5.鮮血の絆と偽名
あれから数日いろいろなことを考えた。
俺がこの世界でこの先どのように生きていくことができるか。
放っておいたらあの兄が当主になり、あいつに俺の生殺与奪が握られることになる。
それは死んだも同然だ。
では父と兄を殺すか。
否、それではその先の未来がない。
一応この家は伯爵家らしいので、その家柄がなくなったら俺のような盲目で力もない人間は社会から必要とされずに淘汰されてしまうに違いない。
俺自身は何とかなるかもしれないが、エリーはもちろん、本邸で働いているであろう使用人たちも路頭に迷うことになるだろう。
(どうしたものだろうか)
俺は戦場で好きに暴れるのが性に合っているのであって、こんな風に面倒な問題の解決について考えるのは好きではない。
しかし最強の力を示せばそれでいいという前世での信念は、味方からの不意打ちという結末で否定された以上、別の生き方を模索しなければならない。
そんな中でふと思い出されたことがあった。
(“弱者救済”……か)
先日ボーツランドのゴミ捨て場で出会った謎の仮面の女。
確か、烈風のレイと名乗っていたが、彼女との会話を思い出す。
『今のこの国の中心は腐りきっている。特に貴族連中はな』
その言葉はどうやら本当らしいことが俺にも身をもって理解できた。
『だからこそ強引な手段であっても変えていかねばならないのだ』
力で世界を変える。それは実に俺向きのやり方ではないか。
父や兄のような狂った貴族を一掃して俺やエリーのような者でも虐げられない社会になれば、もう少し生きやすくなるのではないだろうか。
(話だけでも聞いてみるか)
あの女を信用したわけではないが、現状を打開するための手段となる可能性はある。
早速会って話を聞きたいが、一つの問題に直面した。
(どうやって会えばいいんだ……!?)
あの時彼女は仮面を付けた仲間を訪ねろと言っていたがそんな奴見たことがない。
そもそも『仮面の反逆者』とはどういった連中なのか。
この前調べた限りでは新聞での情報は心元なかったので、別の方法を考えよう。
……………………
…………
……
「それではお時間なので失礼します」
「お疲れ様、エリー」
夕方になり、いつもの時間にエリーは帰宅の準備を済ませて業務の終了を告げた。
退屈な日中を終えて、ようやく俺の時間だ。
「……坊ちゃん、先日あれだけのことがあった割にはお元気そうですね」
「確かにこっぴどく殴られはしたけど、大した怪我ではなかったし」
と思っていたらエリーは扉の前で足を止めた。
一応俺の体を案じてくれている、のか?
兄であるジャンからの暴行によって痣はたくさんできたものの、骨や内臓などへのダメージはなく、未だに少しだけ痛むものの数日後には元通りだと思われる。
「前までは同じことがあった時にもっとふさぎ込んでしまっていたと思いますが、随分と余裕そうですね」
「そうかな? いい加減慣れただけだよ」
「……そうですか」
急に昔の話を持ち出されたので少し焦ったが、適当に言い訳をするとエリーは部屋の外に出たのか、乱暴に扉を開け閉めする音がした。
露骨に訝しむようなエリーの声から察するに、今の俺の振る舞いはこれまでのベルナードとは大きく違っているみたいだ。
いきなり別人になったと言っては何が起こるか分からないので、不自然だと疑われても誤魔化していくという方針は継続することにしよう。
……………………
…………
……
夜になり、いつものように屋敷を抜け出す。
あのゴミ捨て場はしばらく近づかない方がいいと判断した俺だったが、夜に情報を得ようと思うと、人の多い繁華街付近が最も効率がいい。
ゴミ捨て場には近づかないよう、ボーツランドの町の表通りをコソコソと俯きがちに歩いて様子を見た。
歩いているのは大半が酔っ払いか、呼び込みの店員でまともに話ができそうなやつはいないし、無論仮面を付けた怪しいやつもいない。
歩いているうちに、気が付けば賑やかな通りも段々静かになってきた。
この辺りが繁華街の端なのだろう。
これ以上先に向かっても仕方がないので、元来た道を引き返そうとしたその時。
「兄ちゃん、ちょっといいかい?」
不意に背後から声をかけられた。
