6.ブリーフィングと初陣
『鮮血の絆』のセドリックという男と出会った翌日。
日中はいつも通り何もせずに昼寝をしながら過ごし、エリーが帰ってから昨日の場所へと向かった。
前日と同じ、ボーツランドの町のはずれに向かうとそこにセドリックはおらず、代わりに筋肉質の厳つい男が立っていた。
「おい、お前がガレルか?」
「いかにも」
「ついて来な」
男は俺の存在に気が付くと、不愛想に近くの小さな建物の中に入るよう促した。
入り口には看板が掲げられており、『バー・スワンナ』と書いてある。
俺が建物に入ると、男は外から扉を閉め、俺は一人建物内に残された。
屋内に入ると、『身体強化』の継続時間が短くなるので不安は残るが、一応協力関係を結んだ相手である以上、この場は大人しく従うしかない。
建物の中は看板の記載通り酒場のような雰囲気であり、長いカウンターが一つだけあるような小さな空間だったが、俺以外に客はいなかった。
恐らくはセドリック個人の隠れ家のようなところなのだろう。
「よお。そんなところに突っ立ってねえでこっち来いよ」
カウンターの真ん中あたりに昨日会ったセドリックが座っており、一人で酒を飲んでいた。
言われるがままにセドリックの隣の席に腰かける。
「何か飲むか?」
「じゃあ果実酒をもらおうか」
俺が酒をオーダーすると、カウンターの内側にいた女が無言で動き出し、すぐに木製のジョッキに注がれたブドウ酒を用意してくれた。
「それじゃあ、まずは乾杯だ」
セドリックが自分のジョッキを差し出したので、俺もそれに合わせて乾杯を行った。
もらった酒を一口飲んだが、顔をしかめたくなるのを隠すのに苦労するほど不味かった。
しかしこれは酒自体の問題ではなく、俺の体の問題だろう。
このベルナードの体はアルコールを完全に拒絶している。
これはジョッキを空けるのに苦労しそうだ。
「早速だが、俺への仕事の内容というのを聞かせてもらおうか」
「ああ、いいだろう。お前の仕事は敵対勢力へのカチコミだ」
ここからはしばらく会話だけになると判断し、『身体強化』は切ることにした。
暗く染まった視界の中でセドリックの説明だけが聞こえてくる。
「俺はいずれこのボーツランドの町のトップになるつもりだが、今はまだ敵が多い。そのためには敵を潰していく必要があるが、仲間は顔が割れている奴も多い。だからお前みたいな外部の人間の力が必要なんだ」
「ちょっと待て。俺一人で行かなきゃならんのか?」
「そういうことになるな。だが安心しろ。護衛の少ないターゲットを選んでいる。三人相手に無傷で立ち回ったお前なら楽勝だろう?」
「俺のことを随分高く買ってくれているようで涙が出そうだ」
セドリックの話はかなり無茶を言っていると思うが、今の俺にできる仕事としては悪くない。
要は敵地に単身乗り込んで、暴れまわればいいだけのことだ。
実にシンプルで分かりやすい。
「実行は三日後だ。詳しいことはその時に話すが、やれるか?」
「大銀貨5枚の仕事だ。やってやるよ」
「いい返事だ。それじゃあ三日後、同じ時間にここに来い」
この依頼は俺にぴったりだし、引き受けない理由がない。
その後もいくつかすり合わせをして、話が終わるとセドリックは立ち上がって『スワンナ』を出た。
(三日後、か……)
金が手に入ること、裏社会の情報を得られることもそうだが、何よりも戦いが目の前にある。
その事実は俺を想像以上に滾らせた。
クソったれな世界にストレスが溜まっていたところだったので、どこの誰が相手かは分からないが、発散させてもらうとしよう。
……………………
…………
……
仕事を引き受け、約束の三日後。
この二日間は夜中の外出も控えて体力の温存に努めたので、調子は万全だ。
さわやかな朝の空気は俺の気分を表しているかのようだ。
不意に小屋の扉が開いた音がした。
この時間はエリーの出勤時間なので、恐らく彼女であろう。
「…………」
「おはよう、エリー。気分のいい朝だね」
「…………ちっ」
いつもの時間に出勤してきたエリーに声をかけたが、無視された挙句に舌打ちが返ってきた。
塩対応のエリーが俺のことを無視するのは日常茶飯事だが、こちらに非がないのに舌打ちされたのは初めてかもしれない。
機嫌が悪かったのだろうか?
