016,行商人、再度ボスに挑む
《ティルフィア中心部・祭壇層》
それは、前回の敗北の地。
霧が渦巻き、空間そのものが拒絶の圧を孕む、瘴気の中枢――王冠の玉座。
「……来たな。お出迎えって感じじゃねぇな」
ライトが、じっと前を睨みながら呟いた。
前方には、黒鉄のように沈む根の檻。
その中心に浮かぶのは、空間に穿たれた空虚な玉座。
――そして、その背後からにじみ出る、あの異様な威圧。
《王冠》――正式名称《瘴王エルク=ヴェイル》。
ティルフィアを封鎖する三層術式の“擬似核”にして、強制干渉系の呪詛発動体。
「全員、準備はいいな」
ライトの言葉に、13人の選抜メンバーがそれぞれ頷く。
前衛:ライト、ミナミ、ドーガ(タンク)
中衛:カズ、レン(支援)、ヒビキ(属性特化アタッカー)
後衛:レイ、ノア、ツクモ(ヒーラー・補助術師)
補助枠:ジャミル(エンチャント)、カレン(防御バフ)、ロウ(トラップ解除)
観測補佐:ネリス(エーテル視術持ち)
“点”では勝てない。だから“線”で挑む。
13人の役割が、徹底的に構築された作戦の中で交差する。
「“交戦フェイズ・第一段階”開始!」
ネリスのカウントと同時に、瘴気の王が目を覚ます。
――ズゥゥゥ……ッッ!
地面がひび割れ、闇色の蔦が四方八方へと伸びる。
玉座の背後に浮かび上がる六対の眼が、こちらを見下ろした。
「全員、配置ッ! パターンαで流れを作るぞ!」
ライトの号令と共に、布陣が展開する。
「《加速装填陣・刻印陣形Ⅱ》発動!」
レンの投擲したポーションが爆ぜ、全員に展開バフとデバフ耐性が重なる。
次の瞬間、ミナミとドーガが左右から突撃。
「《地纏の護陣》! 重ねて《崩れぬ信条》!」
ミナミが大盾で瘴気の一撃を受け止めた。
――が、直後に王冠の“視線”が輝く。
「くるぞ! 強制崩壊フィールドッ!」
レイが叫ぶと同時に、空間が捻じれる。
地面が裏返るように反転し、足元から“再構成される呪詛文”が浮かび上がる。
「ここで《零式領域解除符》!」
ノアの対魔式札が地面に打ち込まれ、呪詛の陣が一時的に遮断される。
そこを狙って、カズとヒビキが一気に突撃。
「ぶち抜くぞ……! 《天焦雷矢・斉射ッ!》!」
「重ねろ《五重氷檻陣》! 出力200%まで上げる!」
遠距離から高威力スキルが連続で命中し、《王冠》の魔力障壁が軋む。
「あと3割で第一形態解除です!」
ネリスが叫ぶ――だがその瞬間、瘴気の“輪”が拡張する。
視界が捻れ、空間が泣く。
「――くるぞ、《形態崩壊》!」
《王冠》が動いた。
玉座の影が隆起し、そこから“自身の首”を引きちぎるように取り出すと――
血のような魔力が地に落ち、そこから“別の身体”が生まれ落ちる。
《偽王》――瘴王の“影の自己”。
「分体かよ……レン、制御用ポーションの準備、いけるか!」
「投げるッ! 《霧化耐性式・高濃度揮発展開型》!」
影が分裂し、全員の視界が歪む中、レンが放ったポーションが破裂。
味方の視界と反応速度が正常に戻される。
「偽王、ロウとカレンで抑えろ! 本体は継続で削れ!」
全体が一瞬で動き直し、再構成された隊列が二体の“王”に挑む。
そして――戦闘開始から19分47秒。
「……抜いたぞ、最終結界!」
レンの爆撃式ポーションで、王冠の玉座下の“魔力貯蔵核”が露出した。
「レイ、今だッ!」
「展開式・接触解除陣、《リリース・アクト》!」
光が走る。
瘴気の核が砕け、背後の“真の祭壇”が姿を現す。
玉座が崩れ、影が霧散し、《王冠》はゆっくりと膝をついた――。
