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世田谷センター ーそういう冗談を異口同音で何度も耳にしたー

 どんな組織にも大なり小なりの派閥は出来てしまうのだろうと思う。それはここにも存在した。豊川はどちらかと言えば反主流派とされ、使い勝手抜群のぼくは主流派だった。もちろんザックリ言えば、ということだし彼女もぼくもどちらに属している自覚はさらさらなかった。少なくともぼくらは誰の陰口もいうことはなかったのだから。

 豊川は背が高くて無口だった。それほどの美人ではなかったにしろ短髪頭はやはり目立つ。当時彼女が何コマ受け持っているのかは知らなかったけれど、毎日顔は合わせていた。

 ぼくのように誤配するようなこともなく配達を終えるのがとても早かった。夏季冬季のギフトキャンペーンでの成績も悪くなく、定期的に行われるコープ共済加入促進での実績は本部職員から一目置かれていた。しかし彼女を陰なり表なりで良く言う人はあまりいない。一部の人を除けば、良くてスルーされている感じだ。だから、というわけでは決してないのだがぼくも親しい仲でもなんでもなかった。本当はぼくだって誰とも親しくはなかったのだ。何せ町田で同棲しているのを知っている人は誰もいなかったし、後に籍を入れて更なる人生を始める為に、ここのバイトを辞めたいとしたときも「親の介護をすることになったので、地元に戻り近場で仕事を探したいから」という嘘の理由を申し出たほどだ。それはさておき、ぼくは町田で猫と二人で暮らしていることになっていた。


 働き始めてから四年も経ったある日、それはぼくが辞める日が迫っていたときなのだが、豊川はぼくに対して少なからず心を開いたのを汲み取らざるを得なかった瞬間が、突然に訪れた。それでぼくも、まぁもう終わりだしな、と思い、あるいは辞める辞めないなど関係なかったのかもしれないけれど、何を躊躇うことなく彼女にだけ本当のことを教えた。

 春先らしい淡い季節の香を感じる肌寒い気温の夜のことだ。思えば仕事終わりに少人数や誰かと二人で飲みに行ったり、寄り道をしたりは一度もない。ただ正確に言えば、強く辞退を申し出ても人差指を振るだけで却下されて開催されたぼくの細やかな送別会には出席した・・・・・・もちろんというべきだろうが豊川の姿はなかった。


 ぼくらが急激に親しくなったのは、繰り返しで恐縮だが同じ職場で働きだして実に四年近くも経ってからで、本当にとてつもなく突然だった。ぼくが辞める直前のことだ・・・・・・同棲している彼女と式は挙げずに籍を入れようと年末に二人で決め、正規社員採用してもらえる新しい職場も部屋ももう決まっていた。だから来週には職場だけに限らず、これまでの、なるべく多くの「諸々」に「おさらば」するべく髪も切るつもりだった。髪を伸ばしていれば「首の皮一枚だけでも何者か」でいられているつもりだったのだ。でもあと少しすれば、長い間ぼくの内面にだけあった「季節」は、たぶん存在しなくなるだろう・・・・・・豊川がこれまでぼくのことをどう思っていたのかはよく分からない。ただぼくらは漫画のキャラクター設定だったり、男女ペアの漫才師がコントで扮するカップルのように、半ば非現実的なくらい対照的だったので、そのことに関してはどちらも意識していたはず。ぼくらの背丈は殆ど変わりなく、彼女は短髪頭(基本的にはキャップを被っていた)で、ぼくは肩まで伸びている。ぼくの体格は何一つ逞しくなんかなくて、彼女は身長と見合う骨格だ。つまり決して華奢ではない。もしもぼくらが横に並んだとしたら、後ろ姿は彼女が男でぼくが女に見えたに違いない。実際そういう冗談を異口同音で何度も耳にした。お前ら二人で並んでみろ、と言われるのはいつもぼくの方だったけれど。


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