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アイ・ラブ・カワサキ ラストライブ ー三十代のハンディカムー

 単独参加していた二十代の女は、バカ共の列を整えようとして発生したジュラルミンとのちょっとした小競り合いに乗じ、これまでいた後方からもっと前方へ移動した。相変わらず周りには差別主義者しかいないわけだが、少なくとも白いユニクロもごましおも周りにはいなくなり、もちろん沿道から執拗に挑発してきたスラッシュメタル風の黒パーカーも消えた。

 女はスッキリした心持となり、これで心置きなく差別を叫べるわ、と思う自分が間違っているとしか思えなく、それがどこか可笑しかった。とんでもないあの閃きはなんだったのだろうか? 私は誰も差別などしないしされたくもない。父親は確かに朝鮮人だ。でも母親だって日本人だ。私はどちらかと言えば父親の方が嫌いだが、母親だって好きなんかじゃない。両親のことが嫌いなのだから自分が好きであるわけがない。それはつまり私が朝鮮人と日本人のミックスだから、というわけではないってことなのだろう。昔からそんなこと分かっていた。私は父親よりも賢かったし母親よりもしたたかだったのだから・・・・・・。

 父親はよく母親に手を挙げていた。酒を飲んでいなくても、仕事が上手く行かなかった日に限ったわけでもなく、幼い子供が見ている前で平手打ちをした。母親が睨み返すと父親はニヤリとし、もう一度打った。大概は二度目の方が強く打つので母親の頬が立てる音は大きかったし、乾いて聞こえた。素面のまま、そして仕事に悩みを抱えているでもない夫が妻を打つ理由は様々だったが、結局は私が日本人だからだろう、と母親は娘に語ったことがある。

 「あの男は何か物で私を殴りつけなければじっと耐えるだろう、と思っていたのよ。日本人の女だからってね」

 娘はなんておバカなおかあさんなのだ、と思った。父親には愛人(という言葉は後に知るのだが)がいたからだ。家の外に好きな女が出来た男は、家の中でこれまで通りか、これまで以上に上手くやるか、少なくとも上手くやろうとするタイプがいる一方で、妻のあれやこれやにいちいち気が立つようになるか、あるいはこれまで以上に気が立ってしまうタイプがいる。後者のタイプに子供がいる場合はなおさら顕著に表れてしまうものだ。

 妻が話しかけてくると面倒でしかたなく、しつこく同じことを聞かれればもう我慢できなくなった。妻に手を挙げるのが半ば癖になっていたのだったが、妻は妻で叩かれるまで話しかけ続けた。別れても後悔しないほどの憎しみを貯えようとしているかのように・・・・・・娘はたまったもんじゃなかったし、もちろん怖かった。でも今となっては余り多くを覚えてはいない。機嫌の悪かった父親に怒鳴られることはあったが叩かれはしなかったこと。知らない女の人と三人で伊豆までドライブしたこと。そして母親がいよいよ決断するに至った父親の暴力は母親の髪をひっつかみ台所の端から端まで引きずったらしいのを覚えている。

 

 

 ・・・・・・その時間、平和通りに居合わせた一般人は表通りで喚く得体の知れない、嘘のような濁流がゆっくりと流れ込んでくる光景に口を開けるか、眉間に皺を寄せるくらいしか出来ないまま、やがて順次、先の方かすぐ傍の脇道へと押し出された。

 先頭で何重にもなるジュラルミンは無表情で歩み、両脇のジュラルミンは警備対象がわざとはみ出すのを完全に諦めさせるため、三列に整えた列へかなりの圧で幅寄せをし、後方ではヘイト共との距離を更に作られたがため余計にカッカッするカウンター隊との衝突にモチベーションは上がった。

 酷い言葉が飛び交う。どうしてそれほどまで言ってしまうのか、どうしてそれほどまでの言葉をはっきりと口にして、いや大声で叫んでも構わない、あるいは使命だ、天命だと思っているのか、なかにはお国を護るためだと心から信じている者がいるというのは本当だろうか? 去年フリーになったばかりの三十代のジャーナリストはハンディカムを回しながら隊列の真ん中辺りを歩いていた。近くの国旗たちに話しかけると稚拙で容赦のない掛け声の合間にニコニコしながらあり得ない歴史観とあり得なくはなさそう、と思わされているだけの、あり得ない理屈なり根拠を丁寧に説明して答える者がいたし、差別用語は元気に叫ぶのだが、話しかけると恥ずかしそうに無視する者もいた。少なくとも顔を映すな、とハンディカムを掴まれることはなかった。反ってカウンター隊の方が手を出してくる輩は多い印象を持っていた。


 警察も他のジャーナリストも、この連中の中にだって少し先にある三又を左へ進めば韓国食材を専門にした小売店があるのを知っていて、さらに出口の傍には同系の居酒屋がある。どちらもシャッターが降りているはずだが、バカ共は目の前に来ると足を止め全員で興奮するに違いない。まさか火を放つなどなかろうが、大興奮して失禁する愛国老人が現れるかもしれないぞ。

 三十代のハンディーカムは、激昂型でかつ膀胱の緩そうな老人がどこかにいまいか、辺りを見回しているときだった。すぐ前を歩いていた迷彩柄の帽子の若い男(と彼は思っていた)が急に立ち止った・・・・・・。

 




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