その後、私服からメイド服に着替えたエリーは普段ならばすぐに朝食の用意をしてくれるのだが、今日は一向に朝食が用意されている気配を感じない。
「ねえ、エリー。朝食の用意をお願いしてもいいかな?」
「…………ちっ」
食事の用意を促したら、またもや舌打ちが返ってきた。
音がしたのは部屋の隅で、いつも彼女が裁縫をしている辺りだ。
もしかしたら知らぬ間に怒らせてしまったかもしれないと心当たりを考えていると、エリーの足音が室内に響いた。
そして足音は俺のすぐ側で止まると、次の瞬間何かが俺の口元に押し当てられた。
「朝食です。早く食べてください」
押し当てられたのはどうやらパンで、口を開けると容赦なく押し込まれた。
半分ほど押し込まれたところで今度は俺から遠ざかる足音が聞こえた。
今日のエリーの様子は明らかにおかしい。
普段は最低限はやってくれる義務さえも放棄して裁縫に勤しんでいる。
思えばその裁縫は何のためにやっているのか聞いたことはなかった。
とはいえ今はとてもじゃないがそんなこと聞けそうな雰囲気ではないので、今度機嫌が良さそうな時に聞いてみよう。
……………………
…………
……
「…………失礼します」
「お疲れ様」
結局エリーは終日不機嫌そうに裁縫ばかりして、時間になったらそそくさと帰っていった。
食事の支度も朝と同様に適当で、夕食の用意も使いまわしの皿の上にパンを置いてあるだけだった。
今日は俺にとっても大事な日なので、事を荒立てないようにしようと思ったが、これ以上あの態度が続くなら対策を考えなければならない。
(そんなことより、戦いだ)
エリーのことも気になるが、今は目の前の戦いに集中しなければならない。
いくら身体強化や魔法があるとはいえ、今の俺は前世の頃とは比べ物にならないほど弱い。
一瞬の隙が命取りになることもあり得る。
前世ではあまり感じたことのない緊張感が身を包む。
(行こう)
高揚する心を抑えながら狭い小屋を抜け出し、ボーツランドの町へと駆けだした。
……………………
…………
……
「よう、約束通りの時間だな」
「当たり前だ。前金をもらった以上は不義理なことはしないさ」
前回連れ込まれた『スワンナ』に入ると、セドリックが同じ場所に座っていた。
「それより、そちらこそこちらから頼んでいたブツは用意できているのか?」
「そりゃもちろん。ほら、持っていけ」
俺の質問に対し、セドリックは小さな包みを投げて寄こした。
中身を見ると、鞘の付いた短刀二本と、フード付きの黒いローブが入っていた。
三日前に注文しておいた品だったが、しっかりと用意してくれたようだ。
早速ローブを身に纏い、刀を抜刀して質を確かめた。
ローブの方は薄手で動きやすく、刀の方も安物っぽさがなく、試しに指の腹を刃の部分に軽く押し当てると指の表皮が綺麗に割れた。
「刀の方はそれなりに値段の張るものを用意した。今回の報酬だけでは返せないかもしれないぞ」
「構わない。その時は別の仕事を受けるさ」
「それは頼もしいが、今回の仕事であっさり死ぬなよ。そうなると俺の赤字だ」
セドリックから刀の値段について忠告を受けたが、それ以上に俺は満足していた。
いい得物を手に取ると否応なしに戦意が高揚する。
「仕事道具が気に入ってもらえたようで何よりだが、ここからは今日の仕事の話だ。しっかり聞けよ」
「おう」
刀に夢中ですっかり忘れていたが、そういえば俺は今日何をすればいいのか、詳しいことを全く聞いていなかった。
暴れるだけの簡単な仕事だと聞いてはいたが、一応内容を確認しておこう。
「今日のターゲットはアンドレイ・ボーズという男だ。貧乏人相手の金貸しを生業としている勢力の元締めだ。普段はあまり表に出てこないから中々チャンスがないが、今日は現場の視察ということでとある事務所に顔を出すらしい。そこを狙え」
「敵の人数は?」
「俺たちの見立てでは4,5人といったとこだ。小さな事務所みたいだからそこまで護衛を引き連れることはないだろう。ただし、この前お前が相手した連中よりは強いと思うぜ」
「その程度の相手なら問題ない。全員殺してもいいんだよな?」
「もちろん」
皆殺しでいいなら話は早い。
どうやら事務所の中での戦いということで、長引けば身体強化が切れるリスクがある。
(速攻でケリを付ける……!!)
この世界での初めての仕事。
派手にやらせてもらおうじゃないか。
次回投稿予定日:10月18日(金)
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