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4.勧誘と家族

「単刀直入に言おう。お前も私達の組織、『仮面の反逆者マスクド・レジスタンス』に協力する気はないか?」

「は?」


 ボーツランドの町の路地裏にあるゴミ捨て場。

 その薄暗く、不衛生な場所で俺は謎の仮面女から謎の組織の勧誘を受けていた。


(『仮面の反逆者マスクド・レジスタンス』……? どこかで見たような……?)


 初めは面食らったものの、冷静になって思い返してみるとどこかでその名前を見た記憶がある。

 どこだったかを必死に考えたところで、ようやく思い出すことができた。


(新聞の紙面で話題になってたやつらか!)


 そういえば近頃の帝都で金持ちの家や店を中心に襲撃をかけて金銭を奪っていく集団についての記事が書かれていた。

 その記事の中で、仮面を付けた暴徒の集団について言及されていたのだ。


 相手の所属する組織については理解できた。

 だが、俺を勧誘した目的までは分からない。


「どうして俺に声をかけた?」

「この場所では毎日幼い子供もタダ同然で悪い大人に労働力を搾取されている。そしてお前は子供たちのために悪しき者どもに天誅を下した。その志は弱者救済を是とする私達組織の方針とも合致するはずだ」


 女はやけに熱を入れて語ってきたが、どうやら俺の目的を勘違いしているようだ。

 俺にはそんな大層な信念はなく、ただゴミ拾いのついでに目ざわりな連中をボコしただけだ。


「俺にそんな志なんてものはない。悪いが他を当たれ」

「ならばなぜ子供たちを助けた?」

「たまたまだ。俺の目的を達成するための行動が結果的にガキのためになっただけだ」

「そうだったのか……。だが、子供を助けたのはたまたまだったかもしれないが、弱者救済という私達の理念には共感はできないか!?」


 俺は分かりやすくノーを突き付けたつもりだったが、仮面女はやけに食い下がって来た。

 その必死さは逆に胡散臭さを助長していることに気が回っていないあたり、こういった交渉には慣れていないか、単純に腹芸が苦手なのかもしれない。


「一応聞くが、どうしてそこまで俺に拘る?」

「別にお前が特別なわけではない。うちの組織は人手不足なのだ。特に三人の男を一人で返り討ちにするほどの実力者ならば尚更ほしい。今のこの国の中心は腐りきっている。特に貴族連中はな。だからこそ強引な手段であっても変えていかねばならないのだ」

「ご高説どうも。だがやっぱりその組織とやらに入るのは断る」

「残念だ」


 仮面女もこれ以上の交渉は無理だと判断してしつこいことは言わなかった。

 そうこうしているうちに通りの表が騒がしくなってきた。

 どうやら先ほどの騒ぎが広まったようだ。


「悪いがこれで失礼するぜ」

「こちらこそ引き留めてすまなかった。……だが、気が変わったらいつでも私を尋ねて来い。仮面を付けた仲間に“烈風のレイ”の知り合いだと言えば私のところに案内してくれるはずだ」


 仮面を付けた謎女……もとい、“烈風のレイ”を名乗る女は二つ名に恥じない素早い逃げ足でゴミ捨て場を去った。


(烈風のレイ、か。覚えておこう)


