駅前のカフェ ー内側ー
・・・・・・どう見ても、滅茶苦茶な罵詈雑言を連呼する、理解を超えたデモ隊の中から撮影されているのは明らかで、朝鮮人の父親を持つ彼女がどうして「内側」にいるのかその時は全く理解できず、大きな矛盾(と感じた)に衝撃を受けた。ほんの数秒前、耳垢がどうのこうの言っていた、忘れ難い微妙な冗談の掛け合いは完全に失われてしまった。
「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ」
乱舞している国旗の群れと昭和時代の和式便所の落書きがコール&レスポンス状態になっている映像を、慌てながらスマホで撮影しだした豊川は一人だけ色の違う興奮を抑えられず、手元を震わせズームアップを繰り返していた。
「これっ、これっ。お前これ見えないの?」豊川は細い指でスマホの画面を指して微笑んだ。
「なぁ、これってどう見ても内側から撮ってるよな? こんな奴らと同じ人間なのか?」ぼくは動揺していたし、少しばかり腹を立ててもいた。
「話せば長いが、答えはNOだ。私は差別主義者じゃない。もし仮に誰かを差別してしまうことがあれば、それはそいつのことが好きか嫌いかだ。それ以外にあるわけがない」豊川はぼくの目を見た・・・・・・。
「ねぇ、ねぇ、あれっ、あれっ、見えますか? あそこの、あれじゃないでしょうか? 赤い奴。あれ浮かんでますよ、そこに!!」上気する豊川は隣で排斥を吠える眼鏡のおばさんに話しかけた。
「・・・・・・」真っ赤な顔していた眼鏡のおばさんは空を見上げてから、どこか水を差されたように不機嫌そうだったが、最後は微笑んだ。
「あなたには見えないんですか?」豊川はコール&レスポンスに負けないくらい大きな声で言った。
「うぉ~!!」
さらに大きな声が後ろから聞こえ、スマホは振り返った。
「おいっ、あれっ、あれっ、おいみんな上を見てみろ!!」
ミッキーマウスのトレーナーを着る四十代の男は自分の日章旗の先っぽで頭上の青空を示した。
「見えるんですか?」スマホは再び空に向けられ、豊川はうれしそうに、どうしてだか大きな声で笑い出した。
徐々にコール&レスポンスは前の方だけとなり、豊川のいる付近から後ろは行進を止めてしまった。そして口々に、あれだ、どこだ、そこだ、マジか、マジだ・・・・・・と騒ぎ始めた。
「お~い! 君は誰なの? 私が見える? 君はそこで何を見てるの?」
ぼくには何も見えない青空に向け、スマホの中の豊川は小旗を振り大声で叫んでいた。
「見えないんでしょ?」
「うん。でも他にも見えていそうな奴がいる感じだよな」
豊川付近で分断されてしまった前の方でも異変に気が付いたらしく、みんな「悪口」と行進を止め、両脇の警察もメットのシールドを上げて空を見上げる場面が映された。大量の国旗は誰が音頭を取るでもなく前後左右に気を使う感じで降ろされ、胸の前にあったジュラルミンの盾も接地した。
ずっと後ろの方はいくらか騒がしかったが、辺りは僅かな騒めきが残るだけで、反ってそれ故の独特な、あるいは異彩な静寂があった。
「もう消えるわよ」豊川はスマホを見つめながら言った。
「・・・・・・」
「・・・・・・はい。これで終わり」豊川はとても得意そうだった。




