002,行商人、調べる
翌朝、ログインしたレンは、まず市場通りを歩いた。
「さて……“敵も自由に動く”か。なら、まず敵の顔を見せてもらおうじゃないか」
昨日、自分の露店に人だかりができていた。逆に言えば――他の誰かの売上が、減っているということだ。
(行商プレイヤー、素材バイヤー、転売屋……。同じ発想にたどり着いてる連中が、いないとは限らない)
マルシェ・ブランカの中央広場には、数十軒の露店が立ち並ぶ。装備、ポーション、素材、アクセサリ――
戦闘職のプレイヤーが余った戦利品を並べる「なんでも市場」だ。
だが、その中で、ひときわ目立つ露店があった。
【素材専門・エスティ商会】
・薬草束(3本):10G
・羊毛ロール(3色):15G
・銅鉱石×5個セット:18G
※毎日補充/取り置き応相談
「……完全に、被ってる」
売り物、価格、セット販売の構成――どれも似ていた。ただし、彼の店よりも“ほんのわずかに高い”。
その露店を構えるのは、金髪の女プレイヤーだった。装備は軽装、職業表示は《商人》。
(こっちは俺と違って、職業として商人を選んでる……? いや、あれは職業スキルで露店拡張してるな)
レンは人ごみに紛れながら、しばらくその露店を観察した。
訪れる客は多い。だが、彼女は一人一人に対して会話を交わし、リピーターを増やしているようだった。
「また来てくれてありがとう。今回はおまけつけるね」
「この素材、次は港町でしか手に入らなくなるかもよ?」
「他の店より高い? うーん、でも品質は保証するよ?」
レンは内心、舌を巻いた。
(うまい……完全に“営業”してる。売ってるのは素材でも、商売してるのは“信頼”だ)
ただの転売ではない。このエスティという女プレイヤーは、ちゃんと「仕入れルート」「商品管理」「価格戦略」「営業活動」すべてをやっていた。
しかも、露店の背後にある看板には、こう書かれていた。
【エスティ商会:第5支店】
支店一覧:王都・港町・森の村・雪の高地(定期巡回あり)
(第5支店……? ってことは、ギルド単位で展開してるってことか)
レンは軽く息を飲んだ。
これはもはや、行商プレイヤーのレベルではない。
完全に“商業ギルド”の仕業――「経済を本気で制圧しに来てる」タイプだ。
その日の夜、レンは個人用のメモ帳に“競合情報”をまとめていった。
【競合調査メモ】
・名前:エスティ商会
・形態:ギルド運営、拠点型・支店展開
・商品:素材、クラフト系、鉱石など(価格は中~高)
・戦略:高回転+接客重視、信頼ベース
・対応:価格競争は避け、差別化方針で勝負
「このままだと、いつか飲まれる。俺の規模じゃ、正面からぶつかっても負けるだけだ」
レンは視線を上げた。ログハウスの倉庫には、今日仕入れたばかりの“実験的商品”が並んでいる。
(なら、こっちは“変化球”で攻める。相手が持たない売り場で、俺だけの需要を掘り起こすんだ)
レンは翌朝、街から離れた“ある村”に向けて出発した。そこには――まだ誰も目をつけていない、とある素材が眠っていた。
レンは街の北にある《風鳴りの丘》を目指していた。初心者エリアの外れにありながら、戦闘職のプレイヤーには人気がない。
(このエリア、敵は弱いのに報酬がしょぼいって理由で、ほとんど人が来ないんだよな)
だが、レンはある“例外”に気づいていた。
昨日、偶然この丘を通ったとき――風に揺れる青緑色の草が視界に入った。それは、どの素材屋にも並んでいなかった。
【風鳴草】
種別:草素材/調合用
効果:風属性付与、香料としても使用可能
備考:乾燥処理で効果持続時間アップ
「風属性……? これ、ポーションとは違うカテゴリか?」
その場で一本採取し、持ち帰って簡易の“乾燥処理”を試したところ、アイテムの説明文に変化があった。
【風鳴草(乾燥)】
・香料、料理素材、付与魔法の触媒として使用可能
・市場取引履歴:なし
・NPC販売価格:1G(需要不明)
「市場履歴ゼロ……ってことは、誰も売ったことがない。つまり、“先駆者”ってことだ」
レンは不敵に笑った。
(こいつは――“ブルーオーシャン”だ)
風鳴りの丘の斜面を進むと、そこかしこに風鳴草の群生地がある。採取には少しコツが必要で、強風で揺れる草をタイミングよく掴まなければならない。
「よし、まずは20本……。あとは乾燥用に薪とハーブケースも仕入れよう」
数時間の作業の後、彼のインベントリには“風鳴草(乾燥)”が30個近く並んでいた。香料カテゴリに分類されているが、説明文には「触媒」ともある。
(触媒ってことは……魔法職のクラフターが使える可能性がある。薬品だけじゃない、新しい客層に刺さるかもしれん)
その日の夜。レンは初めて、“実験的商品”だけを並べた露店を開いた。
【レンの素材屋:試験販売】
・風鳴草(乾燥)×1本:6G
・3本セット割:15G
※香料・料理・触媒向け/感想・使用報告歓迎
露店の前には最初、誰も足を止めなかった。だが、通りすがりのローブ姿のプレイヤーが、ふと立ち止まり、品物を手に取った。
「……これ、風鳴草じゃん。フィールドにはあったけど、乾燥処理って使えるの?」
「試験的だけど、香料にもなるし、付与魔法の触媒にもできるらしい」
「マジか。俺、風属性のスキル強化レシピ探してたんだよ。これ、1セットもらう」
一人、また一人と、風鳴草は売れていった。
翌朝。レンの露店前には、見慣れないメッセージが届いていた。
【システム通知】
《風鳴草(乾燥)》は新規流通アイテムとして取引記録が登録されました。
初回登録者報酬:調査協力ボーナス+10G/ギルド名声+1
(よし……完全に“先手”を取った)
しかも、香料カテゴリの需要が予想以上に高いことがわかった。どうやら、料理ギルドやクラフト職が“風味素材”として探していたらしい。
その夜。レンは笑いながらメモ帳を更新した。
【商品研究】
・風鳴草(乾燥):香料・触媒・料理素材
・市場競合:ゼロ(現時点)
・販路:魔法職、料理人、クラフトギルド
・今後の課題:安定供給体制/高品質化
「見つけたぞ。誰も気づいてない、“需要の狭間”にある金脈を――!」