015,行商人、準備を整える
調合室の温度を下げるために、窓を開けた瞬間。
湿った風が吹き込み、遠くで雷鳴が転がった。
「そろそろ……“根本”から変える時期かもな」
俺は、いつもの調合机を見つめる。
――そう。今の設備じゃ、もう限界が近い。
素材も技術も進歩しているのに、装備だけ“初期装備”のままじゃ、性能も安定も望めない。
その日の夕方。
俺はとある職人街の一角へ向かった。
「ようレン。お前が直々に来るなんて珍しいじゃねえか」
そう声をかけてきたのは、鍛冶師の《グレッグ》。
粗野な性格だが、彼の作る“マギ機構台”は一級品だ。前回、風鳴草乾燥機の魔力安定装置もこいつの手によるものだった。
「今回は、ポーション用の“冷圧式抽出器”と“マギ動力濾過釜”が欲しい」
「……本気だな、お前」
「ティルフィアにリベンジする。今回は、絶対に通すよ。味方を、死なせないためにな」
グレッグは一瞬目を細めたが、すぐにフッと笑った。
「いいだろう。ちょうど試作型がある。今までのお前の注文実績を考慮して、貸し出してやるよ」
「恩に着る」
それと並行して、俺は《Ring of Dawn》との支援ルートも整理していた。
「ミナト、例の搬送用ルーンケース、もう届いたか?」
「はい! 軽量化済みの魔導箱と、封魔札もセットです!」
「よし、レイたちのところには、試作ポーションと同時に“効果検証用の小瓶”も送って。使用者メモつけてくれ」
「了解っす!」
そして、ギルド拠点では――
「ライト、例の装備支援の件……まだいけるか?」
「当然。お前の“あの一滴”で命拾いした隊員が何人いたと思ってる。必要なものは全部リスト化して出せ」
頼れる戦術士ライトの言葉に、俺も自然と背筋が伸びる。
さらに、《カズ》や《レイ》とも連携を進める。
「火力班、周囲殲滅より“足止め+持久戦”に構成変えてほしい」
「なるほど、デバフ耐性ポーションの持続を活かすわけだな。おっけー任せとけ」
「それとレイ、前線でのポーション使用記録……前回の時間帯ごとに分けてデータ化してくれ。効能の切れ目を確認したい」
「はい! 今夜中にまとめて送ります!」
――その夜。
設備が搬入され、魔導機構が青い光を灯した瞬間。
俺は、静かに拳を握った。
(これで……やれる)
ティルフィア攻略。
前回は“足りなかったもの”を、今回は全部そろえる。
装備、設備、仲間たちとの信頼――
そのすべてが、“戦場の裏側”で支えてくれている。
「よし……次こそ通すぞ。あの中心部まで」
《ティルフィア》――呪詛の霧が渦巻く、封鎖領域。
あの日、俺たちは“中心部”まで辿り着き、そして敗れた。
攻略組ですら警戒するあのレイド級ボスの前に、なす術なく倒された。
だが今、俺たちは戻ってきた。
“万全の準備”と、“支援体制の強化”、
そして――あの日に足りなかった“もう一歩”を携えて。
「この霧……やっぱり濃いな」
先陣を切るライトが、視界を警戒しながら前を歩く。
後方ではレイが周囲を観察しながら、詠唱の準備に入っている。
「魔気の濃度、前回の比じゃないですね。奥の“瘴核”が暴れてる……」
「俺のポーション、持続時間増えてる。霧の中でも視界が安定してるな」
風属性強化ポーション《蒼風の一滴・改》。
今回の遠征のために、調合と抽出工程を全て見直した“勝負作”だ。
さらに――今回は“装備”も違う。
魔気除去フィルターを内蔵した《ルーンマスク》。
熱量変化に応じて効能が強化される《多層温感外套》。
何より、全メンバーの位置を同期させる《戦術帯結界装置》がある。
攻略の質が、違う。
「ライト、こっちは準備完了。火力班、いつでも動けるぞ」
「了解。じゃあ――行こうか。“ティルフィアの中心”へ」
俺たちは歩を進める。
呪詛と霧の混じる腐泥の道を越えて、前回の“敗北の地”を目指して。
途中、魔気に侵された樹人型のモンスター《グロウルート》が出現するも、
カズの広範囲魔法《焔顎乱舞》で一掃。
「燃えろ燃えろォッ! 今度は通すって言っただろうが!」
攻撃と同時に投げた《集中回復ポーション・Ⅲ型》が空中で破裂、
周囲に“鼓舞”効果と“微回復”を撒き、味方の士気も回復する。
「レン、さっきの瓶! 範囲展開型の応用か?」
「うん、揮発性魔素を調整して、霧中でも破裂後に効果が散らばるようにした。お前が撃ち込みやすいように圧縮もしてる」
「天才かよ! マジで今回、連携精度高すぎだろ!」
全体が連動して動いているのがわかる。
誰かが動けば、別の誰かが支え、補う。
“勝つための集団”になっている。
そして数時間後。
ついに、俺たちは“中心部”に再び辿り着いた。
不気味な沈黙と共に待ち構える、
仰々しく蠢く黒影は、間違いない――前回のボス、《失墜の王冠/グロウ=ティルフィア》だ。
「いけるか?」
ライトの問いに、全員が無言で頷いた。
「準備は……完璧だ」
「なら行くぞ。前回の屈辱を、ここで清算する!」
魔力が収束し、陣が広がる。
風が巻き、雷が唸り、回復薬が次々に起動音を放つ。
――これは、最初から全力の戦いだ。
もう、探索ではない。これは、決戦だ。
「ポーション屋レン、いっきまーすッ!!」
叫びながら、俺は自作の《爆裂式ポーションスプレッド》を投げる。
同時に、前線が突撃を開始――