018,行商人、開放する
《ティルフィア・封印祭壇中枢》
――俺の意識は、確かにこの世界にありながら、どこか“隔絶された空間”にいた。
目の前にあるのは、巨大な封印構造式。
数百にも及ぶ術式が、幾重にも絡まり、時空を縫うように展開されている。
だが、それらはもう、ほどける準備を整えていた。
俺の手にある“剣”が、そのすべてを貫く存在であると、空間そのものが認めている。
「いけ、レン……!」
遠くに聞こえる、ライトの声。
視界の端に、レイが組んだ結界式がちらつく。補助術式は正常。タイミングは今しかない。
――剣を掲げる。
その瞬間、俺の身体はふわりと浮いた。
祭壇の中心部。
空中に浮かぶ“鍵穴”のような光の裂け目に、剣の先端が吸い寄せられていく。
そして、
「《起動――封印解除術式、核心接続》」
レイの詠唱が走る。
剣が鍵穴に噛み合い、光が一閃。
空間が一度、完全に“停止”した。
* * *
――静寂。
次の瞬間。
《ティルフィア封鎖術式・第三階層、解除。封印構造中核部、展開を開始します》
無機質なシステムボイスが響き、空が“裂けた”。
厚い魔気に覆われていたティルフィアの空が、一瞬だけ透明に変わる。
黒く沈んでいた雲が割れ、上空に“本来の空”が覗いた。
金色の光が、ほんの数秒だけ、廃都に差し込む。
「……光が、入ってきた……!」
ノアが呟く。
フィールド内のモンスターたちが、次々に怯え、消滅していく。まるで、支配の根源を喪失したかのように。
そして。
剣が──“砕けた”。
「……っ!」
俺の身体が、地面へと叩きつけられる。
「レンッ!!」
駆け寄ってくる仲間たち。
だが、その目に映る俺の姿は――
「……大丈夫だ。ちゃんと……戻ってこれた」
微笑みながら、俺は息をついた。
砕けた剣の破片が、空中を漂い、やがて“粒子”へと還っていく。
封印の“鍵”は、もう必要なくなったのだ。
「レン、身体に異常は? システムに損傷は?」
「ステータスは全快してるけど……感覚はちょっと抜けてるな。魂の一部、持ってかれたような……そんな感覚だ」
「けど、お前の中にちゃんと“戻ってきてる”。剣の記憶ごと、な」
ライトが苦笑しながら俺の肩を支える。
そのとき、再びシステムボイスが響く。
《封印解除を確認。ティルフィア深層《玉座の間》への道が開かれました》
「……まだ終わってなかったか」
俺は立ち上がり、視線を前方へ向ける。
ティルフィアの中心部、封鎖されていた巨大な門が、ゆっくりと開き始める。
その奥にあるのは、王の“玉座”。
そして、すべての元凶――この領域に封印されし、真なる存在。
「いくぞ、みんな。これでようやく、真実に触れられる」
そう告げて、俺たちは最後の扉を超える準備に入った。
封印は解かれた。
《封鎖領域ティルフィア・最深層《玉座の間》》
――開かれた大扉の先にあったのは、空白。
空間ごと削ぎ落とされたかのような巨大な円形ホール。
天井は果てしなく高く、壁は漆黒に染まり、魔力の波が渦巻いている。
その中心に、“玉座”はあった。
朽ち果てた王座。
だが、そこに座していたものは、なお威圧感を放っていた。
骸骨と黄金の装束が融合したような、“王の亡骸”。
その名は、ログによって告げられる。
《封王アレクシス=ヴェリオン》
《レイドボス/クラス:骸王種・魔骸の玉座》
《レベル:???》
「うわ……ステータスが、ブラックアウトしてる……」
レイが震える声で呟いた。
情報表示窓が全項目に「???」を返している。まるで、存在自体がシステムの想定外であるかのように。
「来るぞ……!」
ライトの叫びとともに、王の瞳が“開いた”。
赤黒く爛れた魔眼。その視線だけで、空間が震える。
――そして。
《戦闘フェイズ開始》
《特殊結界展開:崩壊領域》
《蘇生制限・リミットシステム発動》
《転移・離脱無効》
《戦闘終了まで、当エリアは封鎖されます》
「くそっ……強制戦闘システムかよ!」
カズが叫ぶ。逃げ道はない。
だが、ここまで来た俺たちは、それでも怯まない。
* * *
「――レン、補助結界張れ! 最初の一撃は耐え切るしかない!」
ライトの指示と同時に、俺は《防魔陣・四重展開》。
次の瞬間、アレクシスの杖が、音もなく振り下ろされた。
空間が、一斉に“砕けた”。
直後、広間全体に展開された死霊波動が、すべてのプレイヤーのHPを半分以上削り取る。
「がっ……! なんだこのダメージ……!」
「回復回せるのはあと数回だけ! 節約して!」
レイが必死に回復スキルを回し、ノアが補助のポーションを投げる。
俺も素早く《耐性付与・魔気版》を味方に展開。
その間に、ライトとカズが突撃を開始。
「喰らえ……! 《穿光剣・斬滅式》!!」
「通じろ、俺たちの火力……っ!」
攻撃は確かに王を穿った。
だが――《無効化:属性無差別耐性(位階Ⅱ)》の文字が空中に踊る。
「無効化っ……!?」
その瞬間、アレクシスの杖が宙に浮き、“召喚陣”が八つ、頭上に展開された。
そこから現れたのは、かつて俺たちが苦しめられた“封印ボス”たちの影だった。
「これは……記憶型式の再召喚!? 過去のボスが再現されてる……!」
「しかも数体同時とか、ふざけんなっ……!」
戦場は、一気にカオスとなる。
アレクシス本体は玉座から動かず、命令だけを飛ばす。まるで、これらすべてが“手駒”にすぎないとでも言いたげに。
が――
「……王自身は、動かない。つまり、封印はまだ“生きてる”」
俺は叫ぶ。
「この部屋もまた、“式”の一部だ! 封印の残滓が王の行動を縛ってる!」
「ってことは……今のうちに、準備を整えて叩き込むしかねぇな!」
“勝機はある”。
そう信じて、俺たちは混沌の戦場を駆け抜けた。
* * *
「レン、アレいけるか!? あの結界構造、壊せるか!?」
「いける! だけど俺の魔力だけじゃ足りない! レイ、術式転送して!」
「了解! 結界構成情報、フルリンクで共有します!」
詠唱が重なり、術式が組み上がる。
無数の魔法陣が地に展開され、玉座を取り囲む構造式を包囲。
崩壊と再構築が交錯するフィールドで、俺たちは“最後の突破口”をこじ開ける。
「いけ……!」
ライトが叫び、すべての攻撃が、玉座へと集中する。
そしてついに――
《王座の結界を破壊しました》
《アレクシス=ヴェリオン、行動制限解除》
「……っ!」
王が、立ち上がった。
全長三メートル超の魔骸。玉座そのものを背に纏い、光の反逆を纏って咆哮を上げる。
最終形態。真なる戦いが、今ここに始まる。