声の主を確認すると、見るからに高い服を着た若い青年だった。
背後には暴力しか取り柄のなさそうな男を4人ほど従えている。
素の状態なら逆立ちしても勝てないが、『身体強化』をかけた屋外での戦いであれば問題なさそうな相手だ。
「俺に何の用だ?」
相手の意図が分からないので、簡潔に返事をした。
不意打ちをせずに声をかけてきたという点には敬意を表して、こちらもいきなり襲い掛かるような真似はやめておいたが、懐に隠していた二本のナイフを取り出して臨戦態勢に入る。
「おいおい、そう早まるな。俺は話をしに来たんだぜ」
「あ?」
目の前の男は軽薄そうな薄ら笑いをこちらに向けて両手を広げた。
真意は分からないが、戦意がないことのアピールだろう。
男は一瞬目を鋭くさせて言葉を続けた。
「お前、この前うちの組員を相手に派手な喧嘩した奴だろ?」
どうやらこの男はこの辺りを仕切っている元締め組織の人間のようだ。
ゴミ捨て場での一件は恐らく彼らの怒りを買っているに違いないはずだが、それならばなおのこと話をしに来たというのが気にかかる。
「だとしたら、どうする?」
「簡単な話だ。俺と手を組め」
緊張感のある空気が流れたが、男の提案は意外なものだった。
仮にも同じ組織の組員をボコボコにした俺を勧誘しようというのは何を考えているのかよく分からない。
「いいのか。俺はお前らのお仲間を痛めつけた本人だぜ」
「当然、そのことについて思うところはあるさ。けど、それを差し引いてもお前の力は面白そうだ。武器を持った三人の男を素手で相手して完封するなんて普通はできない」
こいつはどうやらこの前の一件の詳細について報告を受ける立場の人間なのだろう。
見た目は若いが、こういった裏社会を生き延びることができる人間は往々にして油断ならない。
「手を組む、というのは具体的に何をすればいい?」
「お前には俺の個人的な依頼を受けてもらえればそれでいい。本当は組織に入ってもらうのが手っ取り早いんだが、いろいろと遺恨があるからな」
「仕事の内容は?」
「用心棒みたいなものさ。最近はいろいろと物騒なもんでね。仕事一回ごとに都度報酬を渡す。分かりやすくていいだろ?」
男の話は確かに分かりやすいし、こちらのデメリットは見つからない。
裏社会との繋がりができれば、『仮面の反逆者』に関する情報も手に入るだろうし、何より金も手に入る。
今のベルナードの身分では自由に使える金が一切ないのが厳しいところだったが、目の前の高級そうな服の男が報酬をケチるような奴には見えない。
「まずは一度試しに仕事を受けてやるよ。それから正式に返事をさせてもらう」
「話が早くて助かるね。俺はこの辺りを仕切っている『鮮血の絆』の若頭でセドリックという。お前は?」
セドリックと名乗った男は俺の名を聞いてきた。
今の俺の名はもちろん“ベルナード・ネルソン”だ。
だが、同じ名前を名乗ると、万が一父や兄に知れると面倒なことになるのは間違いない。
ならば、ここは偽名を使わせてもらおう。
「俺の名は……ガレル。ガレル・ディバイドだ」
「そうか。よろしく、ガレル」
偽名ではあるものの、ある意味では本名だ。
この世界には存在しない男の名だが、俺が名乗る名前としてはこれ以上にないものだ。
「仕事の話は明日またここに来い。詳細を伝える。それと、こいつを取っとけ」
要は済んだと言わんばかりにセドリックは俺に背を向けたが、最後に何かを投げて寄こした。
受け取ったそれは一枚の銀貨だった。
確か、この世界には銅貨、銀貨、金貨の三種類の貨幣があり、銅貨と銀貨は大中小の大きさに分かれている。
セドリックが無造作に投げたこいつは、大きさ的に恐らく大銀貨だ。
「そいつは前金だ。受け取ったなら、逃げるなよ。成功報酬はその5倍だ」
ヒラヒラと手を振りながら去っていくセドリックはそう言い残していった。
怪しい奴ではあったが、金払いに関しては問題ないことが確認できた。
何をさせられるかは分からないが、強さを買われての仕事であれば存分に役に立ってやろう。
次回投稿予定日:10月17日(木)
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