 俺も急いでその場を立ち去り、長い夜は終わりを迎えた。


 ……………………

 …………

 ……


「おはようございます、坊ちゃん」

「おはよう、エリー。今日もよろしく!」


 翌朝、いつもの時間にエリーは出勤してきた頃には寝不足のせいで眠気が酷かった。

 結局昨晩も遅くまで新聞紙を読み込んだり、『仮面の反逆者マスクド・レジスタンス』について調べたりしていた。

 あまり有力な情報は見つからず、近ごろ帝都を騒がせる賊と評されているという程度の情報しかなかった。


 朝食を終えて、昼寝をしようと思ったところで異変に気が付いた。

 エリーが慌ただしく掃除をしているのだ。

 いつもは適当に済ませて縫い物に精を出すあのエリーが細かい部分まで含めて綺麗にしようと箒や雑巾を駆使している。


「今日のエリーは忙しそうだね」

「いつもは暇そうで申し訳ありませんね」


 少し探りを入れたかっただけだったのだが、嫌味だと受け取られてしまったようで不機嫌な返事が返って来る。

 言葉を選ぶということは面倒なことこの上ない。


「ごめん、そういう意味ではなかったんだけど」

「……明日は旦那様と兄君も坊ちゃんの様子を見に来られるそうです」


 エリーは大きなため息と共に丁寧な掃除の理由を教えてくれた。

 そういえばベルナード・ネルソンとして他人に会うのはエリー以外では初めてだ。

 俺がこの世界に来てからエリー以外がこの部屋を訪れることは一切なかった。


 エリーのため息、母親が来ないことの理由など、気になることはあるものの、どんな奴らが来ても何かしらの情報は得られる。

 俺は思わず口角を上げてしまった。


「坊ちゃん、まさか喜んでいますか……?」

「家族が会いにくるのだから当然じゃない?」


 やはりエリーの口ぶりからするに、エリーにとってはあまり来てほしくない類の奴らのようだ。

 大方、掃除が疎かだと文句を言われたことがあったのだろう。

 俺としてはいつも適当な掃除がしっかり行われる良い機会に思える。


「まあ、坊ちゃんがいいと言うならいいのですが」


 エリーの妙に歯切れの悪い返事は気になったが、家族との面会を楽しみに待つこととした。


 ……………………

 …………

 ……


 翌朝。


 昨晩は久しぶりに外出せずに夜の時間を過ごした。

 理由は二つ。


 一つはこの前の晩に大きめの騒ぎを起こしてしまったので、ボーツランドには近づきにくくなったように思えるから。


 もう一つは、せっかくの家族との面会の時にあくびをするわけにもいかないからだ。


 おかげで朝だというのに全然眠くない。

 朝食を終えていつものようにベッドの上でぼーっとしていると、不意に部屋の扉がノックもなしに開かれた音がした。


(『身体強化』)


 慌てて身体強化をかけて扉の方を見る。

 そこにいたのは中年の男と若い男の二人組だった。

 これがベルナード・ネルソンの父と兄か。


「久しぶりだね、エリー君。相変わらず可愛いね」

「旦那様、ご無沙汰しております。旦那様こそ、お世辞がお上手なのはお変わりありませんね」

「ははは、お世辞じゃないさ」


 部屋に入った父と思われる男は息子であるはずの俺より先にメイドに声をかけた。

 しかも馴れ馴れしそうに肩や腕をペタペタと触っている。


 一方のエリーも普段の不機嫌そうな声はどこへやら、媚びるような甘ったるい高めの声でニコニコと応対している。

 その会話に兄と思われる男も加わった。


「なあ父上、エリーちゃんは僕の専属メイドにしてくれよ」

「お前には14の頃に美人のメイドを買ってやっただろう?」

「あいつは顔を殴ってるうちにブスになったからクビにしたよ。仕事もできないくせにブスなやつなんて生きてる価値ないでしょ?」

「あの娘は高かったんだぞ。金の価値を理解できるまではお前に美人のメイドなどやらん」


 目の前の親子は俺のことなどいないかのように無視して雑談に花を咲かせている。

 しかし会話の内容があまりに低俗だ。


 女を殴った経験をヘラヘラと語るなんて悪趣味が過ぎる。

 そしてそれを金の問題に置き換える父親も価値観が終わっている。


(ちっ、時間切れか)


