでも突破されたら即アウト。
「時間稼ぎなら任せて! あたし、雑魚の相手するの得意だから!」
「お前らの“雑魚”の基準は一般プレイヤーと違ぇんだよ……!」
双子が動きを変える。ひとりが外周の敵を引き付け、もうひとりが動きの速い個体を殲滅。
俺は防衛結界の制御装置前で、回復と補助魔法を絶やさないように詠唱を続ける。
「くっ……熱冷却のリズムがズレた……!」
作物の一部が高熱でしおれはじめる――その瞬間。
「レン、カバーするよ!」
ミナトの影が差し込む。
魔導銃から放たれる氷結弾が、《ダスクファー》を一列まとめて凍結させた。
「3時方向クリア! 残り60秒!」
「よし! このまま押し切れ!」
俺の指示とともに、ユウカが地面に杭を打ち込み、ミズキがそこを起点に防壁魔法を展開。
「“守りは攻めから! うちの家訓だ!”」
「“畑でも戦場でも変わんない!”」
「だからこの状況がおかしいんだってば!!」
そして――カウントがゼロになるその瞬間。
ピィィイイイイイイン……ッ!
畑の上空に展開された警報エリアが消え、害獣たちが一斉に霧のように溶けて消えた。
――《イベントクリア:害獣駆除 完全防衛》。
「……勝った……!」
「やったね! 収穫率100%保証だよ師匠!」
「ほらほら、褒めて褒めて褒めて!」
双子が、なぜか勝利のハイタッチの流れで俺にダイブしてきて畑の中央で全員もみくちゃに。
「お、おまっ……作物、踏むなああああ!!」
こうして俺たちの畑、無事、害獣防衛戦に初勝利したわけで。
今後の安定供給と、新商品の基盤がここに誕生した――
……が、次回も双子を呼ぶかはちょっと考える余地があるな。




