表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/36

アイ・ラブ・カワサキ ラストライブ -MがSを理解するとき-

 ・・・・・・そもそも1.5㎞しかないコース設定だったが、人種差別を叫ぶ老人に率いられた集団とそれに対抗する老人も含んだ集団と、さらには警備にあたる集団がトロトロ練り歩くものだから、ここまで大した距離でもない割には時間がかかり時刻は13:30に近かった。

 本庁勤めをしていたことのある代表は元の職場を仰ぎ見た。恐ろしく嫌味な先輩の顔を思い出し、嘘ばかりつく後輩の許しがたい口癖を思い出した。出張所へ移動するときに花束をくれたのは部下の若い女の子だ。在日二世だった彼女のいれてくれる朝のお茶は他の誰がいれるものより明らかに美味しいのは、彼女に恋しているからだ、と十代のころのように思い当たったときの胸の騒ぎと、出勤が嫌で眠れない夜の長さは、全く違う眠れない夜の日々だった。それは紛れもなく我が人生の忘れ難いさわやかな風だった。代表は結婚していて幼い子供も二人いたし彼女にはJR東日本で新幹線の運転手を目指す映画俳優のような素敵な彼氏がいた・・・・・・冬の休日にたまたま二人とすれ違ったことがある。彼らは横浜の「馬車道」で少しばかり口論していた。知らない振りをして通り過ぎようとしたのだったが、職場の上司を見つけた彼女は声を掛けてきてしまい、互いに初対面の上司と彼氏はとてもバツが悪かった。代表は、迷った素振りを見せず「これで何か温かいものでも食べなさい」と妻からの頼まれごとに使うはずの一万円札を渡して立ち去った。翌日に部下の女の子はお茶を出しながら昨日の礼を言い「ご家族で召し上がってください」と箱詰めされた焼き菓子をくれた。手提げ袋にはドクター・イエローのミニチュア先頭車両が二両入っていた。

 転勤してからも年賀状のやり取りだけは続いていて、ある年の秋には結婚の報告をもらった。映画俳優のようだった彼氏は夢を叶えていた。ぜひ遊びに来てください、と書かれていたがもちろん家に行くことはなかったし、ましてや妻や子供に八つ当たりしたりすることもなかった。代表は妻を連れて花屋へ行き、妻と店員が選んだ花で大きな花束にして、一度も降りたことのない山手線の駅がある町に送ったものだ。昔は差別主義者ではなかったのだ・・・・・・彼女に三人の子供が生まれ、自分の二人の子供が自立し、妻が死ぬ間に年賀状のやりとりはとっくになくなっていた。定年する前には長年トラウマ気味だった嫌味な先輩と嘘ばかりついた後輩をどうにか許せるようになり・・・・・・いつの間にか差別主義者になっていた。過去の自分はまるで他人の半生を生きていたように思えるし、この余生こそが他人であるかのようでもある。トラメガを袈裟懸けする代表は(取り壊される前の)市役所を見上げて二度ほど深く頷いたが何に頷いたのかは誰にも分からない。


 いよいよ平和通りへ入るとき「バカどもを真ん中に、筒から寒天を押し出すつもりで通りの一般人を追い出せ」との指示が出ている警察はホイッスルと号令とでフォーメーションを整えた。

 デモ隊は両脇の警察の盾で強制的に三列にさせられた。そのとき小競り合い的なものも発生したが結局は細く伸びるしかなかった。報道関係者も何人か混ざることができていて、後に夕方の地上波で全国に流される赤い浮遊体の決定的な映像は、呑気な青空に浮かぶ姿を探すことなく確認できた一人のジャーナリストにより撮影されたものだ。

 三つでひとセットの白い球体の街灯が並ぶ裏通りの細やかな商店街は、産卵に向けて遡上する魚の群れの如く国旗と盾に埋め尽くされた。

 主張を訴えるべき相手のいない場面でも声の張りは衰えず、むしろ沿道の敵、または工作員すらいない路上において排斥を叫ぶ高揚感が一段ギアを上げたように感じる差別主義者は少なくなかった。沿道の敵に罵倒される密かな快感とは一味も二味も違う別の解放感があったのだ。もしかするとMがSを理解するとき、似たような気持ちを共有できるのかもしれない。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