 その様子を見ているうちに、部屋の中のマナが不足して視力は再び失われた。


「ジャン、せっかくここに来たんだ。弟の様子でも見てやれ」

「父上はいいのかよ?」

「私は『役立たず』には興味がない」

「僕だってないんだけど……まあ、いいか」


 耳だけで様子を伺っていたが、ここにきてようやく俺の存在に言及された。

 しかしどうやら俺は『役立たず』として忌み嫌われているようだ。


「おい、クズ! こっち来て立て!」


 ジャンと呼ばれた兄と思しき足音が近づいてくる。

 そして不意に髪の毛が掴まれて引っ張られた。


「痛っ!」

「早くしろ!!」


 そのままベッドから引きずり下ろされてから、その場に直立するよう指示される。

 何が起こっているか全く分からない。


「いいか、今からネルソン家次期頭首であるお前の兄がゲームで遊んでやる。せいぜい楽しませてくれよ?」


 楽しそうな兄の声が聞こえるが、嫌な予感しかしない。

 そしてその予感はすぐに的中する。


「おらっ!!」

「ぐっ」


 兄の声と同時に右腕に痛みが走る。

 恐らく木製の棒……例えば箒の持ち手などで殴られたような痛みだ。


「次はこっちだ!」


 そして今度は左腕が殴られる。

 ベルナードの体には筋肉がないので、痛みが余計に強く感じられる。


「今から僕が左右どちらかをさっきみたいに叩くから、お前はどちらを殴られるか予想して防いでみろ」


 兄から提案された“ゲーム”のルールが明かされる。

 視力のないこちらはどう足掻いても勝ち目がない。

 いや、そもそも防いだところで殴られているのは変わりないのだから、そもそもゲームとして成立していない。


「それじゃあ、始めるぞ。3……2……1……」


 兄が発した突然のゲーム開始の声につられて、俺は咄嗟にその場にしゃがみ込んだ。

 目が見えない中での自衛はこのくらいしかできそうにない。


「いきなりルール違反かよ。それはペナルティが必要だなぁ!」


 次の瞬間、頭部に激痛が走る。

 恐らく頭に箒を振り下ろしたのだろう。


「うっ」


 思わず両腕で頭を抱えて床を転がる。

 大した威力ではないはずだが、直撃のため頭の中がガンガン響く。


(『身体強化』……はまだ使えないか)


 こいつらの顔を見るために先ほど身体強化を使ったのが仇となっている。

 使いきった部屋の中のマナはまだ回復しておらず、身体強化は使えない。


「おら、立てよ」


 その後も兄から体の至るところへの暴行を受け続けた。

 何も見えない中で、痛覚だけがここが現実であることを主張した。


 そんな中、一つだけ分かったことがある。


(こいつ……笑ってやがる)


 兄から漏れ出る声は終始、歓喜を表していた。

 こいつは弱者をこんな風にいたぶって喜ぶような輩だということが十分に伝わった。


「ジャン、そろそろ帰るぞ」

「ああ、父上」


 父の呼びかけでようやく兄の暴行は終わりを迎えた。

 最後まで父は一度も俺に話しかけることはなかった。


「エリー君、この役立たずの世話をしてくれていつもありがとう。面倒を見切れなくなったらいつでも私に相談してくれ。私付きのメイドにしてあげよう」

「お心遣いありがとうございますっ!」

「それじゃあ、失礼するよ」


 嵐のような時間は終わりを迎え、室内には俺とエリーが残された。


「ちっ!!」


 静寂を取り戻した室内にエリーの舌打ちが響く。

 今まで聞いたこともないような怒りを含んだその態度で、ようやく俺はエリーが昨日憂鬱そうにしていた訳を理解した。


「坊ちゃん、立てますか?」


 いつもよりもさらに不機嫌そうな声だが、一応俺のことを気にはかけてくれた。

 散々箒で殴られたせいで全身が痛いが、動けないほどではない。

 俺は無言で立ち上がった。


「坊ちゃん……?」


 エリーは驚いたような声を上げた。

 多分、今までも同じようなことは繰り返されていて、ベルナードはいつも屈していたのだろう。

 だが、俺は違う。


(あいつら、いつか殺す)


 あれだけ舐められて泣き寝入りするほど、俺は優しくはない。

 あの行動の報いは必ず受けさせる。


(面白くなってきやがったな……!)


 ゴミ捨て場の様子を見て、この世界はろくでもないところだと思っていたが、今回の件を経て改めてその考えは強くなった。


 弱肉強食の世界で、弱者はまともに生きることさえ難しいが、強者は全てを手に入れることができる。

 それならば前世と同じように自分が“最強”であることを示せばいい。


(いや、それだとマズイか)


 と思ったが、強さを示し続けた結果、前の世界では仲間だったはずのやつらに殺されてしまったことを思い出した。

 強くあらねば迫害されるし、強すぎても疎まれる。


(どうするかは明日から考えよう)


 矛盾する問題はすぐに解決できる見込みはない。

 俺は諦めてベッドの上に身を投げた。

次回投稿予定日:10月16日(水)

連載開始記念 9話までは毎日投稿します!!


続きが気になる方は是非ブックマークしてお待ちください。

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