3.因縁と制裁
あれから三日ほど経ち、夜はボーツランドの町に通ってゴミの中から情報を拾うのが習慣となりつつあった。
夜に活動する時間が増えた影響で、日中は眠くて仕方がない。
春の陽気も相まって、昼寝をする時間が増えた。
「……ふあぁーぁ」
「坊ちゃん、またあくびですか?」
「ごめん、エリー。気に障ったかな?」
「そういうわけではありませんが、寝過ぎるのも良くないかと思います。夜は眠れていないのでしょうか? そうであればお医者様をお呼びしますが」
眠気のせいであくびをしたら、なんとあのいつも塩対応のエリーが俺の心配をして声をかけてくれた。
(『身体強化』)
思わずどんな顔をしているか見てみると、ゴミを見るかのような目でこちらを見ている。
とても心配をしているような顔ではない。
「どうしましたか? 突然目を見開いて?」
「いや、何でもない!! それより体調は大丈夫! この通り元気だから!!」
「そうですか。体調が悪化した際はすぐに私に報告してください。坊ちゃんの体調不良を放置すると、私の賃金査定に響きますので」
エリーが心配していたのは俺の体調ではなく、自分の給料の方だった。
金といえば、エリーに聞きたいことがあったのをすっかり忘れていた。
「そういえばエリー、欲しいものがあるのだけれど、お金ってないのかな?」
「ありません」
「食事のバリエーションをもう少し……って返事、早っ!!」
金の相談をしようと思った矢先、にべもなく断られてしまった。
いくら何でも酷過ぎるので、もう少し粘ってみることにする。
「ほら、毎日同じ食事だと飽きがくるから、たまには違うものも食べたいなー、なんて」
「坊ちゃんのためのお金は私が旦那様からお預かりして、運用することを許可されています。その私が不許可だと言っているのです。文句があるのなら旦那様に直接どうぞ」
エリーは明らかに不愉快そうな顔と声で一方的に俺の陳情を退けた。
ここまで言われては仕方がない。
これ以上の交渉は別の機会にすることにしよう。
「分かった。無理を言ってごめん」
「坊ちゃんは現状でも十分に恵まれていらっしゃいます。そのことをよく理解した上で、不相応な贅沢は望まない方がよろしいかと思います」
以前から思っていたが、エリーはメイドという身分にも関わらず主である俺にも全く遠慮が感じられない。
むしろ彼女の方が立場が上であるような気さえする。
(それもそうか。俺は一人では何もできない)
しかしよく考えれば仕方のないことだ。
俺は身体強化を使用しない限り、エリーがいなければ満足に日常生活を送れない。
彼女がいなければ、生きていけない。
そのことは本来の上下関係をひっくり返すのに十分な理由となる。
それにしても
(不相応な贅沢、か)
彼女のその言葉は妙に俺の心に突き刺さった。
……………………
…………
……
「それでは時間ですので失礼します」
「お疲れ様」
いつものようにきっちり定時でエリーは帰った。
そのおかげで、俺も自分の時間をたっぷり確保できるので、ありがたくその時間を有効活用させてもらおう。
いつものようにボーツランドのゴミ捨て場に向かうと、見知ったガキの一人が声をかけてきた。
「兄ちゃん、今日も新聞紙あるぜ」
「おう、ありがとよ」
俺がここに来るようになって三日だが、例の監督役の男がガキを酷使する様子は見ていて不愉快だったので、少しばかり“注意”してやったら、すっかり男は大人しくなってしまった。
それからというもの、ガキどもには懐かれてしまったが、こうして気を利かせてもらえるようになったのだから悪くはない。
「そういえば見張りの男はどこだ? 姿が見えないが」
「あいつならさっき俺達にサボるなと言ってからどっかに行っちまったよ。兄ちゃんにビビッて逃げたんじゃないか? いい気味だ」
いつもは俺が来ると憎々しげに睨んで来る監督役の男は不在にしているみたいだった。
ガキはご機嫌そうに笑っているが、普通はこんなガキを放置して仕事場を離れるなんてことあるはずがない。
何か嫌な予感がする。
「いました!! あいつです!!」
不意に背後から大きな声が聞こえた。
振り返ると、いつもの監督役の男が別の男を三人ほど従えてやってきた。
三人の男はいずれも厳つい見た目で派手な服装をしており、二人は手にナイフを、もう一人は金属製と思われるこん棒を持っている。
話し合い、という雰囲気ではないな。
リーダー格と思われる男が俺に話しかけてくる。
