アイ・ラブ・カワサキ ラストライブ ーそもそも「日本人」ってなんだろうなー
「日本人以外はこのデモから立ち去れ、見えない奴は今すぐ立ち去り国へ帰れっ!!」
老舗お茶屋の三代目は一際長い旗竿の旭日旗を、もう鳥しか飛ばない青空へ再び掲げると息巻いた。
代表はみんなのように、というか「見えた」半数の人間のようには「消えた空」に向けて拍手など出来ず、無言のまま今も見上げ続けていて、竿で叩かれた頭の痛みは忘れていた。
何ら心乱れずリスク管理を遂行した「旗手」はトラメガのスイッチを切って立ち尽くすだけの老人を見捨てる形で歩き出したのだったが、相変わらず後ろを振り向かず、日章旗の角度にだけ神経を使っていたので、その後の新川通の交差点で信号を待つ歩道に差し掛かったとき、デモ隊の人数が激減していることにようやく気が付いた。確かに散発的なコールしか聞こえてはいなかった。それでもこの無様に痩せこけてしまったデモ隊には驚き、初めて声を張り上げるのだった。
「川崎のバカ共は何処へ行ったっ!?」
信号の先にある南町交番の前に出ていた巡査には五、六本の国旗が揺れてはいたが、機動隊員の姿しか見えなかった。
・・・・・・日本人の半分にしか見えない赤い浮遊体とまともに出くわした「見えた」差別主義者も「見えなかった」差別主義者も、そもそも「日本人」ってなんだろうな、と考え込まざるお得なかったのだったが、参加していた隊列の先頭で勃発した、考慮深くない、言葉面だけでしかない、だからこそ単純で浅はかな根深いいざこざにうんざりしてしまい(「日本人」のヘイトデモ隊は)各自の判断で恐ろしいほどの人数が途中退場していたのだ。ジュラルミンは盾の壁に出口を作ってやり「帰りにカウターと面倒を起こすなよ」と声を掛けた。
後方50枚のジュラルミンで隔てられていたカウンター隊の先頭の一部は平和通りに入っていたので「赤い浮遊体」を目撃し得る距離には届いていた。しかしもちろんのこと「見える」者と「見えない」者とに分かれ、ジュラルミンの強固な壁の向こうで旗を降ろし空を見上げる人種差別主義者同様、彼らもスマホを取り出して腕を伸ばすとまるでライブ会場のように撮影した。互いに青空の一点を教え合っては首を捻り、驚き、そしてどっちにしろ共通目的を持つ隣人と笑い合った。
拍手が鳴り止むと旗の下りたジュラルミンの壁の向こうから誰かが呼びかけた。
「お前らにも見えたのか!!」
「俺は愛国者の日本人だから、見えなかったぞ!!」
カウンタ―隊の誰かが言い返し壁の向こうもこちらも笑いが起こった。
壁の向こうで国旗はもう翻らなかった。何本かは翻ったがそれらのいくつかもすぐに下りた。
「もういいんじゃないですか?」歩みを止めているジュラルミンの一人が後ろ向きのままカウンターの先頭に声を掛けた。
「あんたは見えた?」カウンターの先頭にる、茶色いハンチングを被った四十代の黒革ジャケットはそのジュラルミンの背中に聞いた。
「見えましたよ」ジュラルミンは振り向かず返事をした。
「そうか、俺は見えなかったよ。警備ご苦労さんだな」
先頭のハンチング帽はカウンター仲間に向かって言った。
「今日はもう上がるぜ。残る奴は残ればいいし、解散後の襲撃もするならするでいいだろう。でも今日くらいは平和な酒を飲もう」
壁のこちらで二度目の拍手が起きるのだった・・・・・・。




