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アイ・ラブ・カワサキ ラストライブ ー三又ー

 三又が近づいたからというわけではないのだろうが、道幅の狭い誰もいない裏路地の商店街を集団で練り歩く人種差別主義者の、恐ろしく直接過ぎる、ただの「悪口」はがぜん盛り上がった。デモ隊同士の前後左右は狭まり、熱気が更なる熱気を呼び、連呼する「悪口」はすぐ傍の建物で大いに反響した。それはまるで大袈裟な影のように巨大化している。啓発してあげなければならない国民、少なくとも耳を傾ける者、あるいは排斥しなければならない奴らが誰一人いない場所であっても、愛国心に酔うことが実は第一義じゃねぇ? 的な輩は思う。スナックのカラオケ以上に声を枯らすならここしかないぞっ!!

 当初、手ぶらだった二十代の女は隣にいる太ったメガネの中年女から、何度も断ってはいたが、無理やり日の丸の小旗を渡されていて、仕方なくパタパタ振っていると、近くの建物に反響するただの「悪口」の大合唱に包まれていき、髪の短い頭の中と終始厄介な心のどこかを繋いだ精神回路の先に「父親」が現れてしまった。日本人の母親の頬を叩き、ついには髪を掴んで引きずった「朝鮮人の父親」に向かい、もしかしたら魂の叫びを上げているのだった。大量に揺れる頭上の国旗の下へ右手の小旗を振り上げ、左の拳を突き上げた。

 「いいわよ、あなた。その勢いよ」活気づいた隣の若い男(と思っていた)に中年女の眼鏡は大和魂の萌芽を感じ頷く。

 先頭のジュラルミンが三又を左へ折れ、右脇を固めるジュラルミンはさらに幅寄せをし決められたコースから誰もはみ出さぬよう、内心辟易せざるを得ない感情をあからさまに込めた過剰な力で、三列になって騒ぐバカ共をもっと内側へ押した。そのとき、先頭のすぐ後ろの右端で、一際長いお手製長尺竿に掲げる旭日旗の、あの老舗お茶屋の三代目はよろけてしまい「旗手」の頭へ竿が当り、旭日旗はそいつの顔をすっぽり覆った。

 バカ共の先頭で六十度の角度を保ち、揺らすことなく静かに旗を掲げ続けていたのは三代目ではなかったのだ。

 差別界隈で若手の有望格と目され、公安からも人種差別主義者の次世代エースとしてマークされている二十代のインテリ関西人だ。昨夜の深夜バスで上京していて、午前中にはすぐそこの「界隈」で「赤ちゃん還り」を堪能したのだったが、そういう嗜好は今も同居する家族より、内心では見下している、東大か京大卒以外の愛国者仲間に対しての方がよほどタブー。そんなわけでシャンプーハットを被った頭に、自分よりも学歴の低い奴の旗竿が当たろうが、帰りの会計時には決まって赤面してしまう顔を旭日旗で隠されようが、微動だにせず、年齢と見合わないほどの風格すらあった。

 次世代のエースの真後ろでトラメガをハウらせるのは役所を勤め上げたあの代表だ。人一倍長い旗竿が後ろから襲っても動ぜず、振り返りもしない次世代エースの寡黙な態度に痛く感銘した代表は「アイ・ラブ・カワサキ ラストライブ」の「バックスーテジ」で涙ぐみながら抱擁したお茶屋の三代目に向かいトラメガで吠えるのだった。

 「犬っころの盾に押されたくらいでヨロヨロするなバカもの!!」

  ・・・・・・私の屍如き打ち捨てても構わないから、最後まで先頭で掲揚し続けてくれ、とまで言われていたはずの三代目は、しかし関西から遠征してきた、ちょっとばかり知的な顔をするクールな若造へ忖度した代表から「旗手」を許されてはいなかったのだ。

 ルフロン前でのカウントダウン3秒前に別の仲間が「彼」を代表へ紹介すると「雑誌のインタビュー記事を読ませていただきました」と言った代表は握手を求め「旗手」の役も打診したのだった。若者は知的な鋭い瞳で頷いた。

 ・・・・・・3秒前だぞ、そんなことってあるか? 熟知たる想いを密かに抱いていた三代目は公衆の面前で罵声を浴びるといまさら「バックステージ」で嗅いだ、忖度老人の加齢臭も許せなくなり、理不尽に耐えてこそ男が磨かれるときと知る三代目は、我慢しなければならないことは分かっていたが、所詮想い描く日本男子のような態度をとるなどできるはずもなかった。

 「押すな貴様っ」と適当なジュラルミンへ、今度は自ら体当たりした。

三代目は誰の目にも明らかなほど大袈裟に再びよろけると、あろうことか長尺の旭日旗で代表の頭を叩いた。しかも二度叩いたのだった。

 帰る国などないし、その場にさえいない者に「帰れっ!!」と連呼していたトラメガが「痛っ!」と叫び、周りの国旗は笑うか、笑うのを我慢するかに分かれ、殆どのジュラルミンはより一層無表情だった。

 「おいっ、シムラっ!!」代表が右手で頭を押さえながら振り返ると、痛さに顔が歪んでいて、呼び捨てした相手の名前もたまたまドンピシャだった上に、周りの国旗の群れも年代的にツボであった。

 失笑よりも爆笑の比が圧倒的に勝った。ここにきて初めてジュラルミンの多くが柔らかく揺れ、列に紛れている私服の公安の目からも一瞬だったが冷たい光は温かさを持った。

 身体というよりも日頃のストレスを清める朝風呂を済ませた、六十度の角度で日章旗を揺らさぬ「旗手」の男は相変わらずクールだったのだが。





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