「おい、お前。この辺は俺達のシマでな。あまり勝手なことをされると困るんだ」
「そうかい。そりゃ失礼」
「あまり舐めた口利いてると殺すぞ。まあ、謝ったところで半殺しにするのは変わらないがな」
どうやらこいつらはこの辺を仕切っている元締めの手先らしい。
厄介なのが来たもんだ。
魔法が好きに使えるならば三人まとめて燃やし尽くせばいいのだが、あいにく使えるのは初級者向けの『火球』のみ。
(まあ、それでも十分だがな)
この世界には魔法の概念がない。
つまり、どんなに低威力の魔法でも防御の手段がない。
例え『火球』であっても生身でまともに受ければそれなりのダメージになる。
「…………」
「ビビッて声も出ねえか。今更謝っても遅えけどなっ!!!」
目の前の男は俺が萎縮していると思い込んでいるためか右手のナイフではなく左手の拳で俺を攻撃しようとこれ見よがしに拳を振り上げた。
目の前の雑音は気にせずに大気中のマナを集めるよう意識を集中する。
相変わらずマナはかなり薄い。
しかし『火球』の発動くらいであればこれで十分だ。
『火球!!』
心の中で詠唱し、目の前の男の顔をめがけて火の球を飛ばす。
前世の時と同様の蒼い炎が男の頭部を包み込む。
「ぐあっ!!!」
何が起きたか分からないであろう男の頭から火の手が上がり、火を消そうと地面を転がり回った。
「こいつは借りていくぜ」
その手からナイフを奪い取り、残った二人に対して構える。
「お前らもやるか?」
一瞬でリーダーがやられたからか、残りの二人は狼狽しているが、意を決してナイフの男が向かってくる。
「死ね!!!」
「そんなんじゃ死なねえよ」
気合の入った突き刺しだが、動きが直線的過ぎる。
軽くいなしてから逆に相手の右腕にナイフを突き刺した。
「うがあっ!!」
「悪いがお前のも拝借するぜ」
痛みに悶える男は持っていたナイフを落としたが、俺はそれも拾っていただくことにした。
二人の男から奪ったナイフを両手で一本ずつ持って構える。
「やっぱりこの方が落ち着くな」
安物のナイフとはいえ、両手に刃物を持つことでようやく自分のスタイルに戻ることができたような気がする。
素手でも負けることはなかっただろうが、本来の戦い方ができる俺の前では残りの一人など相手ではない。
「最後はお前か?」
「あ……ああああっ!!」
仲間二人があっさりやられた恐怖からか、残ったこん棒の男は半狂乱でこん棒を振り回しながら迫ってきた。
理性が働いていないその動きは大振り過ぎて隙だらけだ。
目の前をこん棒が空を切ったタイミングで素早く距離を詰めて左手のナイフで男の腹を一刺しすると、うめき声と共に地に臥した。
残ったのはいつもの監督役の男だけだ。
「お前はどうする?」
「こ、降参だ。許してくれ!」
「ならこいつらを連れてさっさと失せろ!」
「ひっ!!」
情けない声を上げながらも男は負傷した仲間を連れて表通りの方に逃げて行った。
ガキどもはどさくさに紛れて逃げたのか、一人も見当たらない。
余計なことに首を突っ込まないあたり賢明なやつらだ。
急に静かになった路地裏だったが、俺も長居する理由はないので先ほどガキがくれた新聞紙を持って退散しようとしたその時。
「待て」
俺を呼び止める声が聞こえた。ハキハキとした感じの女の声だ。
声のした方を見ると、小柄な人物がこちらを見ていた。
声は女のものだったが、目元から後頭部までを覆うような仮面をしているため素顔は分からない。
動きやすそうなシャツとズボンという出で立ちで、腰には剣をぶら下げており、ただの遊郭女というわけではなさそうだ。
「俺に何の用だ? お前も俺とやりたいのか?」
相手が武器を持っている以上、油断はできない。
俺はその女に向かって二本のナイフを構えた。
「勘違いするな。私はお前とことを構えるつもりはない。無論、そちらから仕掛けてくるならば迎撃はさせてもらうがな」
「ほう、ならばもう一度聞こう。……何の用だ?」
どうやら女の目的は戦いではないらしい。
ならば一体何の用だろうか。
「単刀直入に言おう。お前も私達の組織、『仮面の反逆者』に協力する気はないか?」
「は?」
あまりに突然な申し出に思考が追い付かない。
どうやら今夜は長くなりそうだ。
次回投稿予定日:10月15日(火)
連載開始記念 9話までは毎日投稿します!!
続きが気になる方は是非ブックマークしてお待ちください。
高評価、いいね、感想をいただけたら励みになります。