022,行商人、終わらせる
情報戦が始まってから三日後。
表向きの街は、何も変わらぬ顔をしていた。けれど、その奥――ギルドの作戦室や会議室では、静かに火種が燻っていた。
些細な疑惑。すれ違う視線。予期せぬ内部情報の漏洩。
《白鷲騎士団》では、補給担当が突如解任され、《黎明の翼》では幹部同士の言い争いが報告され、《四王連盟》に至っては、一時的に部隊の編成が凍結されたという。
――情報が狂えば、信頼も狂う。
ギルドという“大きな器”ほど、そこに生じる“歪み”は深い。
「予想以上の効果だな。こっちの想定が追いつかねぇレベルだ」
ライトは地図の上に指を走らせながら、苦笑を漏らす。
「情報の“量”じゃなくて、“質”を操作したのが大きいです」
レイが眼鏡を押し上げながら言った。
「すべての情報は、“真実と嘘の混合物”にしてある。しかも、ギルドごとに異なる“偽装された真実”を混ぜて渡した。だから、相互監視が始まったんです」
つまり、“誰も完全に嘘だと断定できない”情報をばら撒いたのだ。
――そして、事態はついに、爆発した。
その知らせは、《夜灯》経由で届いた。
「いたぞ。裏切り者は、《赤月連合》の作戦参謀、“シグ=メロア”だ」
影の斡旋人が無言で差し出した封筒の中には、通信記録、金の流れ、そして模造薬のサンプルが揃っていた。
奴は、ティルフィア戦後に発生した市場の混乱に乗じて、利権を独占しようとしていた。模造薬を意図的に他ギルドへ流し、“本物の薬”の信用を下げ、その供給権を自分たちだけに握らせる……という構図だ。
証拠が揃えば、もはや逃れられない。
「……表に出すか?」
ライトが問うと、俺は静かに首を振った。
「いや。まだ早い。奴が“自爆”するまで、泳がせる」
「……!」
レイとライトが驚いた顔で俺を見る。
「やつは必ず、最後の詰めで動く。“表の信用”を回復する動きに出る。そこを逆手にとって――情報ごと、“まとめて潰す”」
――そしてその夜。
《赤月連合》主催の新製品発表会。目玉は、“ティルフィア戦で使われた高品質の治療薬”の模倣品。
が、それが“模造品”であり、しかも有害成分を含んでいるという情報が、事前に各ギルドへ届いていた。
ステージに立つ“シグ”が、それを知らずに宣伝を始めた瞬間――
各ギルドの視線が、いっせいに突き刺さった。
疑念が確信に変わる音が、聞こえた気がした。
そして――
《赤月連合》は、信頼失墜により連盟から除外。シグは謎の“自主退職”という形で消息を絶った。
“模造薬の流通は停止”。
これにて、裏切り者の一掃は完了した。
その翌日、《夜灯》からの手紙が届いた。
『今回の件、実に見事だった。影の裏を読む者として、お前を警戒する理由ができたよ――“白の毒蛇”へ、敬意を』
皮肉交じりのその文面に、俺は小さく笑った。
「ふう……これで、やっと静かになるかな」
俺は店のカウンターに戻り、いつものように小瓶に手を伸ばす。
けれどその手は、どこか“影の匂い”をまとっていた。
表と裏。真実と虚偽。
――この世界に、本当に“無関係”でいられる人間なんて、いないのかもしれない。
それからというもの――
できる限り、俺は静かに過ごすように心がけた。
激闘、交渉、裏切り、情報戦と、まるで波乱万丈のスパイス盛り合わせみたいな毎日を経て、今の俺はちょっとやそっとじゃ動じないメンタルを手に入れていた。いや、むしろ“何もない日常”に飢えていたと言ってもいい。
だからまず俺がやったこと――
「スイーツ巡り、だな」
いま俺が手にしているのは、【星果亭】の“とろける三層ミルクプリン”。舌に乗せた瞬間、三段構造の甘味が順にほどけていく感触に、思わず変な声が出そうになる。もちろん理性で抑えたが。
「これ……調薬に使えないか?」
ってなるのが職業病ってやつで。気づけば俺は、スイーツの糖度変化をメモりながら「回復剤の服用タイミングと快感値の相関」みたいなトンチキな研究に走っていた。
次に試したのは、【料理探索】という名のグルメツアー。
異国の市場で謎の魚を串焼きにした料理を食い、砂漠のオアシスで手に入れた“光る野菜”のスープを啜り、海底都市では無重力調理の寿司(?)に挑戦し――
「あっぶね、胃がバグるかと思った」
けど新しい味に出会うたび、俺の調薬ノートは充実していく。
さらに、次にハマったのは【村探し】。
「のんびりスローライフ……憧れるよな」
そう言って向かった先の村は、なぜかゴーレム農業が主流で、朝から晩まで労働音が響き渡っていた。結局、のんびりどころか普通に筋肉痛になった。なんなんだよ。
で、気づけば俺は【賭け事】と【娯楽】に手を出していた。
ルーレット、幻獣レース、呪符麻雀、幻影劇場、果ては“記憶反転ポーカー”なる正気の沙汰とは思えない博打にまで。
「現実世界じゃ絶対にできないな、これ……」
ま、負けたときの精神的ダメージはリアルだったが。
そして、そんなふうにして過ぎたのが――
たった、一週間。
……え? まだ一週間しか経ってないの?
「……なんかもう、人生三周くらいした気分なんだけど」
そう呟きながら、俺は空を見上げた。青空は今日も平和そうに広がっていて、何事もなかったかのように時間は過ぎていく。
……だが俺は、うっすらと感じていた。
――この静けさの先に、また何かが待っている。
そんな予感を、どうしても拭えなかった。




