031,行商人、看病?される
《ゲーム内 夜灯商会 深夜》
夜の店舗は、珍しく静かだった。
カウンターには調薬中のポーションが三十本以上。
書きかけのレシピ、半分しか入力されていない仕入れフォーム、冷えたままのスープ皿――
「……あと、これだけ終われば……」
俺はぼんやりと画面を見つめながら、スパイスの配合を間違えたことにも気づかず、再び機械的に調合ボタンを押していた。
「……ん?」
画面が、揺れる。
視界がチカチカと明滅し、BGMが遠ざかる。
耳鳴りのような高音が、脳の奥に刺さった。
体が……重い。呼吸が、うまくいかない。
「……やっべ……これ、マジのやつだ……」
視界の隅に、ログイン状態を示すインジケーターが真っ赤に点滅していた。
そして、その中央に浮かび上がる警告文。
【注意】脳波異常を検知しました。健康のため、強制ログアウトを実行します。
ああ、やっぱり。
「……これ、強制だな……」
床に手をつこうとしたが、腕が言うことを聞かない。
カウンターの裏に倒れ込む瞬間、店内のランプの灯りが、すうっと消えた。
最後に見たのは、棚の奥にある誰かからの手紙と――
ほのかに香る、あの甘い薬草の匂い。
《現実世界・病室》
機械音。消毒液の匂い。点滴。
「……あー、こりゃあ、やらかしたな……」
俺は、味のない天井を見上げながら、深く、深く息をついた。
「……ちょっと、夢中になりすぎたかもな……」
《現実世界・市内病院 特別個室》
昼下がりの病室。点滴はまだ続いているが、熱も下がって少しは動けるようになった頃。
俺は退屈しのぎに、ベッドの上で小型端末をいじっていた。
――その時だった。
バンッ!!
「病人襲来っ!!」
「違う違う、“お見舞い”な!? それもうクエスト名みたいに言わないで!!」
病室のドアが勢いよく開き、入ってきたのは――
そう、俺の幼馴染みで双子の戦闘狂。ユウカとミズキだった。
マスクと帽子はしているが、見慣れた顔立ちは隠せていない。
「お前ら……どうやって入ってきた……?」
「病院の受付の人に“患者の親族です”って言ったら通された!」
「お前それ……堂々と詐称してんじゃねえか……!」
「いやいや、レンくんとは魂の親族ってことで! メンタル血縁!!」
「“絆の血統”ってやつでしょ! ゲームで散々共闘した仲じゃん!」
「完全に詐欺だろそれは……!」
二人はベッド横の簡易椅子に飛び乗り、病室をまるで溜まり場のようにくつろぎ始めた。
「でもマジで大丈夫だったの? 強制ログアウトって聞いた時、リアルで倒れたんじゃって……」
「……ああ、大丈夫。一応“過労”って診断だった。脳波と自律神経がちょっとアレだったらしいけど」
「うっわぁ、ブラックギルドの社畜じゃんレンくん」
「自営業だわ……ていうかお前らこそ前線で暴れてるんじゃなかったのか?」
「んー、ミズキと交代でお休み取った! いまは非戦闘モード!」
「しっかりレンくんが倒れたって聞いたから、せっかくなら元気出る差し入れをと……」
そう言ってミズキが取り出したのは――
「じゃーん! 手作りのおかゆ&高タンパクゼリー!!」
「ちなみに私は! 体が温まるスパイスミルクティーと! なんか元気出そうな赤い栄養ドリンク!!」
「方向性がバラバラすぎるだろ!!」
二人の声は、病室の壁を軽々と貫通しそうな勢いだったが、不思議と胸に温かさが残った。
「……ありがとな」
そう素直に呟くと、ユウカがふっと表情を和らげて、
「……当たり前でしょ。リアルで倒れるまで無理する奴なんて、私らが止めなきゃ誰が止めんの」
「次またそんな無理してたら、今度こそ二人で担いで強制ログアウトさせるからね」
「それゲーム内の話だよな……?」
二人して、ぐっと親指を立ててくる。
――ああ、ほんと、うるさいけどありがたい。
俺は少しだけ、安心して目を閉じた。
《病室・午後》
「レンく〜ん、ちょっと見てよ! 似合ってない? 似合ってるよね!?」
「ほらほら私も! 入院ごっこ〜! 完全に雰囲気出てるでしょ!」
……目が覚めたら、そこにいたのは、病衣を着てベッドでくつろぐ双子だった。
「いや何してんのお前ら……!? それ俺の着替え入ってたロッカーだろ絶対!」
「え、だってサイズ同じくらいだし?」
「入院してる気分を味わってみたかったの! 非日常体験ってやつ!」
パジャマのような薄青色の患者衣に身を包み、満面の笑みでピースするユウカとミズキ。
二人の足元には脱ぎ散らかした私服が散らばっている。
「戦闘民族のテンションで着るもんじゃねーだろそれは……」
するとタイミングを見計らったように――
バァンッ!!
「……あなたたち、なにやってるんですか!!」
突如開いた病室のドアから、鬼の形相の**ベテラン看護師(推定Lv80)**が現れた。
「ひっ」
「し、師範代だ……!」
「誰が師範代よ。そこっ! 患者衣は“病人”に“貸し出し制”なんです! ふざけて着るものじゃありません!!」
「い、いえその……コスプレ的なノリで……!」
「その理由が一番ダメですッ!!」
看護師さんの怒鳴り声が廊下まで響き、となりの病室の人がヒョコッと顔を出してくる始末。
「ほら早く脱いで私服に戻して!! 返却! 即返却!!」
「はーいすみませんでしたああああああ!」
二人ともきっちり正座させられ、俺はその隣で腹を抱えて笑っていた。
「うるさすぎて治りかけの病気ぶり返すわ……」
でもまあ、このテンションも悪くない――
そんなふうに思った、退屈しがちな入院生活の一幕だった