だが、これで終わりではない。
「……空間の歪み、まだ終わってません」
ネリスの声が震えている。
「封印……移動してる。次の段階が……!」
全員が、息を呑んだ。
王は倒れた。だが、封印は――“まだ続いている”。
《ティルフィア中心部・崩壊玉座跡》
王冠が砕け、影が霧散したその瞬間。
空気が変わった。
重かったはずの瘴気が、まるで深い海の底へ沈んでいくように、音もなく収束していく。
そして、空間の中心――崩れた玉座の背後に、新たな構造物が現れる。
「……これが、真の封印装置?」
レイが、言葉を飲み込むようにして呟いた。
露出したのは、円環の石柱群。
複数の柱が螺旋状に立ち並び、それぞれに古代文様と魔力の回路が刻まれている。
その中央に――光を飲み込む“黒い剣の形”が、浮かんでいた。
「これ……本当に“剣”か?」
カズが目を細める。
「形状は剣。でも、“刃”じゃなくて、これは……」
「鍵ですね」
レイが断言する。
「おそらく、この“剣型魔具”が、封印術式の最終コード。核を『断ち切る』ことで、結界全体を反転させる構造になってる」
「ただの解除じゃないってことか……構造そのものを、ひっくり返す……」
俺が言うと、ライトが険しい顔で柱群を見つめた。
「つまり、これを使えば……“封鎖”が解ける代わりに、なにかが変わる可能性もあるってことだな」
「はい。理論上、“開く”のは確かです。ただし、代償が――」
そのとき。
柱の一本が“共鳴”するように震え、文字が浮かび上がった。
――『問う。汝、王を討ちし者なりや』
全員が沈黙した。
「……問いかけ?」
「意志確認……儀式的プロトコルだ。たぶん、“通すか”を選ばされてる」
レイが柱に歩み寄り、右手をかざす。
魔力が触れると、さらに二つ目の問いが現れた。
――『問う。玉座を打ち捨て、剣を掲げる覚悟、汝にありや』
「ここから先は……選択が必要です」
そう言って、レイがこちらを振り返る。
「この剣を、“誰が使うか”」
「誰、って……レイ、お前じゃダメなのか?」
俺が問いかけると、レイはわずかに首を振った。
「この剣は“触れる者の魔力位階”に応じて、術式の流れそのものを書き換えます。つまり、どんな“解除”が行われるかは、“使用者の魔力性質”と“意志”に依存する」
「じゃあ、使い手の“属性”で、結果が変わるってことか」
「ええ。それだけじゃない。――この剣、使うと“残る”可能性があります」
「……残る?」
「術式の一部として、“そのまま封印される”形で」
言葉の意味を理解した瞬間、場が凍りついた。
「ちょっと待て、それって……つまり、“鍵”になるってことかよ」
ライトが低く唸った。
レイはうなずく。
「……封印の一端と同化することで、初めて完成する“反転型構造”です。だから、“誰かが剣になる”という伝承は……」
そのとき。
柱の文字が、最後の問いとして浮かび上がる。
――『問う。汝、“剣”となる覚悟、今こそ示せ』
その文字を見て、
俺たちはようやく理解する。
この先に進むには、「鍵」が必要なのではない。
誰かが、“鍵になる”ことを選ばねばならない。
「……レイ」
俺が口を開いた瞬間、彼女は静かに微笑んで言った。
「だからこそ、先に“選ばせたく”ないんです。――誰がなるかじゃなくて、まずは“どうすればならずに済むか”を探しましょう」
剣は、まだ誰にも触れられていない。
封印解除フェイズ――その核心は、“犠牲か回避か”、未だ決定されていない。
だが、時間は迫っている。
封鎖結界の“重心”は、今この場に完全に移動してきていた。