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アイ・ラブ・カワサキ ラストライブ -この下らないデモに参加しようと決めた本当の理由-

 「おいっ、上を見てみろ!!」

  代表の怒りに爆笑してしまっていたとき、誰かが叫ぶと一斉という勢いではなかったが、それでも老人の怒りが収まる前には全員が空を見上げているのだった。

 「隙間を開けるなっ!!」ジュラルミンの誰かがようやく気付き、後方へ叫んではみたが誰一人反応などしなかったし、叫んだ本人もあらためてもう一度空を見上げた。

 デモ隊に潜りこんでいたジャーナリストは「見え」た。ほぼ頭上とも言える場所に現れた赤い浮遊体にピントを合わせ、無言だったが鼻から漏れる息はやはり興奮気味だ。

 赤味掛かるオレンジ色の球体は、すぐそこの白くて丸い街灯と比べるといくらか小さく、言われている通りバスケットボールくらいだと思えた。

 代表はまだ腹を立てていたが頭を摩り空を見上げた。「どこだ?」と呟き、シムラはしてやった襲撃を後悔などせず口を開けて空を見上げた。

 「見えないんですか?」三代目は嬉しそうに代表へ言うと「おい、君には見えるかい?」と関西のインテリにも声を掛けた。

 「・・・・・・」先頭で足を止めてはいたが、決して空を見上はしなかった。返事をしない関西の若者は日章旗の角度だけをキープした。バカを相手にしなければならない場面における最善のリスク管理を行なったのだ。

 「まさか見えないんじゃねぇのか? 代表もあんたも日本人なんだろ」三代目は俄然勝利感を得た。

 「・・・・・・」インテリは振り向きもしなかったし、歩こうともしなかった。ネット上に流れている明治神宮や日本武道館の日の丸の中にいた「赤い浮遊体」の姿を「見えた」ことがなかったのだ。そしてある意味インテリ人種差別者らしく「あべこべ」に対する評価は最低だったのだ。

「動き始めるタイミングが来たら教えてください」と「旗手」はここでようやく首だけ振り向き標準語で代表へ言った。

 「見えるのか、見えないのか、どっちなんだよ小僧っ」三代目はうれしくてしかたない。

 「止まらないでください、歩いてください。一般の人に迷惑がかかります」ジュラルミンの隊長らしき人物が言い出したが、誰も言うことを聞かず「見える」隊員も「見えない」隊員も、正直がっかりするのだった。この場のどこに一般人がいるんだ、直接的な迷惑を被っているのは俺たちだ。こいつらには、こいつらの家族と同じくらい迷惑してんだ。国民も非国民も等しく迷惑しているんだ。 警備に駆り出されていた隊員は空を見上げ、あるいは空に探しながら、心の中で愚痴るのだった。


 旗の下りた空へ沁みこむように姿が消えると、天体ショウの幕が下りでもしたかのような拍手が一斉に起きた。

 日の丸の小旗を振った空へ「朝鮮人の父親」が現れたとき、それは川崎で赤い浮遊体を最初に発見した二十代の女だったわけだが、彼女はこの下らないデモに参加しようと決めた本当の理由はこれだったのだろう、と解釈した。最初に発見したのはただの、しかし優れたオプションに過ぎず、グラグラする心の均衡を保とうとして思いついた、集団で人種差別を叫ぶという無茶苦茶な処方が一番合理的だと考えてしまったのは「あの子」を目撃するためだったのだろう。神秘的で超越しているのに可笑しみがあり、どこか滑稽さすらあるのだが、優しい気候やユーモアある動物の姿よりよほど感動する。焼きつくから心の中に希望が持てる。「あの子」が青空に消えると二十代の女は確信した。いつかは私のなかに吹く冷たい風もきっと止む日が来るはず・・・・・・。


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