026,行商人、実践で実験する
《第七探索区画・亀裂峡谷フィールド》
鋭い岩肌が連なる峡谷。自然の侵食ではなく、魔力の暴走によって生まれたというこの地は、いまだ生態系も安定しておらず、危険度は相当高い。中ボス級の魔獣がうろつく場所に、俺たちは三人で突入していた。
「支援薬・改良版A、展開するぞ。ユウカ、ミズキ、暴れすぎてバフ切らすなよ」
「はーい☆」
「言われる前から切らせるつもりなんてないよ~?」
双子は相変わらず、声だけは素直だった。
俺は腰のポーチから二本の蒸気封薬を取り出す。青と赤に染まった液体が、細いガラス管の中で泡立っている。
「それぞれの調整、10秒後に効果が発動する。スタミナ増幅、反応速度上昇、筋繊維の魔導促進処理済みだ」
「よし、テンション上がってきたぁあ!」
「レンの薬ってだけで信頼できるもんね。てか、筋繊維って何?」
「簡単に言うと、殴ると速くて強い」
「最高ッ!!」
ふたりの目が輝く。
薬を投げ渡すと、空中でガラス管が弾ける。その霧状の薬液が双子の身体を包み込むや――
「――来るよッ!」
峡谷の奥から、魔獣が唸りをあげて突っ込んできた。三本の腕を持つリザード型の中型ボス、《クレイフレイム・サーペント》。
「じゃあ姉さん、右回りで!」
「おっけ、ミズキは左ね!」
スキル同時起動。《双旋斬光》《影踏み返し》。瞬間的に双子の姿が残像となり、サーペントの前後を取る。
その身の丈を超える大剣を、姉妹それぞれが片手で振るった。
――バギィン!!
魔獣の硬質な鱗が、紙のように切り裂かれる。
速い。重い。動きに無駄がない。
支援薬の効果と、本人たちの戦闘センスが完璧にかみ合ってる。
「ミズキ、今! 合わせるよ!」
「《双月斬》!」
ふたりの剣が十字に交差し、サーペントの中心を貫いた。
直後、爆発的な閃光とともに魔獣が崩れ落ちる。動かなくなった巨体の上に、ふたりが同時に着地した。
「――っしゃあああああ!!」
「テスト、合格! 大合格!! レンくん、マジで天才!」
……ハァ。
「まだサンプルの一本目なのに、こいつらテンションマックスじゃねぇか……」
それでも、悪い気はしない。
強さを引き出すのは、薬だけじゃない。信頼して使いこなしてくれる“人”がいること――それが一番の成功要因だ。
「ふたりとも、あとはクールダウン兼ねて、反応データ測るから」
「え~っ、もう1匹くらいやっていいでしょ?」
「いやそこに5匹くらいいるよ?」
「よし行くぞミズキー!」
「いぇい☆」
「待て、だから反応測るっつってんだろォォ!」
《第七探索区画・亀裂峡谷・第二区画・再突入中》
さっき倒したばかりのクレイフレイム・サーペント。それと同等か、むしろそれ以上の魔獣が、今度は二体同時に出現。
「レンくーん! ちょっと薬すごすぎじゃない!?」
「これ筋繊維どころか、私の魂までブーストしてる気がするんだけど!?」
ユウカとミズキが、目をギラつかせながら笑っていた。楽しそうというより――興奮してる。明らかに、やりすぎてる。
……やべぇ。
「おい、まだモニタリング中だって言ってんだろ!」
「レンくん見ててぇええ! いっくよおおお!」
「双牙・連撃モード、起動!」
二人の剣が紅蓮の軌跡を描いて地面を抉り、リザードの片方を一瞬でミンチに変えた。
――その直後。
ズズン、と。
地面が、不穏に揺れた。
「ちょ、マジで……!? 魔力ノイズ出すぎて、地形に干渉起こしてんじゃねぇか!」
警告ウィンドウが俺のUIに表示される。
【警告:対象ユニットの魔導反応値、限界値を32%超過――暴走フェーズに突入します】
「うそだろ……!? 理性、飛ぶぞそれ!」
ミズキの髪がふわりと逆立ち、目に赤いエフェクトが走った。ユウカはすでに魔力を帯びた大剣を、地面に突き立てていた。
「はーはっはっは! 私、今……最強かもしれない!!」
「やべぇ、マジでこっちの声届いてねぇ!」
俺は慌ててバックポーチから“強制鎮静処理剤”を取り出す。これ、まだ実験段階なんだけど……今使うしかねぇ!!
「くらえっ!《沈静β(ベータ)》!」
液体入りの小瓶を魔力弾に変換し、ふたりの足元へ撃ち込む。
――カシュン、と霧状に展開されたそれが、双子の身体を包む。直後、激しい咳き込みが二人から漏れた。
「ゲホッ、なにこれ……く、苦っっっ!」
「鼻の中が草原焼いたみたいな匂いする……げふっ!」
倒れこむ双子。
……よし、鎮静完了。
俺は深く息を吐いた。全身の筋肉が強張っていたことに、ようやく気づく。
「もー……れ、れんくん、あれ、ちょっとやりすぎじゃない?」
「わ、たしも……火山に殴りかかった気分……」
「お前らが突っ走ったんだろーが!!」
思わず叫びながら、俺はふたりの頭を軽くこづいた。反応はなかった。意識はあるが、放心しているだけだろう。
「……しっかし、これでようやく限界値のデータは取れたな」
俺は苦笑する。
いろいろやらかしたが――それでも、俺の薬は“最前線でも通用する”って証明できた。
……問題は、使用者のほうだ。
暴走防止プロトコル、ちゃんと設計しよう……本気で。




