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ワンモア・バザール~最底職行商人、成り上がる~  作者: とあるアルパカ


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024,行商人、一息つく

ログイン完了の視覚エフェクトが視界を抜け、ほんの一瞬の浮遊感とともに、世界が色を取り戻す。




 ――仮想世界オルタナ・クロニクル。ここは、俺のもう一つの居場所。




 まぶたを開けると、そこはいつもの店舗裏の作業室だった。木のぬくもりと薬草のかすかな香りが、現実世界にはない安心感を連れてくる。




「……ふぅ」




 革張りのスツールに腰を下ろし、深く息を吐く。




 静かな空間。NPCスタッフが開店準備をしている物音が遠くに聞こえ、窓の外では朝靄に包まれた市場通りが静かに目覚め始めていた。




 俺はカウンターに置かれたマグカップを手に取る。中にはログアウト前に用意しておいた、自作の《スイートハーブ・ミルクティー》。効果は「精神集中・微小」――まあ、味を楽しむための一品だ。




 一口含む。ほんのり甘く、喉の奥でハーブの香りがふわっと広がる。




 ……ああ、やっぱこっちのが落ち着く。




 現実じゃ制限の多いことも、ここなら自由だ。喧騒も、時間も、全ての縛りから解き放たれるこの場所で、俺はようやく“素”に戻れる。




「さて……今日の営業、どうすっかな」




 ログイン通知がちらほらと表示されはじめる。常連ギルドからの注文リスト、新素材の取引依頼、そして――“彼女”からの「今日こそ同行するぞ」メッセージ。




 ――ああ、騒がしい一日がまた始まりそうだ。




 でもそれでいい。




「……行ってきますか、“マスター”のお仕事に」




 俺は立ち上がり、店のカウンターに向かって歩き出す。




 ログイン直後の数分間。誰もいないこの静かな時間だけが、俺の特別な“リセット”タイムだ。




 けれどそれが終われば――また、この世界を走り出す番だ。




カラン、と扉のベルが心地よく鳴った。




 開店と同時に流れ込んでくるのは、空気と共に立ち込める人の気配。もうすでに店舗の前には、素材集め帰りのソロプレイヤーから大所帯ギルドの使者、初見らしき初心者プレイヤーまでが列を成していた。




「《夜灯商会》、本日も開店です。順番にお並びください」




 ミナトが店頭で元気よく声を張る。彼の声に導かれるように、客たちが店内へと入ってくる。




「おはようございます、マスター」




 一番手は見慣れた顔。《竜喰いの牙》所属の前衛タンク、ガルドだった。




「いつものあるか?」




「《硬質の盾油》と《打撃減衰ポーション・改》だろ? 今朝できたてだ」




「助かる。こっちは命かかってるんでな」




 がっしと握手を交わして、ガルドはそのまま自動精算の魔導カウンターへ。彼の後ろにいたのは、魔術師らしき装備の女プレイヤー。初見だ。




「あ、あの、初心者なんですが……“転倒時の保護薬”って、どれですか?」




「転倒対策なら、《即時筋再生クリーム》がいい。値段は少し張るが、蘇生後の動き出しが段違いに早くなる」




「すご……買います!」




 初心者向けには少し高級かもしれないが、この性能に気づいたら二度と手放せなくなる。リピーター確定だな。




「《紅蓮旅団》さんからの定期注文入りましたー!」


 奥で帳簿を整理していたミナトが声を上げる。




「内容は?」




「《高純度マナ抽出液》20、《抗魔性耐性剤》15、《応急魔布》50!」




「よし。じゃあ倉庫から回して、今日の午前便で出そう。補充は午後に調合回す」




 すでに裏では、調薬ゴーレムたちがせわしなく器具を動かしている。素材は揃ってる。あとは指示を出すだけだ。




 ――コン、と静かにノックが聞こえた。




「ご無沙汰しております、《月影の書庫》から使いで参りました。……例の件、お時間よろしいでしょうか?」




 現れたのは、黒フードの使者。一見してプレイヤーではない。つまり、NPC勢力からの訪問というわけだ。




「悪い、今は店が混んでる。昼過ぎにまた来てくれ。それまでに例の資料も用意しておく」




「……承知いたしました」




 黒影が音もなく去っていく。




 プレイヤーだけじゃない。NPC国家、ギルド、個人依頼主――この店の取引相手は広く深く、そして時に危うい。




 だが、だからこそ面白い。




「さ、次の方どうぞ!」




 また一人、また一人と扉が開き、俺の作った薬やアイテムが今日も冒険者たちの命を支えていく。




 ――戦うだけが最前線じゃない。




 この店のカウンターこそ、俺にとっての“戦場”なんだ。




 《夜灯商会》裏手の応接室。木製の机に湯気立つ茶が並び、そこに座るのは、流通ギルド《金牙の鉤爪》の代表、ファルス=バロック。




 頬に傷がある中年男で、笑っていても目が笑っていない。取引額が増えるほどに口調は柔らかくなるが、その分“牙”の鋭さも隠されていく。




「いいかい、レン坊。今の魔力結晶の相場、知ってるか?」




「知ってるさ。昨日時点で北部鉱区産が単価80銀貨前後。中部流通なら最大95。……でも、あんたの提示額は“110”だったな」




 茶を一口。温度も香りも悪くない。けど、ファルスの話には苦味しか残らない。




「俺たちが苦労して掘ってんだ。手数料込みでその価格……ってことで、どうか一つ」




「その“手数料”が強欲なんだよ。貴族商会か?」




「おいおい、あんまり言ってくれるなよ。そっちだって、《夜灯》とのつながりあるくせに。今更きれいごとは通らねぇぜ」




「……だったらこっちも言わせてもらう」




 俺は隣のミナトから帳簿を受け取り、静かに一枚の報告書を開いた。




「今朝、俺のところに持ち込まれた《魔力結晶・準精製》20箱。その仕入元、《金牙の鉤爪》じゃなかったぞ」




「……は?」




「しかも単価75。品質は、あんたの見本品と同等か、若干上。おまけに納期は“明日”。」




 ファルスの笑みが、すっと消えた。




「どこから……?」




「企業秘密だ。でも、あんたが足元見ようとした時点で、別ルートは開かれてたってことさ。俺は“素材の質”と“信用”にしか金を払わない」




 ファルスは数秒沈黙し、やがてテーブルを指先でとんとんと叩く。




「……ったく、坊主のくせに。やりやがる」




「こっちは遊びじゃないからな。で、どうする? 再交渉するか、この場で縁切るか」




「……“85”でどうだ。品質保証と優先納品付きで。三日ロット、毎日10箱まで出せる」




「それなら話は聞こう」




 俺は手元の契約書にさらさらとペンを走らせる。




「ただし、“万が一でも”混ぜ物が入ってたら、次はあんたのギルドタグごと《毒消しリスト》から消す。いいな?」




「……お前、やっぱ“商人”向いてるよ。ムカつくくらいに、な」




 ファルスが茶を一気に飲み干し、立ち上がる。




 商談成立だ。だが、こういった裏の駆け引きは、俺たちが正面から戦うダンジョンとは別の意味で“命がけ”だ。




 ……だけど。




「これでまた、うちの薬が止まらずに済むな」




 ミナトが安堵の息を吐く。




「これが“信頼で作る店”ってやつだ。忘れるなよ、ミナト」




「……はい、師匠!」




 この世界に“最強”の称号を得た今でも、俺はこうして日々、薬を売り、客と話し、牙をむく連中と駆け引きをしている。




 それが、俺にとっての“生きる意味”になってるんだ。

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