033,行商人、舞い戻る
視界がじんわりと色を取り戻していく。ログインした瞬間、どこか懐かしい香りが鼻をくすぐった。
――やっぱ、俺の店の匂いって落ち着くな。
ひんやりしたカウンターの感触。棚に整然と並ぶ薬瓶たち。久しぶりに見る景色に、ついホッと息をついた瞬間――
「師匠ぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!!」
後ろから爆弾でも飛んできたかのような勢いで、俺にミナトが飛びついてきた。
「うわっ!? ちょ、お前!?」
「ほんっっっっとに! 心配したんすよ!? 何も言わずに急に落ちて、連絡もつかないし!! 死んだのかと……いやマジで師匠の墓用意しそうになったっす!!」
「気が早すぎるだろ!?」
ミナトはそのまま俺の腕をガシッと掴んで、真顔になる。
「体、大丈夫なんすか……?」
「……ああ。もう大丈夫だよ。ちょっと熱が出ただけでな。現実で点滴打たれて寝てた」
「っ、よかった……! あの、ほんとに、無理だけは……」
言いかけてから、ミナトはぐっと言葉を飲み込む。
いつもは軽口ばっかり叩いてるのに、今日はやけに真剣だ。
「……お前、俺の保護者かよ」
「弟子なんで」
間髪入れずに返された言葉に、思わず笑ってしまう。
ああ、やっぱりこの世界はいいな。ここには、俺を必要としてくれる人がいる。
「で? 店、何か変わったか?」
「変わったどころじゃないっすよ! 在庫は減るわ客は不安がるわ、双子先輩は暴走しかけるわで地獄でしたよ!!」
「……あいつらは何をしてんだ……」
「とにかく、もう無茶しないでください。いなくなると……やっぱ寂しいっすから」
「……あいよ。ありがとな、ミナト」
――帰ってきた場所に、変わらず迎えてくれる奴がいる。
それだけで、今日のログインはもう大成功だ。
「じゃ、看板出すぞ。再開だ」
そう宣言して、俺は店の木製サインボードをカタンと外へ出す。
そこには――
《 夜灯商会》本日より通常営業。
新作・高品質ポーション各種入荷!
試供無料! 急げ、数に限りあり!
……とまあ、煽り気味の一文。ついでにミナトのセンスが爆発してる。
「目立たせたい気持ちはわかるけど、こういうのってもう少し落ち着きが――」
「いえいえ! 今は“攻め”っすよ! 師匠不在の数日、店のファンが心配してたんですから、ドカンと行きましょう!」
ミナトはすでにカウンターに立ち、ローブ姿でやる気満々だった。
奥の調合室からは、乾いた薬草の香りが心地よく漂ってくる。
「……じゃあ、俺は調薬室にこもる。お前、外の客対応任せた」
「まっかせてくださいッス!」
ミナトの声が外に響くのとほぼ同時。
店のドアが勢いよく開かれた。
「やっぱり本当に戻ってたー! ここの傷薬ないと狩りにならないんだよ!」
「回復ポーションまだある!? まとめ買いしたい!」
「新作って本当!? 師匠の実験的なの欲しいんだけど!」
待っていたかのように、冒険者たちがどっと押し寄せてくる。
――これだ。このざわめき、この熱量。
この世界の中で俺が築いた“小さな王国”。
俺は静かに扉を閉め、調薬台の前に立つ。
「さて……久々に、調合するか」
ポーションの色彩が瓶の中でゆらめき、混ぜ合わせた魔素がやわらかく光を放つ。
右手はすでに、迷いなく動いていた。
ブランクなんてものは、ここにはない。
「レン特製、回復促進剤+α、試作No.21。――さあ、帰ってきたぞ」
扉の向こうでは、ミナトが客を捌く声と、遠くで聞き覚えのある双子の声。
「レンくんー! レンくんいるー!? 入るよー!!」
バァンッ!
店の扉が派手な音を立てて開かれ、元気すぎる声が店内に轟く。来たな、と思う間もなく。
「どこどこ!? いた!! あーほんとにいたー!」
「生存確認っ!」
まるでミッション完了のようなテンションで、金髪ポニテと銀髪ショートの二人組――
双子の戦闘狂、ユウカとミズキがズカズカと店内に突入してくる。
「おい、ここ薬屋な? 飲み屋じゃないから静かに入れ」
俺が注意すると、
「えー、でもねー」
「レンくんが病院からログインしたら“店開けてる”って聞いて、来ないわけにいかないじゃん?」
まったく悪びれずに、むしろ笑顔で応じる二人。
その後ろでは、ミナトが心底困った顔で接客していた。
「師匠……こっちもこっちで忙しいんで、この双子の処理お願いしていいですか?」
「“処理”って言ったな!? おーい聞いたかミズキ! ミナトくん私らのこと“処理対象”って言ったぞ!」
「うん聞いた聞いた! 処理対象ってことは“討伐対象”ってことかもしれない!?」
「ならPvP申請いく!? 今この店で!? 勝ったら店乗っ取りでいい!?!?」
「やめろ、客の前で決闘始めようとすんな!」
あまりの騒がしさに、他の客も引き笑いを浮かべる始末。
が、ある程度この店の常連は“ああ、あの双子ね”と察して、静かに距離を取っている。もはや風物詩だ。
「で? 何しに来たんだお前らは」
俺がため息交じりに聞くと、二人はぴたっと動きを止め、急にまじめな顔になる。
「新薬、試作品もらいに来た!」
「最前線、マジでポーション回復間に合わん。ここのやつしか信じられん」
「あと副作用ちょっと強めのやつ希望! たぶん耐えられるから!」
「たぶん、って言うな」
それでも真っ直ぐな目をしてるから困る。
二人が最前線に立っていることは知っているし、そこでは一秒の遅れが命取りになる。だから――
「……副作用込みの“攻性回復薬”、一種だけ試してみるか? 短時間で回復するけど、代償に一定時間スキルディレイ延長な」
「おおぉ、それ欲しかったやつ!」
「ミズキ、私たちにぴったりじゃない!? 回復終わったら脳筋で殴り倒すしかないから!」
「それな!」
「それな、じゃない」
俺は苦笑しながら、カウンター奥の小箱から数本の瓶を取り出した。
「ただし、試用条件はレポート提出。あとな、壊した店の棚は次から弁償な?」
「うっ……あ、あれは勢いが……」
「うん……あれはたぶん、ちょっと、派手に斬りすぎた感……」
さすがに少しだけ反省の色を見せる二人。
とはいえその反省が長く続くわけもなく、
「でもレンくん、ぶっちゃけまた棚壊れたら補強した方がいいよ?」
「筋力Dの人間が普通に歩くだけで棚揺れてたし!」
「誰のせいだよ!!」
やかましい双子が現れたことで、店はいつにも増してにぎやかになる。
けど――こういう時間も、悪くない。
帰ってきた日常ってやつだ。




