023,行商人、幼馴染と会う
ティルフィアの封印を解き、模造薬事件も片付いた夜。俺は長い遠征を終えて、ひとまずログアウトした。
目が覚めたのは、いつもの簡素な部屋。モニタの明かりがほんのり天井を照らしている。
「……あー、腰が……」
体を起こすと、さっそく通知音が鳴り響いた。端末を手に取ると、未読のメッセージが山のように届いている。
――広告代理店、投資ファンド、研究企業、そしてなぜか出版会社まで。
どれも内容は似たようなものだった。
「《アレクシス戦》で使用された“戦略展開型支援薬”について、ぜひコラボ提案を……」
「VT配信者としての顔も含め、独自の“戦略的配信”に注目が集まっています」
「……いや、俺、ただの調薬師だったはずなんだが……?」
苦笑しつつも、情報戦で得た影響力は現実にも波紋を広げていた。
ティルフィア解放の一連の流れは、あの世界での“最大規模の戦略イベント”として動画配信され、俺の操作・分析・判断すべてが記録に残っていたのだ。
そしてもう一つの変化。
俺が開発した「高回復率・低リスクの調合薬」の理論をもとに、いくつかのバイオシミュレータ企業が共同研究を申し出てきた。
仮想世界のレシピが、現実世界の医療工学に役立つかもしれない――なんて、俺も少し夢を見てしまう。
「……まさか、現実でもこんな風になるとはな」
コーヒーを飲みながら、俺は思う。
戦って、稼いで、見抜いて、裏切って、信じて――あの世界でしたことが、こんなにも“意味”を持つ日が来るなんて。
そのとき、ディスプレイの通知が一つだけ強調された。
《夜灯商会》実店舗・コンサル提案のお知らせ
「……リアルでも店、出すか……?」
思わず呟いて、ひとりで笑った。
――リアルと仮想の境界は、もう曖昧だ。
俺が“あの世界”で積み上げたものは、現実の俺をも少しだけ強くした。
昼休みのチャイムが鳴った瞬間、俺はそそくさとパンと缶コーヒーを手にして、いつもの静かな図書室へ向かおうとしていた。
が。
その前に、聞き慣れた――だが久しく聞いてなかった“あの声”が、廊下に響き渡った。
「おーい、レン!! ようやく捕まえたあああああ!」
叫びとともに背後から衝撃が走る。教科書が宙を舞い、俺の体が不自然に傾ぐ。
「ぐっ……!?」
廊下に半回転するように背中から押し倒された俺の上にのしかかるのは、見覚えのある顔。
目元に力を宿した鋭い眼差し、無駄に動きのいい体幹、そして――容赦ない笑み。
「ひさしぶり、レン。ほんと、いつまで逃げてんのかと思ったわ」
「おま……瑞姫……!」
俺の幼馴染。小学生の頃から格闘技漬けで、“学校内の腕試し制度”で三年連続トップを維持している、異常な戦闘センスを持つ少女。現実世界では格闘術、仮想世界では前線アタッカー。どちらでも“暴れるために生きてる”タイプだ。
「この間の《王冠戦》、配信されてたやつ全部観たよ。あれ、マジで最高だった!」
キラキラした目で語るが、彼女の“最高”には大抵“バチバチの殴り合い”が含まれている。
「お前、ゲームでも現実でもなんでそう戦闘中毒なんだよ……」
「え? だって楽しいじゃん。命かかってないのに、全力でブッ叩き合えるとか最高じゃん」
「お前は何を言ってるんだ」
「でさ。なに隠してたの? 私に一言も言わずにあんなイベントの主軸やってさぁ! ズルくなぁい?」
不満げに口を尖らせているが、これはこれで再会を喜んでる顔だ。
「……まあ、いろいろあったんだよ。あの時は一人でやる必要があった」
「うーん……そういう言い方されると何も言えないけどさ。でも、次は一緒に暴れようよ」
瑞姫はそう言いながら、俺の缶コーヒーを勝手に奪って飲んだ。
「……で、またログインするんでしょ?」
「たぶんな。まだ終わっちゃいないし、裏でやばそうな気配がある。たぶん、火種はもう撒かれてる」
「そっか……じゃあさ」
彼女はぐっと身を乗り出して言った。
「次の戦場、隣にいさせてよ。ぶっちゃけ、リアルで会うのもゲームで暴れるのも、どっちもやりたかったんだ」
――幼馴染という言葉では、もはや収まらない関係。
現実でも仮想でも、彼女は俺の背中を預けられる“同類”だ。
「……ああ。次は、隣で暴れてもらうよ、瑞姫」
「よーし、そうと決まればログイン準備しよーっと!」
俺のパンを片手に奪って去っていく彼女の後ろ姿を見ながら、俺はふっと笑った。
――この世界も、あの世界も。
俺の平穏なんて、まだまだ先の話らしい。




